近年、漫画はデジタル化や掲載メディアの多様化により、日本が世界に誇る文化として普及。同時に、作品ジャンルの細分化が進み、特定の読者層とのコミュニケーションをつくるためのデザインが必要不可欠になっている——そんな背景から企画されたのが、この「漫画とデザイン展」だ。漫画の装丁やタイトルロゴ、帯や付録など、作品と読者をつなぐ「漫画デザイン」に着目。作品の価値を見える化し、的確に読者に届ける“企て”として機能するデザインを紹介する本展は、2022年2~3月に東京のGOOD DESIGN Marunouchiで開催されると、約1ヶ月で1.3万人を動員。そして同年8月、満を持して、大阪のKITAHAMA N Galleryに巡回した。
会場に入ると、まずは特殊な用紙や加工、ギミックが施された漫画を手にとって味わえるコーナーがお出迎え。カバーにホログラムを巧みに使った『宝石の国』、背表紙の絵柄がつながる『ドラゴンボール』『七つの大罪』など、デザイン性に富んだ漫画が展示されている。
そのほか、漫画デザインの歴史を紹介するパネルや、各界のクリエイターが選んだ漫画の展示、独創的な漫画デザインを手がけるデザイン事務所の紹介コーナーも設置。また、気に入った漫画の帯を制作したり、印刷の工程を学べるスタンプラリーなどを体験できる一角もあり、さまざまな視点から漫画におけるデザインのあり方をとらえることができた。
「人気作の漫画デザイン!」「ディープな漫画デザイン!」のコーナーでは、特徴的な装丁やタイトルロゴなどをピックアップして紹介している。
『僕だけがいない街』(写真右上)ではタイトルにフォーカス。本作は、過去に戻る力をもつ主人公が18年前の児童連続誘拐事件の謎に迫るサスペンス作品だ。タイムリープによって起こるストーリーの違和感を表すために、タイトルの書体が明朝からゴシックへ一画ずつ変化し、いつのまにか書体が置き換わっていることで読み手に「どこかおかしい」と思わせるフックをつくり、巧妙に世界観を伝えている。
櫻井エネルギーによる短編集『櫻井超エネルギー』(写真中央)はビジュアルの構成に着目。イラストとタイトルロゴが重なり合うように配置され、キャラクターがロゴの一部を掴んでいる。いち読み手としては認識しにくいが、実はこのエネルギッシュなビジュアルは、指の配置や絵の仕上げなどにきめ細やかなディレクションが求められる、難しいデザインだ。イラストを描く漫画家、タイトルロゴを入れるデザイナー、調整を行う編集者ほか多くの人の連携によってビジュアルがつくられていることに気づかせられる。
ギャグ漫画『ポプテピピック』は帯だ。「このマンガがすごい!2016」「マンガ大賞2016」など華々しい受賞歴が並んでいる……かと思いきや、よく見ると賞を紹介しているだけ。破天荒な作風のギャグ作品だからこそ生きる、かなり攻めたデザインだ。
本展の目玉のひとつが、『コロコロコミック』の表紙デザインをつくる工程を紹介するコーナー。ラフやデザインの描き起こし、修正指示などがアナログで行われており、その原本を見ることができる。手描きのラフやデザインの迫力に圧倒されることはもちろん、すべてのデザイン作業がデジタルで為される今、ひとつの装飾や文字に手仕事で丁寧に向き合う姿勢には文句なしにしびれる。
最後に、展示の空間にも注目したい。抑揚のないセリフを表す「多角形」、動揺した声の「波」など、さまざまな用途の吹き出しが天井から吊り下げられている。什器には物体が速く動いている様子を表す「スピード線」や心のなかで強く叫ぶシーンで使われる「ウニフラ」が。登場人物の状態や感情を説明なしに伝えるこれらの記号もまた、一種のデザインと言える。
「漫画とデザイン展」は、読み手にとっては作品の舞台裏を楽しく覗く機会として、クリエイターにとっては、つくる楽しさを再確認できる場としてひらかれているように感じられた。
会期: 2022年8月26日(金)〜9月4日(日)
会場: KITAHAMA N Gallery
時間: 12:00〜20:00
入場料: 無料
主催:公益財団法人日本デザイン振興会+漫画とデザイン展 企画チーム
企画制作:関口いちろ、水田聖平、石山彩奈、林隆三、楠俊之
歴史監修:イトウユウ(京都精華大学国際マンガ研究センター・特任准教授)
展示取材協力(50音順 敬称略):佐々木多利爾、杉本和希(小学館コロコロコミック編集部)、関善之(ボラーレ)、セキネシンイチ(セキネシンイチ制作室)、祖父江慎(コズフィッシュ)、名和田耕平(名和田耕平デザイン事務所)、星野ゆきお(ボラーレ)