銀の盆に乗せて運ばれてくる料理、きくらげもパイナップルも鴨肉もほとんど生そのもので、私たちは素材を口に入れる度に、ぷるぷるですねと驚いて見せるが、生っぽければ生っぽいほど喜ぶから、私たちが食べたいのは生命そのものかもしれない。テーブルの大皿にうずたかく盛られた魂を上から順に取って、生のそれに歯をたてかぶりつき、ひどい傷を負うもまだ生きて痙攣しているのを喉の力で音を鳴らして飲み下す、それこそ私たちの求める究極の食餌でできれば毎晩毎日、歯による殺りくと胃の中ですらまだ温かい魂の温みを感じたい。
綿矢りさ「仲良くしようか」(『勝手にふるえてろ』文春文庫、2012年、pp.193-194)より
生命はぷるぷるで湿った「生っぽさ」を持ち、歯を立てかぶりついても死に絶えることなく、強い酸性の胃液にも耐えうる強さを持つもの——だとしたら、相反する質感がひとつのものとして同居する。しかし、生命そのものは未だかたちを持たないものとして認識されているのだから、そのような想像力を私たちは受け入れるしかない。生命の質感、その生っぽさ=「BRUT」。原生であるがゆえに粗野でありながらピュアな生命のかたちは、どのように表れるのだろうか。
滋賀県にある障がい者福祉施設「やまなみ工房」を特集した、同県近江八幡市の製菓店・たねやグループが発行する広報誌『La Collina』第14号(たねやグループ、2019年)では、撮影を同県出身の写真家である川内倫子が担当した。刊行後も川内はやまなみ工房へ通い、約3年の年月をかけて撮影し、写真集『やまなみ』(信陽堂、2022年)として出版する。
時を同じくして2022年2月11日(金・祝)から3月13日(日)まで、東大阪市民美術センターで「川内倫子とやまなみ工房の風景」展が開催された。「川内のあたたかなまなざしと透明感のある作風を通して障害のある方々による芸術活動を紹介し、さまざまな属性の方々との共生やインクルーシブな社会の実現について考えようとする」【1】ことを目的とする本展は、川内の写真が部屋の壁面に展示され、やまなみ工房の通所者の作品を囲むような会場構成となっている。
本展は川内倫子という自らの名前を屋号とする「職業芸術家」と、いわゆる「アール・ブリュット」の共生を試みる。かつてジャン・デュビュッフェがアール・ブリュットという言葉を説明する際に対概念とした職業芸術家との対立は、規模や歴史こそ違えど、社会的居場所やマーケット、制作や発表場所をそれぞれに持ち、各々のシステムできちんと機能している現代の状況においては、古びたものとなっているのではないだろうか。
渾然一体として互いのシステムを越えて溶け合い、共鳴するときに、人間の性質や特徴などは重要ではなくなっている。それが本展の唱えたいインクルーシブであり、そこに私たちが見てみたい生命のかたちや質感の片鱗が表われている。
スクエア写真として収められたやまなみ工房の風景は、ふんだんに光を取り入れることで、プリズムとしてかたちになったり、反射光が白く写ったり、ときには、背景がまばゆく光に囲まれることで曖昧なものになっていく。白みゆく光の色のさまざまを写す川内の加法混色【2】の写真は白くなればなるほど色が混色されるため、自ずと通所者の日常がフォーカスされる。彼らをふちどるヴェールのように機能する光は、私たちはひとりではないと呼びかけている。写真に写るこの場所は孤独さとは無縁で、決して誰もがひとりよがりにはなっていない。これは、やまなみ工房で制作している20名の作家の作品にも滲み出ている。
川内によってストローで吹く制作風景が写されている瀬古美鈴の「はなび」シリーズ、自らの腕のストロークの限りに徐々に広がる円形を描く中川ももこの「タイトル不明」シリーズ、藤木敦仁の「ハンバーグ」シリーズ。これらに象徴されるように、彼らの作品の多くは減法混色【3】で、私たちが触れることのできるものの色と色が混ざり合うか、限りなく近くに隣り合うかで黒になりゆく過程の濁りを見る。混色という制作過程を経ても、決して自らの混じり気のなさを明け渡すことなく、むしろ、その過程を得ることで自らのピュアさを懸命に守るのである。
この混じり気のなさは他者と関わることで混ざりゆくものではない。本展に出品された酒井美穂子の作品《タイトルなし》は20年間、自身の手で毎日触り続けてきた大量の「サッポロ一番醤油ラーメン」をレディ・メイドとして作品とした。
川内の映像作品《無題(シリーズ「やまなみ」より)》でうかがい知ることができる酒井の袋麺の音を確かめる習慣は、作品制作とも生活の行為とも言い難い、他者とのつながり方のひとつのかたちを見せる。また、川内の映像に度々登場し、本作の軸ともいえる人物「誕生日の歌を歌う人」【4】は、ハッピーバースデーと歌い、誰かを祝い続ける。彼の表情には、恥ずかしさや照れを含んで歪んでいて、ループする映像に幾度となく現れては、その曲が好きだからや、喜んでくれるからといった理由以上の切実な何かが潜んでいる。
私たちが他者の存在を認めたいと思うとき、そのように願うとき、生命はふたつのかたちで表れるのではなかろうか。ひとつは他者のもので、もうひとつはそれに鏡合わせのように見える自らの生命のかたちである。他者の生命のかたちを産み出せてしまう私たちは、その暴力性を自覚し緊張して襟を正すが、そのとき、同時に見つける自らの生命のかたちに懐かしさと安心感を覚える。そのようなことがやまなみ工房では起きているのだ。
【1】引用:「川内倫子とやまなみ工房の風景」展のあいさつ文より
【2】複数の色を混ぜ合わせる「混色」には、大きく2つの方法がある。「加法混色」は赤・緑・青(RGB)を組み合わせて色を表現する方法で、色を重ねるごとに白色に近づいていく。この3色の組み合わせを「色光の三原色」と呼ぶ
【3】色を重ねると白色になる加法混色に対し、「減法混色」はシアン・マゼンタ・イエロー(CMYK)を組み合わせて色を表現する方法で、色を重ねるごとに黒色に近づいていく。「色光の三原色」に対して「色料の三原色」と呼ぶ
【4】映像内で明かされていないが本展企画者の田中由紀子(東大阪市民美術センター学芸員)によれば、本展で作品《正己地蔵》を出品していた山際正己である。彼はやまなみ工房通所者88名の名前と誕生日を記憶し、その日になれば誕生日の歌を歌う。
檜山真有 / Maaru Hiyama
1994年大阪市北区生まれ。企画した展覧会に「オカルティック・ヨ・ソイ」(2021)、「超暴力」(2019)など。2022年はワークショップをする予定です。
会期:2022年2月11日(金・祝)~3月13日(日)
会場:東大阪市民美術センター 第1・2・3展示室
時間:10:00~17:00(入場は閉館時間の30分前まで)※3月11日(金)は20:00まで開館
料金:500円 ※中学生以下、障害者手帳等をお持ちの方(介助者1名を含む)、65歳以上の方は無料
休館:月曜日(祝日の場合は翌平日)
問合:072-964-1313