本特集では、ドキュメンタリーとフィクションの関係やその境界について向き合いました。それは、「事実」「作為」「理解」というような言葉の定義や、それらに付随する葛藤の輪郭をなぞっていくような作業であり、あらためてドキュメンタリーとフィクションの境界というものがいかに流動的で、相互的関係にあるかを感じています。 人が食べるという行為をインタビューを通して観察・分析してきた独立人類学者の磯野真穂さんとの対談では、他者を理解することについて言葉を交わしました。また、現代フランス哲学、芸術学、映像論をフィールドに文筆業を行う福尾匠さん、同じく、映画や文芸を中心とした評論・文筆活動を行う五所純子さん、そして、劇団「ゆうめい」を主宰し、自身の体験を二次創作的に作品化する脚本&演出家・池田亮さんの寄稿では、立場の異なる三者の視点からドキュメンタリーとフィクションの地平の先になにを見るのかを言葉にしていただきました。 対岸の風景を可視化していくこと、まだ見ぬ世界を知覚すること、その先に結ばれた像が唯一絶対の真実から開放してくれることを信じて。そして、今日もわたしは石をなぞる。 小田香 Kaori Oda ー 1987年大阪生まれ。フィルムメーカー。2016年、タル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factoryを修了。第一長編作『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門にて特別賞受賞。2019年、『セノーテ』がロッテルダム国際映画祭などを巡回。2020年、第1回大島渚賞受賞。2021年、第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
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2024.04.11
#F. アツミ#JUU arts&stay#TRA-TRAVEL#マリー・ルー・ダヴィド#ART#REVIEW

REVIEW|楽園と地獄の間をつむぐ旅
―「in flux: ベトナムビデオアートの流れを振り返る」

F. アツミ
文: F. アツミ [Art-Phil/monade contemporary | 単子現代]
編集: 永江大[MUESUM]

2024年2月18日(日)、大阪・此花のJUU arts&stayにて、ベトナムの映像作品のスクリーニング+キュレータートーク「in flux: ベトナムビデオアートの流れを振り返る」が開催された。主催は、大阪を拠点に国内外のアート・ハブを担いつつ、さまざまな企画を通してグローバル化によって見落とされた可能性を探るTRA-TRAVEL。ホーチミンを拠点に活動するキュレーターのマリー・ルー・ダヴィドがプログラムディレクターを務めた。本イベントを、編集・批評活動を行うF. アツミがレビューする。

REVIEW|楽園と地獄の間をつむぐ旅 ―「in flux: ベトナムビデオアートの流れを振り返る」

ビデオアートの誕生と分断されるベトナムの歴史

ビデオアートが1960年初頭にアートヒストリーに登場した当時、ベトナムは社会主義と資本主義を掲げる2つの巨大な勢力によって南北に引き裂かれようとしていた。ビデオアートから放たれる電子映像はマスメディアのイメージに対してゲリラ的な闘いを繰り広げながら、世界大戦前後の映像史を縦横無尽に貫く力を獲得し、その実験的精神とともに抵抗の権利を掲げるアクティビズムのビジョンを描き出してきた。

プログラムの紹介によれば、ベトナムでビデオアートが見られはじめたのは1990〜2000年代のこと。ほかの表現分野と比較して正確な立ち位置のないまま現在に至るという。今回の企画では、ベトナムを拠点に活動するアーティストたちによって、2015〜2024年にかけて制作された7作品が上映された。

社会主義体制やグローバル化する社会状況を背景に、ベトナムにおける都市や農村、家族、ジェンダー、神話、夢などの諸相に触れられる上映プログラムは、ロンドンで美術史を研究し、現在はホー・チミンを拠点とするサン・アート(Sàn Art)でキュレーション活動を展開するマリー・ルー・ダヴィド(Mary Lou David)の提案によるものだ。ベトナムのビデオアートは今日、私たちにどのようなビジョンを見せてくれるだろうか。

楽園と地獄の間で揺れるベトナムの社会風景

REVIEW|楽園と地獄の間をつむぐ旅 ―「in flux: ベトナムビデオアートの流れを振り返る」
《The most romantic walk(ふたりの小径)》
REVIEW|楽園と地獄の間をつむぐ旅 ―「in flux: ベトナムビデオアートの流れを振り返る」
《Journey of a Piece of Soil(ジャーニー・オブ・ピース・オブ・ソイル)》

まずは、上映プログラムの順にそれぞれの作品を振り返ろう。ベトナム戦争の影を今なお印象づける作品として、祖母の死後にその個人史に向き合い救い出そうとする《The most romantic walk(ふたりの小径)》(ファン・アン〔Phan Anh〕、2017)、シロアリの巣となった土の塊を抱きかかえて都市を歩く《Journey of a Piece of Soil(ジャーニー・オブ・ピース・オブ・ソイル)》(チュオン・コン・トゥン〔Trương Công Tùng〕、ベトナム、2015)は、ベトナムの人々が生きた社会風景をあらためて過去半世紀以上にわたってつむぎなおそうと試みる。看護師として働いていた祖母がどのように両親を生み、家族を守ってきたのかが語られるとともに回想される一方で、シロアリが飛び交う土の塊を抱えた男は、現代的な都市風景にいながらもなお塹壕でのゲリラ戦の記憶に憑かれ、地獄のような焼け野原となった戦場をさまようことになる。

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《On Amanda Heng: The Scent of Tam Đảo(アマンダ・ヘン:タム・ダオの香り)》
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《Soap Bubbles(ソープ・バブル)》
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《Precious. Rare. For Sale(プレシャス・レア・フォーセール)》

即興パフォーマンスのワークショップの記録を約30年越しに再編して振り返る《On Amanda Heng: The Scent of Tam Đảo(アマンダ・ヘン:タム・ダオの香り)》(ヴェロニカ・ラドゥロヴィック〔Veronika Radulovic〕、2022)は、1980年代後半から市場経済導入に向けたドイモイ(刷新)以後の急速な都市風景の変容と人々の記憶とその忘却をシュールな眼差しで観察している。

ゲイのスーパーヒーローが登場してクィアネスが伝染するという偏見に満ちた噂を退治しようとする《Soap Bubbles(ソープ・バブル)》(ファン・グエン・アン・トゥ〔Phạm Nguyễn Anh Tú〕、2021)、1990年代にベトナムで広くみられた自然に棲まう神獣や戦時のヒーロー物語、労働者階級のリアリティといったステレオタイプな文化表象を振り返る《Precious. Rare. For Sale(プレシャス・レア・フォーセール)》(レナ・ブイ〔Lêna Bùi〕、2023)からは、市場主義経済によって増幅される社会主義のもとで統制された政治経済体制の間を生きる人々の息づかいと熱気を感じられるだろう。

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《Becoming Alluvium(漂砂になる)》
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《My Paradise(私の楽園)》

最後に、土着の民話やポストモダン小説などへの文学史上の転生とともに後ろ向きに歴史を俯瞰する天使的な眼差しを感じさせる《Becoming Alluvium(漂砂になる)》(Thảo Nguyên Phan〔タオ・グエン・ファン〕、2019~)から、匂やかに淡々と流れるアニメーションとともに理想郷(ユートピア)の書き割りのようなキッチュさを描き出す《My Paradise(私の楽園)》(クイン・ドン〔Quỳnh Đông〕、2012)へとたどるイメージの流れは、統制社会が理想とするだろう調和と平静さに満たされた楽園を世俗的な社会から解脱した涅槃(ニルヴァーナ)の相のもとに描き出すというつつましくも上品な風刺(サーカスム)として解釈したい。ベトナムの社会風景は今日、社会主義的な理想郷としての楽園とベトナム戦争の記憶という地獄の間で揺れている。メコン川の流れを鳥の印象をもってとらえるフレームワークや首のない登場人物をとらえるオリエンタリズムの眼差しに、ロンドンからホーチミン、そして大阪へと旅するキュレーターの活動を重ね合わせることはできるだろうか。

風景の向こう側をつむぐベトナムのビデオアート

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ここに1枚の風景写真のネガがあるとして、こちら側から見る人とあちら側から見る人は同じ風景を眺めているといえるだろうか。そう思うことがよくある。一連の上映プログラムを振り返ると、楽園と地獄の間を揺れるベトナムの社会風景にあって、高層ビルに反射する太陽は照明弾になり、石の円環をかたちづくるパフォーマンスは生産と破壊、あるいは想起と忘却の営為となっていった。アーティストが織りなすビデオ・イメージはメコン川の悠久の流れのなかで北緯17度線を貫き、グローバリゼーション下にあるベトナムの人々の歴史をつむぐ。

ベトナムのコンテンポラリー・アートといえば、日本国内ではベトナム戦争にかかわる体験や記録をテーマに制作を行うディン・Q・レやジュン・グエン=ハツシバなどのビデオ作品、またベトナムの社会問題を神話やグローバルな視点から描こうとするウダム・チャン・グエンの作品などがよく知られている。あるいは、上演プログラムのベトナムのビデオアート作品をフランシス・フォード・コッポラが『地獄の黙示録』で描いたような戦場と倫理の地獄、そしてズオン・トゥー・フォンが『虚構の楽園』で語るような理想郷としての楽園に見られるようなベトナムの政治状況を背景にして、読み解くこともできるだろう。

誰もが幸せそうにしているマスイメージのこちら側にはそれを求めてやまない人々の渇望があり、あちら側にはマスイメージを操作し人々の競争を煽る権力者の高邁(こうまい)が隠れている。こちら側とあちら側の関係性が変わるのはいつのことになるだろう。現代の世界にあって、美術批評家のボリス・グロイスが指摘するように、アートだけが私たち全員の現在の欲望や期待の地平を超えた根本的な変化としての革命の可能性を指し示す【1】ことができる。ベトナムのビデオアートの最前線が示す社会風景のこちら側とあちら側をつむぐイメージの流れが今日、衆人環視と自己検閲の間でそれぞれの理想と現実を生きる日本人に見せてくれるのは、権力の座にある誰かが語り継ごうとする歴史を、人々が自らもつイメージの記憶とともに乗り越えようとするビジョンではないか。

筆者注:
より逐語訳に寄せた作品タイトルとして、《The most romantic walk(とてもロマンチックな散歩)》《Journey of a Piece of Soil(土くれの旅)》《Soap Bubbles(石けんの泡)》《Precious. Rare. For Sale(かわいい。めずらしい。売りもの)》《Becoming Alluvium(堆積層になる)》とも読める。

 

参考文献:
【1】ボリス・グロイス著、河村彩訳『流れのなかで:インターネット時代のアート』人文書院(2021年)pp57-79「アート・アクティビズム」

F. アツミ / F. Atsumi
クリエーション・ユニット Art-Phil、アート・ギャラリー/イベント・スペース monade contemporary|単子現代。都市経営修士。編集/批評を通してアート・哲学・社会の視点から多様なコミュニケーション一般のあり方を探求するとともに、キュレーター/アートマネジャー/ギャラリストとして現在のアート・哲学・社会について考え実践するための展示活動を行なっている。大阪-京都-東京でただいま活動中。

REVIEW|楽園と地獄の間をつむぐ旅 ―「in flux: ベトナムビデオアートの流れを振り返る」

ベトナム映像作品 スクリーニング+キュレータートーク
「in flux: ベトナムビデオアートの流れを振り返る」

日時:2024年2月18日(日)14:00〜17:30(上映+トーク)
会場:JUU arts&stay

上映作品:
「The most romantic walk」監督:Phan Anh|ベトナム|2017|カラー|30分
「Journey of a Piece of Soil」監督:Trương Công Tùng|ベトナム|2015|カラー|33分
「On Amanda Heng: The Scent of Tam Đảo」監督:Veronika Radulovic|ベトナム|2022|カラー|10分
「Soap Bubbles」監督:Phạm Nguyễn Anh Tú|ベトナム|2021|カラー|7分
「Precious. Rare. For Sale.」監督:Lêna Bùi|ベトナム|2023|カラー|12分
「Becoming Alluvium」監督:Thảo Nguyên Phan|ベトナム|2019-ongoing|カラー|16分
「My Paradise」監督:Quỳnh Đông|ベトナム|2012|カラー|14分

主催:TRA-TRAVEL
協力:FIGYA、San Art、一般社団法人アラヤシキ
企画・字幕翻訳:池田昇太郎
トーク通訳:柏本奈津
助成:大阪市、芳泉文化財団

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