企みが消えた写真
ー 外からの動機が生むもの
岡部太郎さんは、「一般財団法人たんぽぽの家」の常務理事だ。常務理事と聞くとなんだかエライ人のように聞こえるが、実際は障害のある人たちと一緒に現場を走りまわったり、日本中の施設を訪ね歩いて展覧会を企画したりとエライ忙しい人なのだ。岡部さんと僕は同世代で、10年ほど前から一緒に展覧会をつくったり、プロジェクトを立ち上げたりと、お互い学び合える関係で同志のような人だと思っている。そんな岡部さんが2020年に、プロ仕様のハイスペックカメラを父親から譲り受け、2021年には、なぜかiTohenさんで展覧会を開催している。同志だと言いながらも、まだまだ知らない顔がある。今回、その顔と展覧会について探ってみる機会になればと考えている。
岡部さんは、群馬県前橋市に生まれ育ち、多摩美術大学でグラフィックデザインを学び、在学中にたんぽぽの家で活動する伊藤樹里さんに出会い感動し、福祉の世界に飛び込み奈良にやってきた。本人いわく「前橋というまちは、日本中どこにでもある郊外なんだけど、どこか嫌いになれないところがある」という。僕も千里ニュータウンに育ったこともあり、岡部さんの郊外に対する愛着がよくわかる。ホンマタカシが『TOKYO SUBURBIA』で見た風景に愛着を感じてしまう時代背景に生きてきた。
そんなまちでデザイン業を営む(知らなかった!)父親にカメラの購入の相談をしたところ、突如、CANON EOS 5D Mark IIIが届いたらしい(最初は、太っ腹だなぁと思ったけど、新しい機種に買い替えたいと父親が考えていたことが、後日わかったようだ)。岡部さんにとっては、このカメラ、オーバースペックだと感じながらも折角だからとパチパチと撮影をはじめたのだった。昔から写真を撮っていたものの、マシンが変わると態度も変わってしまうガジェットの魔法にかかってしまう。そして、あるとき、岡部さんが、撮影したものの写真補正がわからず、お仕事でもお世話になっているiTohenの鯵坂兼充さんにやり方を教わっているうちに、「岡部さん、ここで展覧会を開催しませんか?」と言われたそう。不思議な写真たちの魅力に、鯵坂さんは何かビビッときたのだろう。もし僕に補正の相談をしてくれていたら、きっとこの展示は実現されなかったはずだ。
さて、展覧会を観てみると、地元・前橋とどこかつながる奈良の郊外や、家族や職場の景色が写し出されている。展覧会のタイトルのように、狙いすました奇跡のような一瞬というよりも、岡部さんが不思議だなと感じた世界がぼんやりと断片的に集まっているようなものだった。オーバースペックなカメラを手に入れる前から、コツコツと写真を撮影し毎年の手帳の表紙にしたり、写真を撮るという行為は、岡部さんにとって自分を客観視するためのひとつの作法だったのかもしれない。そのなかで印象的だった1枚が、10年以上前に撮影された、車で事故を起こした現場の写真だった。「事故」という計画されていなかった出来事に対して、被写体との冷ややかな距離が写り込んでいる。記録というよりも、正確さの欠けた夢を定着しているような写真のように僕は感じた。
以前、一般財団法人たんぽぽの家の理事長の播磨靖夫さんから「岡部くん、君は大事なときに写真を撮ってない。撮影はほかの人に任せなさい」と言われたことがあるらしい。新聞記者だった播磨さんらしいなと思うと同時に、まるで岡部さんの今回の写真展を見抜いているような一言だなと僕は思った。上記に書いたように、的確に情報を伝える写真に岡部さんの興味はない。展示で並んでいる写真たちは、正確さが欠けているけれど、本当に起こったであろう不思議な風景が繰り返し写り込んでいる。
僕は、多木浩二が撮影した建築写真とも少し共通点を感じていた。水平垂直が整った竣工写真ではなく、ゆらぎがあり、息遣いが聞こえそうで聞こえない絶妙な冷たい距離感。岡部さんがファインダーを覗いたときの感情は、撮影者の存在を感じさせないよう、そこにある温かい空気そのものを撮影したいという冷たさ(クールさ)が存在しているように思える。そのような写真たちは、撮影者の企みが消え、不思議な力を帯びるのかもしれない。
岡部さんに「自身が作家となって展覧会を開催してみて、どのような気持ちですか?」と質問を投げかけてみた。そうすると「振り返ってみると、これまでたんぽぽの家で手がけてきた展覧会はメッセージが強かった。作者の主体性に加え、誰もが表現できる力を持っていて、環境がそういう状況を生むはずだ、という企画側の声が大きかったのかもしれない。自身の展覧会を開催するまでは確信が持てなかったけど、展覧会を通して対話をどのようにつくっていくかを、さらに大切にしたいと思いました。また、今回の展覧会では“作家”という意識はまったく無く、対話をする場のデザインをしたような気分です」と。その言葉からも汲み取れるが、今回の展覧会には岡部さんからのステートメントはなく、観る人が考えたり、そこでの対話を生み出すことを目指している。自らの展覧会を通して、これからのたんぽぽの家での展覧会について考える、岡部さんらしい言葉だなと思う。
我々、デザイナーや岡部さんのような仕事は、0から1を生む内発的なものではなく、動機が外からやってきて1から100を考える。観ることで対話を生み、外からの動機が生む可能性をこの展覧会は教えてくれるだろう。
実は、僕も15年ほど前に、アーティストのアシスタントとして走り回っていた頃、岡部さんと同じように鯵坂さんに「展覧会をやりませんか?」と言われたことがある。鯵坂さんは忘れているかもしれないけど、あのときちゃんとお答えできなかったことをいまだにどこか引きずっている日々。いつかまた、声をかけられることがあれば、展覧会をやってみた先輩でもある岡部さんにアドバイスをいただこう。
原田祐馬 / Yuma Harada
1979年大阪生まれ。京都精華大学芸術学部デザイン学科建築専攻卒業。UMA/design farm代表。どく社共同代表。名古屋芸術大学特別客員教授、グッドデザイン賞審査委員。大阪を拠点に文化や福祉、地域に関わるプロジェクトを中心に、グラフィック、空間、展覧会や企画開発などを通して、理念を可視化し新しい体験をつくりだすことを目指している。「ともに考え、ともにつくる」を大切に、対話と実験を繰り返すデザインを実践。著書に『One Day Esquisse:考える「視点」がみつかるデザインの教室』(誠文堂新光社、2020)。
会期:2021年4月10日(土)〜
26日(月)のうち土・日・月曜日 ※4月24日(土)~26日(月)はコロナ感染拡大の状況を鑑み休業、5月8日(土)~10日(月)に順延開場時間:11:00〜18:00
会場:iTohen
※入店時に要1ドリンクオーダー(利用代金の5%を作家に還元)
問合:06-6292-2812