美術・芸術大学卒業後の制作場所の確保の困難さ
日本の現代アートの市場が活況を呈するようになり、若手アーティストの活動にも注目が集まる。しかし、美術・芸術大学卒業後に、大学と同じような制作環境を持つのは極めて難しい。制作環境を維持するために、修士課程や博士課程、異なる大学や留学を選ぶ学生も多いが、教職を得ることができなければ、いずれは自分でスタジオを構えなければならない。
少子高齢化で大学は縮小し教職の枠は減っていっているが、日本のマーケットが少しずつ成長しているため、アーティストの数は増え続けており、スタジオの数はまったく足らないというのが現状であろう。かつて赤瀬川原平は、『反芸術アンパン』(ちくま文庫、1994)において、「私もアトリエという不動産を持っていたら(中略)不動産のないところで、私の絵画は蒸発してしまった」とアトリエが確保できなかったために路上のパフォーマスに進んだ経緯を告白している。京都では、同じ大学出身者が数人で集まって、共同スタジオを構えることが増えているが、現在においても場所を確保するのは容易ではない。
そんななか、大阪市住之江区の北加賀屋に、新しい共同スタジオSuper Studio Kitakagaya(SSK)が誕生した。おおさか創造千島財団の運営するこの共同スタジオは、安価な賃貸料で機能的なスタジオ施設を提供している。もともと明治時代に創業され、北加賀屋に広大な敷地を持つ千島土地株式会社は、2004年からアーティストやクリエイターに支援を続けてきた。2004年から名村造船所跡地で、「NAMURA ART MEETING ’04-’34」が開催され、現在も断続的に継続されている。2005年には、名村造船所跡地の旧事務所棟内に創造スペース「BLACK CHAMBER」を創設、リハーサルスタジオとして使用していた「STUDIO PARTITA」など敷地内の他施設を合わせた「クリエイティブセンター大阪(CCO) 」をオープンした。CCOでは、展覧会に加え、「DESIGNEAST」や「KITAKAGAYA FLEA & ASIA BOOK MARKET」ど、多様な文化イベントが開催されてきた。また、2016年の森村泰昌の国立国際美術館での大規模個展「森村泰昌:自画像の美術史」に併せて、ロケ地にもなったCCOでも関連展示が行われた。
2011年には、千島土地株式会社の設立100周年記念事業としておおさか創造千島財団が設立され、芸術文化活動に対する公募助成事業や北加賀屋の工場跡を活用したMASK(MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)が開設された。現在MASKには、ヤノベケンジややなぎみわ、名和晃平などの大型作品が収蔵されている。2010年代に日本各地で開催された芸術祭において、MASKが貢献した役割は大きい。地方の芸術祭では屋外で展示されることが多く、必然的に大型化する傾向にあるが、閉幕後に収蔵・維持することが難しいからだ。まさに、屋台骨として支えてきたのだ。毎年、公開イベントが開催され、近隣の住民も含めて多くの人々が来場している。さらに、2018年には、北加賀屋の旧家具屋を再生し、森村泰昌の個人美術館M@M(モリムラ@ミュージアム)が開設され、国内外のアートシーンにおいても重要な場所として認知されてきている。
SSKは展示やイベント主体で使われてきた北加賀屋を、アートの生産拠点にする転換点となる試みとなる。もともと「造船」という巨大産業の製図(デザイン)や製造が行われてきたわけなので、生産のためのインフラを含む環境は整っている。そこで、おおさか創造千島財団は、国内外の共同スタジオを見学し、スタジオに必要な機能や設備を調査して、名村造船所の倉庫や製図室だった場所を改装し、新しいタイプの共同スタジオを開設した。2020年にオープンしたもののコロナ禍によってオンラインのみでオープンスタジオが行われたが、今回、観客にも開くオープンスタジオが開催され、「STUDIO VISIT」に参加したので報告していきたい。
多機能な施設と大型スタジオ
共同スタジオには、大型作品を制作する1階のラージスタジオが4ブース、1階と2階の個室スタジオが9部屋あり、合計12人のアーティストが使用している。1階でも事務作業ができるように、モバイルスタジオが設置され、共有スペースとして1階入り口横に、Labo & Galleryがあって展覧会も開催できる。また、奥のワークショップルームでは木工作業ができ、隣接する「スースーキッチン」は、「料理開拓人」として知られる堀田裕介がプロデュースし、通常の厨房機器に加え、H鋼を加工した炭火台、長尾創造所のジオデシックピザ窯が併設されており、本格的な調理が可能だ。
まずは、倉庫だった1階を改装したラージスタジオエリアで、大型の作品をつくるアーティストたちを紹介したい。一番手前のブースを借りている葭村太一(よしむら・たいち)は、大阪芸術大学でデザインを修めたが、28歳の時にある作家の展覧会を見て、自分も木彫をつくれると思い独学で木彫を始める。それから少しずつ機材を買い足していき、巨大な木彫をつくれるようになったというから驚く。オープンスタジオでは、昨年、長屋での展覧会に際し、家屋で発見した柱の落書きをもとに、3次元の彫刻にした作品やコロナ禍の自分を表現するために、巨大な木材から自分の足や手だけを掘った作品を展示していた。普段は施工や設営の仕事もしており、デザインをしていたことも伏せているとのことだが、2次元(図面)と3次元(立体)の両方を把握する力がある。鰤とロケットをモーフィングしたような彫刻では、頭の部分に色を付けており、配色のセンスもある。木目や地色などの特徴を活かした木彫もよいが、同じ立体の中で2次元と3次元、地色と着色を軽やかに横断していく能力は、この作家ならではのものだろう。SSKに入居することで、さまざまな意見を聞くことができ、自分の行為を整理するのにも役立っているとのことだ。
中央のブースを借りている、東京藝術大学の先端表現学科科出身の笹原晃平(ささはら・こうへい)は、傘を使って大きな屋根を創ることで、プライベートから端を発して、それが集積してパブリックなものへと変わっていく状況を、一過性のインスタレーションとして見せてきた。高校生の時のポートフォリオとしてすでに傘を使うプランを提出していたというから早熟さに驚く。まだ東京藝大に在職中だった川俣正に薫陶を受け、何もないところから人を巻き込み、状況や場所、空間に合わせてつくり上げていく方法を深化させた。また、反転したコンセプトとして、あるものを一時的になくしたり、一部以外を隠したりすることで、その存在を浮かび上がらせるというシリーズも持つ。卒業後はヨーロッパと日本を行き来し、大阪には縁はなかったが、LCCなどの交通の便の良さや関心もあって住むようになったという。毎年、自身の仕事をブックレットにまとめ、ISBNコードをとって出版しており、自身のプレゼンテーションも優れている。オープンスタジオに際して、共有スペースを利用した企画展「結から始まる起承転」のキュレーションを担当しており、仲間たちでつくる共同スタジオではないSSKにメタレベルの視点を導入している。笹原のようなキュラトリアルなアーティストの存在は、共同スタジオの発信力を高める鍵になるだろう。
奥のブースを借りている、大手前大学から京都市立芸術大学大学院に進み、構想設計を修了した前田耕平(まえだ・こうへい)は、近年、同郷の博物学者、南方熊楠をテーマにしてきた。熊楠の写真を巨大な自作の凧にプリントし、故郷の友人や先生たちと一緒に凧を上げるプロジェクトや、タイのお土産の単純な形をした仏像を別の形態で再制作しながら、展示したり、運んだりするなどすることで、信仰や祭りの発生をなぞるパフォーマスを続けている。今回前田は、京都市立芸術大学の近くの下宿からSSKのある大阪に住まいを移すにあたり、下宿近くの桂川から名村造船所跡地のある木津川河口まで、個人用の筏を作って4日かけて川を下ったパフォーマンスの記録映像と、実際使用した筏を、隣接している奥の共有スペースに展示した。「THE PLAY」を彷彿させるパフォーマスだが、コンセプチュアルな試みというよりも、その地理的な距離を身体的に把握し、自分の移動を儀礼化する試みであろう。
デザイン、絵画、映像、多様なアーティストが使用する個室スタジオ
個室スタジオは、ラージエリアよりは小型であるが、絵画や映像、デザインまで幅広いアーティストに使用されている。
京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)大学院でランドスケープデザイン領域を修了した泉拓郎(いずみ・たくろう)は、ゴードン・マッタ=クラークの影響を受け、ビルディング、エクステンション、トランスフォーメーションという方法論で、つくり上げた建築を拡張したり、変容したりする制作を行ってきた。修了後、建築設計事務所、ランドスケープデザイン事務所を経て、リノベーションをメインとする、建築・インテリア設計事務所9株式会社に参加し、デジタル加工機shopbotを使用して、自作できる家具や小屋のデザインを行っている。現在は、パートナーである品川美香(しながわ・みか)とともにスタジオを借りているが、そこで使用されている机や椅子も泉がデザインしたものだ。自作で組み立てられるとは思えない強度とフォルムの美しさがある。泉は「DIYのハードルは高いので、つくってみたものの満足ができないものができると続かないが、ある程度の完成度を保証し、工夫する余地のあるキットなら次につながるのではないか」という。
あいにく品川は不在であったが、社会の写し鏡として、人工的な子供と外来種の混じる歪んだ生態系を描く品川の作品は、椿昇が進めるアルトテックや「ARTISTS’ FAIR KYOTO」などでよく知られている。今回、ちょうど「ARTISTS’ FAIR KYOTO 2021」に出展された町屋のための作品が展示されていた。蛍光色や人工的な色使いで知られる品川であるが、町屋展示のために色数を抑制し色面を多用しており、照度の低い空間では反射してちょうどいい加減になっていたという。品川の作品が強い印象を残す理由は、子どもの顔ばかりではない。高彩度の赤を中心に、赤紫~紫などの色相環の「裏側」と、高明度・低彩度のパステルカラーを使うことで、リアルな描写に反して、非現実的で人工的な印象を与えているのだ。また、肌がこれほど青紫に見えるならば、PCのモニターよりもさらに色温度は高く青みがかっている照明環境ということになる。しかし、髪の毛だけがその影響を受けず高彩度の赤になっているという、ありえない照明環境が同居しているのも、両義的な状態が強調されて見える原因だろう。今後、品川が展示される場所の照明環境に応じて、様々な工夫をしていけば、絵画と空間の新たな表現が得られるだろう。その際、泉のつくるインテリアとコラボレーションができればさらに面白い。ふたりの今後の展開を期待したい。
稲垣智子(いながき・ともこ)は、10代から演劇を学んでいたが、イギリスで美術を学び、演劇的要素を現代アートで展開できることを知り、そこから自分のパフォーマンス含めた映像やインスタレーション作品を制作している。人工と自然、ジェンダーの境界を巡る、稲垣の作品は、自然のなかにある不自然、不自然のなかにある自然が混在しており、「当たり前」と思われていた境界をゆさぶる。今回も、稲垣ひとりでセリフを入れた、孤独と愛、生と死を巡る男女の独白がいつの間にか掛け合いになる映像作品を発表していた。今回は短期的なレンタルであるが、日本の美術・芸術大学で学んでいないため、このような共同スタジオで制作する機会がなく、SSKに入居することで、「隣人」の制作者がいるというだけで心強いという。コロナ禍で大型のインスタレーションを制作する機会が減り、初めてドローイングの制作もチャレンジしている。写真をモデルに淡い単色のペインティングに削った作品は、幻影が崩れていくようでもありセンスを感じさせる。実は、父親が画家だということで、避けていた絵がコロナ禍とSSKというスタジオによって、近づいたのかもしれない。
映像インスタレーションを制作している林勇気(はやし・ゆうき)は、すでに国内外でキャリアのあるアーティストである。デジタルカメラの登場以降、インターネット内で急速に膨張した膨大な写真を素材に、把握できないそれらの「量」をひとつの空間で「体験」する試みを続けてきた。現在は、デジタルカメラで撮影されたものの、閲覧されてない死蔵した写真を使い、インターネットの外側にまで拡張して「見えない写真」の可視化を試みている。今回は、動画をひとつの帯にようにし、動画を固まりとして把握し、体験するため「落下装置」を制作していた。スタジオ内で公開された「動画の帯び」が滝のように落ちて消えていくインスタレーションは、動画編集ソフトの影響で左から右にタイムラインが流れるという観念的な認識を、重力の軸に合わせ物理法則の比喩に変えることで、物質的なものに変容させる効果がある。デジタルのなかにある種の「量」や「重み」を見出そうとする、林ならではの発想といえるだろう。展覧会場で試行錯誤することはできないので、SSKは空間に上映することで効果を実験する場として借りているという。
河野愛(かわの・あい)は、京都市立芸術大学で染織を学び、現在は陶やガラス、樹脂、収集した骨董など、壊れて廃棄されたもののなかに残る記憶や歴史を、インスタレーションにすることで再生させる試みを行っている。「銀化」されたガラス瓶など、本来保存用につくられた容器が、土のなかなどで鉄、銅、マグネシウム分などと化学変化を起こし、別の姿や価値に変わることが面白いという。スタジオのなかにも不要になったさまざまな骨董が並ぶ。コロナ禍のなかで、あまり外出できないなか子どもを出産し、「大自然」が家のなかに入り込んできた気がしたという。今回、乳児の肌の上に、真珠を乗せた写真作品を展示していた。真珠貝に外套膜が入り込んだり、核を挿入したりして生成される真珠に、妊娠・出産のプロセスと似たものを感じたという。真珠と乳児の作品は、ほかの母子を募集して続けたいとのことなので、記憶をテーマにしつつ、ソーシャリーなプロジェクトに発展する可能性がある。それらは、滋賀県立美術館のリニューアルオープン後の展覧会で出品される予定である。また、SSKで子どもが遊び回っているとのことで、子どもにとっても記憶に残る空間になりそうだ。
大槻智央(おおつき・ちひろ)は、企業や店舗、ブランドなどのCI・VIから、アート関連の広告物まで幅広くデザインしている。特にオリジナルの書体を設計したり、紙や印刷技術を駆使することによって、「平面」に留まらないイメージと物質の両方にまたがるデザインを実現している。今回のオープンスタジオのチラシのデザインも、大槻によるものだ。
また、スタジオメンバーの葭村太一の展覧会のポスターやチラシなども手掛けており、SSKのアーティストとのコラボレーションが積極的に行われている。SSKで打ち合わせする際も、クライアントにとっても、スタジオの環境が良い刺激になっているという。プロダクトデザインを習ったとのことで、文字や素材の機能を掘り下げて思考し、「製品」に近い完成度を持つ。活版印刷による厚紙の名刺は、横に銀が塗られたり、くり抜かれたりしており、知覚や手触りまで含めた存在感のある「情報デザイン」になっている。国内外のデザインアワードを受賞しているが、Graphis Photography Annual (NY)において、写真作品も受賞している。今回のオープンスタジオでも写真作品を出展しており、写真表現の発展も期待させる。
谷原菜摘子(たにはら・なつこ)は、ベルベッドの下地に、具象的な油彩画を描いているが、それらは谷原の負の記憶に基づく、物語化された世界である。独特なベルベットの質感に、油彩、アクリルに加えて、グリッターやスパンコールなどの乱反射する素材も取り入れた技法は、闇の世界のなかで強い存在感を示すために時間をかけ練り上げられた技法だろう。絹谷幸二賞、京展・京都市美術館賞、VOCA奨励賞、京都市芸術新人賞など受賞しており、その力量は極めて優れている。黒のベルベットと反射するスパンコールなどの強い対比に加えて、絵の具を混ぜない点描技法で、物体のディテールを表現するなど、細かい描写も必見だ。個人的な負の記憶から出発しているが、社会的なさまざまな問題を引き込みながら、それらが組み込まれた物語に昇華されている。かつてはもう少し直接的だったようだが、物語にすることで再び社会化することを学んだという。しかし、暗さだけでは、人々の共感は得られない。そこに笑い、ユーモアが含まれていることで強度を保っている。(残酷な話が隠された)童話や昔話に通じる「怖さ」と「ユーモアさ」があるという指摘をし、絵本のもう少し長い物語にする気はないのかというと、現在、連作にし始めているとのことで今後の展開が楽しみである。
今回、ワークショップスペースでインスタレーション作品を発表していた下寺孝典(しもでら・たかのり)は、デザイナーに加えて、屋台研究家という肩書きを持っている。アジア各地で現在も使用されている「屋台」に注目し、屋台という造形や機能だけではなく、屋対工場や路上文化など、屋台を取り巻くまちの生態系全体をリサーチし、屋台を構成する環境全体を明らかにしている。その点が、アトリエ・ワンが制作した独立的な屋台の作品より、進化している点だろう。また、実際タイのバンコクなどで屋台制作の修行をするなど、フィールドワークも踏み込んでおり、その生態系のなかに入り込むという手法をとっている。インスタレーションでも、屋台だけではなくまちの構成要素を切り抜いて、2.5次元的なジオラマ/パノラマ映像に仕上げることで、まちと屋台の関係がビジュアライズされており、見せ方も洗練されている。また、オープンスタジオに合わせて屋台を使った簡易カフェも開設していた。
コロナ禍で屋台は消滅するどころか、屋外のために逆に耐性があったとのことで、そこには21世紀を生き抜く知恵も含まれているように思える。
キュレーションされる共同スタジオ
今回、オープンスタジオに合わせて、笹原によってキュレーションが行われている。企画タイトルは、「結から始まる起承転」であり、共有スペースであるLabo & Gallery、L字壁面、ワークショップスペースなどで展開された。
第1週には、「起の巻:淵源のテクノロジー」として、稲垣智子、泉拓郎、林勇気、野原万里絵、谷原菜摘子、前田耕平、下寺孝典など、テクノロジーやメディアに言及する作家を扱った。第2週は「承の巻:想察のメソドロジー」として、葭村太一、谷原菜摘子、大槻智央、前田耕平、下寺孝典など、オーソドックスな表現媒体を扱う作家を。第3週には「転の巻:智覚のナラトロジー」として、河野愛、トラン・ミン・ドゥック、葭村太一、笹原晃平、稲垣智子、前田耕平、下寺孝典など、プロセスや背景を重視する作家を扱った。それらのコンセプトに合わせて、大槻智央が1週、2週、3週のデザインを制作し、透ける紙を使ってレイヤーにして3枚で統合的に見えるという工夫も行っている。
SSKに訪問した13日は、ちょうど2週目だったので、「承の巻:想察のメソドロジー」が開催中であった。入り口横のLabo & Galleryには、葭村太一の鯉の巨大作品、谷原菜摘子の大型作品、大槻智央の写真作品が展示されており、L字壁面には前田耕平のインスタレーション、Workshopと中庭には、下寺孝典の屋台のインスタレーションが展開。そしてスタジオには、キュレーションされた作品が混ざるよう配置されていた。谷原の作品は、上野の森美術館でも展示されるとのことで、美術館に展示される前に生の作品を見られる貴重な機会にもなっている。それ以外にも、CCOの布施林太郎のキュレーションによる展覧会「沈黙のカテゴリー|Silent Category」に出品している宮坂直樹(みやさか・なおき)が制作していたり、MASKの公開イベントと連動していたり、北加賀屋の有機的な創造過程がシナジー効果となっている様子が見てとれた。
宮坂は、コルビジェのモデュロールを再解釈し、特定の男女の人体を図り、身体尺の模型を制作している。ミニマル・アートに惹かれ、身体モデル、認知モデルのミニマルな形をつくることで、それぞれの知覚や認知の違いを表そうとしている。そのほかの「沈黙のカテゴリー|Silent Category」に出展している作家の作品も見応えがあり、若手アーティストにとってエキサイティングな交流拠点にもなっている。
単なる共同スタジオのオープンスタジオでは人は来てくれない。入居者がキュレーションをし、さらに、関連施設でキュレーションされた展覧会が同時開催されることで、スタジオのアーティストの魅力自体も大幅に向上している。仲間うちだけではなく多様性があり、かといって個別すぎない、この絶妙な距離感をマネージメントしているのは、おおさか創造千島財団である。仲間だけでは盛り上がり過ぎて内輪受けになったり、逆に問題がこじれたりと距離感が難しいが、おおさか創造千島財団が仲介をすることで、それらの問題が回避されているのだ。だからこそ入居したというアーティストも多い。現在、入居しているアーティストの展覧会の予定も相次いでいる。この意欲的な試みが今後の、日本でも成長しつつあるアートマーケットや「コロナ以後」のアートシーンにとって新たな屋台骨になるのではないか。
三木学 / MIKI Manabu
文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナーほか。
独自のイメージ研究を基に、現代アート・建築・写真・色彩・音楽などのジャンル、書籍・空間・ソフトウェアなどメディアを横断した著述・編集を行っている。
共編著に『大大阪モダン建築』(2007)『フランスの色景』(2014)、『新・大阪モダン建築』(2019、すべて青幻舎)、『キュラトリアル・ターン』(昭和堂、2020)など。展示・キュレーションに「アーティストの虹-色景」『あいちトリエンナーレ2016』(愛知県美術館、2016)、「ニュー・ファンタスマゴリア」(京都芸術センター、2017)など。ソフトウェア企画に、『Feelimage Analyzer』(ビバコンピュータ株式会社、マイクロソフト・イノベーションアワード2008、IPAソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー2009受賞)、『PhotoMusic』(クラウド・テン株式会社)、『mupic』(株式会社ディーバ)など。
Open Studio 2021 Spring
Super Studio Kitakagayaにとって2回目となるオープンスタジオ。SSK入居者でキュレーションも手がけるアーティスト・笹原晃平のディレクションのもと、入居者のスタジオ見学ができる「STUDIO VISIT」、共有スペースを利用した企画展「OPEN PRACTICE」、オンライン配信による「TALK」、キュレーターとスタジオ内をめぐる非公開の「WALK」を実施。自らも入居者として、中から各入居者を観察してきた笹原が、自身による分類を手がかりに、12人のアーティスト・クリエイターを大きな美術史の流れのなかでとらえる試み。
https://sskos2021s.makeendsmeet.jp/
企画概要
会期:2021年3月5日(金)〜21日(日)
会場:Super Studio Kitakagaya
ディレクション:笹原晃平
ビジュアルデザイン:大槻智央
参加作家:河野愛、稲垣智子、品川美香、泉拓郎、大槻智央、下寺孝典、トラン・ミン・ドゥック、野原万里絵、林勇気、谷原菜摘子、葭村太一、笹原晃平、前田耕平
助成:大阪市
プログラム
①STUDIO VISIT / STUDIO VISIT TOUR
ツアー形式で各入居者のスタジオを公開。
②OPEN PRACTICE
SSK内の共有スペースを利用した企画展示。笹原晃平(入居者、アーティスト)のキュレーティングおよび理論実践の場として、笹原による入居者全員の観察を元にした分類を手がかりに、多様性のあるSSK入居者を大きな美術史の流れのなかでとらえる試み。週ごとに展示替えを行った。
企画展タイトル:「結から始まる起承転」
キュレーション:笹原晃平
会場:SSK内共有スペース(Labo & Gallery、L字壁面、Workshop、中庭)
第1週「起の巻:淵源のテクノロジー」
期間:3月5日(金)~7日(日)
参加予定作家:稲垣智子、泉拓郎、林勇気、野原万里絵、谷原菜摘子、前田耕平、下寺孝典
テクノロジーから生まれる作品や、その技術を扱うことへ言及する作品をここではメディアアートと定義する。メディアそのものに軸足を置く、もしくは、メディアに言及していく作品をめぐる1週間。
第2週「承の巻:想察のメソドロジー」
期間:3月12日(金)~14日(日)
参加予定作家:葭村太一、谷原菜摘子、大槻智央、前田耕平、下寺孝典
表現形式の決定が先立つ作品や、アウトプットの固定から起こる技法の探究をファインアートと定義する。モチーフの選択に重きをおくことと、それを実現していくための技法の探究。もっとも純粋とも思えるアートを見る1週間。
第3週「転の巻:智覚のナラトロジー」
期間:3月19日(金)~21日(日)
参加予定作家:河野愛、トラン・ミン・ドゥック、葭村太一、笹原晃平、稲垣智子、前田耕平、下寺孝典
メディアよりもモチーフよりも、その作品にいたった物語に重きがおかれる作品をコンセプチュアルアートと定義する。伝える方法と、伝える内容、この2つの接続や乖離、そのバランス(アンバランス)をもって表現行為を探求する1週間。
③TALK
入居者によるクロストーク。普段から日常的に顔を合わせ制作の相談をしあう彼・彼女らの制作の根幹を問うテーマを設け、対談・座談会など異なる形式で連続トークを実施。
TALK1「オープニング」
開催日:3月5日(金)
登壇者:SSK 入居者+おおさか創造千島財団スタッフ
TALK2「ヴァリアブルと遊び」
開催日:3月6日(土)
登壇者:泉拓郎+大槻智央+下寺孝典
形式:収録放送
TALK3「あなたと戦うこと」
開催日:3月7日(日)
登壇者:谷原菜摘子+笹原晃平
TALK4「手仕事と魔法」
開催日:3月13日(土)
登壇者:河野愛+品川美香+笹原晃平
形式:収録放送
TALK5「SSKと日々」
開催日:3月14日(日)
登壇者:林勇気+野原万里絵+前田耕平
TALK6「掛け合いのタイミング」
開催日:3月19日(金)
登壇者:葭村太一×SSK関係者
形式:リングインアウト形式
TALK7「パフォーマンスと場」
開催日:3月20日(土)
登壇者:稲垣智子+前田耕平
モデレーター:綾智佳(The Third Gallery Aya)
⑤WALK(非公開)
オープンスタジオの開催期間中、国内外で活躍するキュレーターや評論家を招き、入居者によるショートプレゼンテーションを実施。