大阪中之島美術館の開館記念展「みんなのまち 大阪の肖像」の第2期が開催されています。
本展は、昭和戦後期から令和に至る大阪の移り変わりを、絵画やポスター、写真から家電製品、工業化住宅までの多様な作品と資料でたどります。話題を集めたコレクション展「Hello! Super Collection 超コレクション展—99のものがたり—」とはかなり趣が異なりますが、大阪の美術館の開館記念展としては大いに説得力があります。前者では高いレベルのコレクションで、日本を代表する美術館としての存在を訴求し、本展で都市・大阪の遺産を記録し伝える美術館の役割をかたちにした、ということでしょうか。開館後の賑わいが少し落ち着いた時期の開催もよいと思いました。
本展は6つの章で構成されています。第1章「おおさか時空散歩—焼け野原からのはじまり—」には、戦後すぐの焼け野原から徐々に復興していく、まちと人々の様子が描かれた絵画が並びます。心斎橋、御堂筋や、盛り場、スラム街。絵のなかに、今も残る面影を探してしまいます。また、第2章「復興するアドバタイズ」では、1950年から1971年までに大阪でつくられた、ポスターなどの商業美術を展示。画家の小磯良平が手がけた「メタボリン」「パンビタン」(いずれも武田薬品)の広告は、子どもたちや野球選手の写真を使った明快な構成が印象的です。
第3章については後で述べることにして、第4章「芸術のリパブリック」。ここでは、大阪の作家たちの自由で大胆な気風を、50〜70年代の絵画や彫刻、写真、グラフィックを並べて見せてくれます。田中一光の大阪時代の作品にも、この時代の空気を感じます。そして、第5章「カーニバルの記憶」では、1970年の大阪万博に関わる芸術作品やポスターなどがコンパクトに展示されています。ポスターのデザインは東京を拠点にした福田繁雄、亀倉雄策、石岡瑛子によるもの。グラフィックデザインを「大阪」という視点で切り取りにくくなった時代、ということでしょう。最後に、第6章「おおさか時空散歩—明日へのはじめまして—」は、第1章を対とするように、森山大道、やなぎみわ、百々俊二などが現代の大阪をとらえた、主に1990年代半ば以降の写真や映像作品を展示します。
全体として、大阪らしい活力や反骨、自由や明快を求める精神が、分野や時代を問わず一貫していることを感じさせる展示です。
さて、第3章「ニューライフからの情景」は、大阪を発祥地とする企業がつくりだした、工業化住宅や家電製品を紹介するものでした。本展で一番規模の大きい、展示数の多い章であり、また筆者の専門分野はプロダクトデザインでもありますので、この章の展示物について少し詳しく書いてみます。
日本ではじめて工業化住宅(プレハブ住宅)を製造・販売したのは大和ハウス工業で、居室と水回りを備えた、本格的な工業化住宅をはじめてつくったのは積水ハウスです。いずれも大阪で創業し、現在も本社は大阪にあります。工業化住宅の販売戸数で両者は今でも上位で、積水ハウスは10,000戸ほどで1位(2020年度)。戸建てのプレハブ住宅産業が、これだけの規模で成立しているのは日本だけですので、世界的に見ても、住宅のプレハブ化と産業化の起点は、少なくともその重要なひとつは、大阪と言えるでしょう。
積水ハウスが1961年代に発売した工業化住宅「B型」が、この章の空間に再現されています。B型は、同一型式の住宅としては世界的にも最多の累積建築棟数を誇ると言われており、その実物大の展示は本展の一番の見どころです。大きな切妻屋根の下に簡素なパネルが貼られており、一部は躯体の軽量鉄骨を見せています。靴を脱いで中に入ると、ダイニングキッチンとリビングがあります。風呂場が小さいことを除けば今でも快適に生活できそうです。それだけ普遍性のある型ということでしょう。
なぜプレハブ住宅が大阪から普及し、これほど一般的になったのでしょうか。その背景には、生活者目線のごく現実的な姿勢があるようです。
大和ハウス工業を創業した石橋信夫は、外で遊ぶ子どもたちから「家に居場所がない」という話を聞いて、庭に置ける小屋のような「ミゼットハウス」を商品化します。それまでに複数の建築家たちが提案した立派なプレハブ住宅と異なり、ミゼットハウスは水回りのない小さな勉強部屋としてつくられたことで、広く受け入れられたのでした。プレハブ住宅の商業化の可能性を感じさせるには十分な売れ行きで、これは積水ハウスによる「A型」「B型」につながります。革新的であったA型は、販売的には振るいませんでしたが、この反省をもとに開発されたB型は、当初の開発主旨であったオールプラスチックを諦め、合板を積極的に使い、間取りの自由度を高めるために部材を小型化して、現場での作業比率を増やします。妥協とも言える判断の結果が、意匠的にも従来の木造住宅に近いB型であり、それゆえに社会に受け入れられて、プレハブ住宅の市場を拡大させました。ミゼットハウスとB型は、社会のニーズにとことん寄り添うことで、時代を変えたというわけです。ここにも大阪の気風があるように思います。
この展示エリアを奥に進むと、冷蔵庫や洗濯機、炊飯器、ラジオやテレビなど、100点以上の家電製品が並べられていました。松下電器産業や三洋電機、シャープ、象印マホービンなどの大阪の企業が1950年代から90年代にかけて商品化したものです。1958年につくられた「ナショナルホームクーラー | W-31」の完璧な50年代アメリカンデザインがとても魅力的で、軽い衝撃を受けました。以降、日本独自の工業デザインを追求した60〜70年代の家具調から、テレビやオーディオ機器が普及とともに黒く四角くなる70〜80年代、小型化してパーソナルになり、奔放な色と形が現れる80〜90年代前半まで。見る人の世代によって、新鮮だったり懐かしかったり、祖父母や両親、自身の若い頃の生活を思ったり、さまざまあるでしょう。高度成長期の生活風景の多くを、大阪の家電企業がつくったのでした。
松下電器産業は、社内にデザイン部門をつくった最初の日本企業。日本のプロダクトデザイン史にとって重要な出来事です。1951年に長いアメリカ視察から戻った松下幸之助は、「これからはデザインの時代だ」と言い、千葉大学でデザインを教えていた真野善一を招聘して、社内に「意匠課」を設立しました。その意図は日本人の生活を美しくすることよりも、製品価格を高めることにあったようです。ここにも大阪らしい現実主義が表れているのではないでしょうか。ともかく、松下幸之助が日本でのデザインの地位向上にも大きく貢献したことは確かです。個人的にも学びの多い第3章でした。
本展は20世紀後半の美術とデザインを通して、都市としての大阪の移り変わりと、大阪から生まれた生活文化を実感できる展覧会です。この規模でこの主旨の展覧会ができる日本の都市は、大阪以外にないように思います。この記事を会期に間に合うタイミングで読まれた方には、見に行かれることをぜひお勧めします。
参考資料
芸術工学会地域デザイン史特設委員会 編『日本・地域・デザイン史II』(美学出版、2016年)
山本佐恵「1950年代の田中一光における前衛美術の影響」(日本デザイン学会「第62回研究発表大会概要集」、2015年)
「ハウスメーカーの販売戸数ランキング、ハウスメーカーで建てる」(株式会社ザ・ハウス、2020年)
東郷武「日本の工業化住宅(プレハブ住宅)の産業と技術の変遷」(国立科学博物館「 技術の系統化調査報告 第15集」、2010年)
竹内孝治「ミゼットハウスの出現—原始のプレハブ小屋、日本におけるプレハブ住宅の展開」(公益社団法人日本建築士会連合会「建築士」CPD講座第3回、2021年)
竹内孝治「セキスイハウスB型|工業化住宅の大量販売を下支えした『お客様第一主義』」(note「マイホームの文化史」、2018年)
増成和敏「松下幸之助の製品デザインに対する考え方と運営—初期の松下電器におけるデザイン活動に関する研究(1)」(デザイン学会「 デザイン学研究」58巻1号、2018年)
岡田 栄造
デザインディレクター/S&O DESIGN株式会社。千葉大学大学院博士後期課程修了。京都工芸繊維大学教授、多摩美術大学、昭和女子大学などの非常勤講師を務めた後、現職。デザインと建築に関わるさまざまなプロジェクトのディレクションを行い、2014年にRed Dot Award(ドイツ)の展示デザイン部門でBest of the Best賞を受賞したほか、D&AD Award(イギリス)やグッドデザイン賞(日本)などの賞を受賞している。編著書に『リアル・アノニマスデザイン』(学芸出版社、2013年)、『海外でデザインを仕事にする』(学芸出版社、2017年)などがある。
会期:2022年8月6日(土)〜10月2日(日)
※月曜日休館(9月19日を除く)時間:10:00〜18:00(入場は17:30まで)
会場:大阪中之島美術館 5階展示室
料金:一般1,200円、高大生800円
問合:06-4301-7285(大阪市総合コールセンター[なにわコール]/8:00〜21:00受付、年中無休)
主催:大阪中之島美術館、NHK大阪放送局
特別協力:積水ハウス株式会社
協力:BXティアール、DICデコール、TOTO、朝日ウッドテック、王建工業、キョーライト、クリナップ、シャープ、積水ホームテクノ、象印マホービン、ハウテック、パナソニックグループ、不二サッシ(アルファベット順・50音順)
VR協力:Uttzs ウツス by Panasonic
助成:公益財団法人三菱UFJ信託地域文化財団、公益財団法人ユニオン造形文化財団