「最近どう?」と切り出すことが、ここまでしっくりくる状況があったでしょうか。オンラインツールの恩恵を受けながらも、「話を聞く」行為を複雑に体験したいと願うのは、編集者やライターだけではないはずです。さて、「このタイミングでどうしてるかな~」という軽い気持ちとソーシャルディスタンスを持って、近況が気になるあの人に声をかけていく本企画。第7回は、大阪・千鳥橋でミニコミ書店「シカク」を営むたけしげみゆきさんです。
整理整頓とサイドショーとミニコミ寄席
大阪・千鳥橋の「普通のお店には置いていないインディーズな出版物と、普通のお店に置いてるけど普通の人は買わないようなニッチな本のセレクトショップ」ことシカク。店内にはひと癖もふた癖もある品々が並び、あちこちに目が奪われて楽しい。併設するギャラリーでは、イラストレーターやアーティストの展示も定期的に行われている。
そんなシカクが、2021年で10周年を迎え、この6月に周年記念企画『天才の祭典&バーチャルシカクSP』をロフトワンプラスWESTにて開催。4時間強にわたるプログラムで語られたのは、10年間の振り返りとゆかりのあるゲストとの思い出話だ。
レモン酎ハイのジョッキを片手に、たけしげさんが最初に会場のスライドに映したのは、生活感がどことなく滲む一室。パートナーだった初代店長と暮らしていたワンルームを、2011年より店舗としてひらいたのがシカクのはじまりなのだとか。「当初は商品が3冊ぐらいで、あとは私物を売り物のように見せていた」という話にも驚いた。また、移転先の店舗兼住居でのトイレ故障事件や苦しい生活など、たけしげさんのゆるやかな口調で語られていくその後の歩みは、店が持つ愉快で抜け感のあるイメージからは想像し得ない過酷さを物語った(このあたりはご本人の著書『書店シカクの運営振り返り記 シカクはこうしてこうなった』[1、2巻]に詳しいので割愛)。
周年イベントを見て改めて、10年を経た現在の運営や、価値観を共有しお店をともに切り盛りする仲間たちのこと、そして今後の見通しについて話を聞きたくなり、取材を依頼。すぐに「なんでも話しますので(笑)」とお返事いただいた。後日、お店を訪ねてみると、レジカウンターを囲んでスタッフと談笑するたけしげさんの姿があった。
ーー先日、取材依頼のメールを差し上げたときはお忙しそうでしたね。最近はどのように過ごしていたんですか?
たけしげ:去年はコロナもあってほとんど展示ができなかったので、今年は持ち直そうと毎月開催しているんです。そうしたら、当然のことながら、毎月その準備に追われてしまって(笑)。告知のためにいつまでに素材を用意してほしい、と作家さんにお願いして、そのあとは展示内容の打ち合わせ。それから随時、展示方法やグッズの相談をして、という感じです。6月に実施した、ネオン画を手がけるはらわたちゅん子さんの個展『好吃夜市』は、暗幕を掛けて暗くした部屋に作品を設置し、ペンライトで照らして鑑賞する構成だったのですが、アイデアを提案してやりとりを重ねているうちに、あっという間に時間が過ぎていました。展示内容の相談や準備はスタッフのみんなと協力しながら進めますが、DMや特設サイトのデザインは概ね私が担っているので、ひとつ終わったらまた締め切りがくるというようなサイクルになりつつあります。通販の対応など普段の業務も並行してやっていると、結構忙しいですね。
ーースタッフのみなさんはもともとお客さんや知人で、奔走するたけしげさんの姿を見て次第にお店を手伝われるようになったそうですね。接客や商品管理など、日々いろんな業務があると思うのですが、どのように分担されているのでしょう?
たけしげ:私は効率よく仕事を振ったり、段取りを組んでお願いすることがあんまり得意ではないので、マネジメントはむしろスタッフに任せがちです。どちらかというと、企画の立ち上げやデザイン、あとは商品の陳列やポップ制作、商品審査など、フィーリングっぽい部分を私が担っていますね。お店づくりのなかでも、スタッフが在庫管理の方法を工夫してくれて、本を置く平台の下に小さい台車をいくつか設置していたり。あと、レジカウンター裏のスペースでも、引き出しにはどこに何が入っているか、一つひとつラベルや注意書きが貼ってあって。気遣いのある収納の工夫や、陳列什器の手配などをみんながしてくれるおかげで、みるみるお店が整っていきました(笑)。私ひとりではここまでできないので、めちゃくちゃ助かっています。
ーーそもそもの質問になりますが、ミニコミのどんなところに惹かれたのでしょうか?
たけしげ:私自身がオタクだったので、漫画やアニメのキャラクターを題材にした、二次創作の同人誌はよく読んでいたんです。でも、今シカクで取り扱っているような出版物の存在は全然知らなかった。初代店長が何冊か持っていたものをたまたま見せてもらって、「こんな世界があったんだ!」と衝撃を受けて。私自身、変わった価値観に触れることが好きなんですね。たとえば「江戸時代の人って、こんな変なことしてたの?」と思うような妙な文化とか、未解決事件とか、ちょっと惹かれるじゃないですか。
ーーたしかに、オカルトとか。
たけしげ:そうそう(笑)。もともと持っていた自分の趣味に近い面白さを感じたんです。しかも、歴史上や海外ではなく、大阪で身近にそういう本をつくっている人がいると知って。一方で、ミニコミを扱うお店は当時ほとんどなかった。それはもったいないから、「じゃあつくろうぜ!」と、勢いでシカクをはじめるに至りました。今、お店で団地や給水塔、ラブホテルなどの愛好家の出版物を取り扱っているのも、ピンポイントな興味を持つ人たちの視点を知ることが面白いから、という側面がありますね。
ーー普段から本はよく読まれるんですか?
たけしげ:そうですね。最近だと、「桃山商事」という恋バナ収集ユニットの代表をされている、清田隆之さんの本が好きでよく読んでいます。大学時代によく身近な女子の恋バナ相談に乗っていて、だんだんとそれが仕事になっていったという方で。最近よくフェミニズムに関する本が出ていますが、男性から見たジェンダーという真面目な切り口もあれば、「男がしがちなやらかしエピソード」といったライトな切り口のものまでいろいろ書かれていて、すごく面白いです。
ーー新しく仕入れたもので、一押しがあったら教えてください。
たけしげ:40onecupさんの『かわいいワンカップ手帖1』は、ただただかわいい。味云々ではなく、かわいさだけで全国各地のワンカップを選りすぐっています。私もパッケージデザインが好きなので、見ていると楽しくなりますね。それから、七色祐太さんの『西洋見世物小屋映画の世界』は、戦前ぐらいにアメリカやヨーロッパで興行されていたサイドショー(見世物小屋)が登場する映画を取り上げた一冊。昔、火吹き男やヘビ女、奇異な外見のサイドショー芸人と呼ばれる人たちが、出し物をする小屋があったんです。個人的にすごく好きな分野だったので、この本が入ったときはブチ上がりました(笑)。2015年にも刊行されたのですが、当時は発行部数がかなり少なかったらしく、知ったときには完売していたんですよ。それが何年も経って復刻されて、「よかったら置いてください」と七色さんご本人が言ってくださって。うわ〜、待ってました〜!という感じです。
ーー待望の一冊がついに(笑)。ニッチな視点がまさに表れていますね。
たけしげ:サイドショー自体がインチキという認識は当時からあったらしいんですよね。ヘビ女なんているわけないし、「赤ちゃんのホルマリン漬け」と書いてある展示物も、実際はただのゴム人形だったり。わかっているのにお金を払って、「やっぱりしょぼいよね、ハハ……」と失笑して出てくるような場所だったみたいです。本で紹介されている、サイドショーを題材にした映画というのもまたしょうもなく、そのしょぼさを愛でるようなレビューの文章がすごく面白い。ちょっとずつ読み進めています。
ーー昨年はYou Tubeでのオンライン営業「バーチャルシカク」などのコンテンツもはじめられました。お話を伺っていて改めて感じたのですが、やっぱり顔を見て本を紹介してもらうと新鮮だなと。興味がよりそそられる気がします。
たけしげ:もともと、売っている本を私が紹介して、それをみんなに聞いてもらうという「ミニコミ寄席」を月1回お店で開催しているんです。たまに出張版として、地方の書店にお邪魔させてもらったり、ライブイベントの合間に枠を設けて物販をさせてもらったりすることもありましたが、今はそれをオンラインでやっている感じですね。現地に来なくても、オススメの新刊が1、2ヶ月に1回はわかるし、通販ですぐに買うことができるので、手軽でいいのかなと。あと、お店の雰囲気って、オンラインショップだけではなかなかわからないじゃないですか。それが配信で伝わるからか、「新刊紹介やスタッフの人たちの雑談が面白いです」「ファンになりました」と言ってくださる遠方のお客様も増えて。おかげさまで、全国各地から注文をいただいています。親しみを込めて“バーチャル常連さん”と呼ばせてもらっているのですが(笑)、ありがたいですね。最近は通常営業もあって、バーチャルシカクも回数が減っているんですけど、今後も続けていきたいと思っています。
ーー逆に、近所の方がお店に来られることはあるんですか?
たけしげ:千鳥橋は意外とアーティストの方が住んでいるんですよ。前の店舗があった中津から移ってきて、友だちも増えて。家族で展示を観に来てくれたりしますね。あと、このあたりは書店があんまりないので、当初は需要がないのかなと思っていたのですが、近くの団地に住む若い方が「こういうお店ができてよかった」と足を運んでくれるようになりました。中津にお店があった頃は、住民の方との接点をあんまりつくれなかったので、前よりもまちに溶け込めている感じはしますね。
ーーこれから取り組んでいきたいことがあったら教えてください。
たけしげ:たまに、アーティスト・イン・レジデンスなどで、東南アジアから来ている方がお店に来てくれて。そうそう、前にpaperCに登場したドゥックも、家が近所の友だちなんですよ(笑)。彼らに「東南アジアにもミニコミ書店ってあるの?」と聞いたら、「フィリピンやベトナムでもZINEが流行っていて、お店もあるよ」と教えてくれて、めっちゃ行ってみたいなと思いました。書店があるということは、おそらくイベントも開催されているだろうから、ローカルなブックフェアなんかがあったら覗いてみたいですね。これまでも台湾や韓国のフェアで買い付けをしたことがあって、お店で紹介したらすごく評判が良かったんです。もちろん、インターネットでいろんな情報は得られるけれど、今はとにかく現地に行ってみて、自分の足と目で探したい。シカクの取り扱いジャンルの特徴として、路上観察や建築などが多いので、海外のそういう同人誌を見たり、うちに置いている本を持って行ったりもしたいです。それこそ、ミニコミ寄席を英語でできたらかっこいいなあとか……。まだ憧れの範囲ですが、実現できるといいなと思います。
2021年7月17日(土)、シカクにて収録(取材:鈴木瑠理子、永江大)
たけしげさんの「最近気になる◯◯」
①まち=ベトナム料理店・食材店
千鳥橋近辺の団地が、海外から働きに来ている人たちを受け入れていて、ベトナム国籍の人が100人ぐらい住んでいたということを最近になって知りました。その人たちが、今年に入ってからお店をはじめたみたいで。この春だけでも、ベトナム料理店・食材店が4軒ぐらい近所にオープンしました。バインミーなど大好きなので嬉しいですが、いつの間にか風景に馴染んでいてちょっと不思議。モトタバコヤの近くにある「BEP ME KEM」という食材店では、現地のインスタント食品や調味料のほか、ココナッツミルクに果物やゼリーの入ったチェーというスイーツなどが買えます。
②活動=英語の勉強
海外のブックフェアに行ったり、海外の作家との取り引きを増やしたりするために、本当は昨年のうちに語学留学を考えていたんです。でも、コロナで行けなくなってしまったので、「もう家でやるしかない」と本腰を入れはじめました。オンライン英会話は人見知りなのでまだ怖くてできませんが(笑)、英語のドラマや映画を見たり、YouTubeの動画でシャドーイングをしたり。英語の本を日本語に訳したものを、翻訳者の友人に添削してもらうこともあれば、語学学習をしたい人が交流できるアプリ「HelloTalk」を使ってチャットをすることも。ちょこちょこいろんな方法を試しています。