「最近どう?」と切り出すことが、ここまでしっくりくる状況があったでしょうか。オンラインツールの恩恵を受けながらも、「話を聞く」行為を複雑に体験したいと願うのは、編集者やライターだけではないはずです。さて、「このタイミングでどうしてるかな~」という軽い気持ちとソーシャルディスタンスを持って、近況が気になるあの人に声をかけていく本企画。第9回は、今年、大阪・豊中市立文化芸術センターのプログラムディレクターに就任した映像作家、山城大督(やましろ・だいすけ)さんです。
最近とホームムービーと乳酸菌
映像メディアに関わる表現や使いこなしの拡張という点で、映像作家・山城大督の活動は、この新型コロナウイルス感染拡大以前から変わらずその先端ーー新しい技術やメディアと人の接点で試行錯誤しているように見える。このコロナ禍でインターネットを介した映像によるコミュニケーションが盛んになったのはいわずもがなだが、それもあって彼の動きは水を得た魚のように映る。
山城は、岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー [IAMAS]、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)アートプロデュース学科学科、そして東京藝術大学大学院映像研究科で学びと研究を行い、山口情報芸術センター [YCAM] ではエデュケーターとして、オリジナルワークショップの開発・実施や、教育普及プログラムを多数プロデュース。また、2006年よりアーティスト・コレクティブ「Nadegata Instant Party(中﨑透+山城大督+野田智子)」を結成し、全国各地でその土地の人と関わりながら制作、展示を行ってきた。
それらの経歴と活動に表れているのは、学びへの貪欲さと、これまでにない価値観や表現が生まれ出てこようとする場に居合わせる嗅覚の鋭さだろう。2020年に名古屋から京都へと引っ越し、母校である京都芸術大学で教鞭をふるう山城に、近況を聞いてみた。取材はもちろんオンラインで。
――京都に引っ越しされたのが2年ほど前ですかね。最近の動きや考えていることなど、今日はいろいろと聞かせてください。
山城:「最近」って人によってまちまちで、1週間とか2週間、もしくは半年の人もいますけど、僕は京都に引っ越したこの1年半くらいの期間に設定しようかなと思います。というのも、2019年の2月後半から3月上旬、新型コロナウイルスが世界的に感染拡大していった前後で大きな線引きがあって。コロナ禍になって以降すべてが「最近」かもしれないです。それはある部分、止まってしまっているとも言えるし、もがきながらも前進したり、模索し続けていたりする時間がこの1年半だったなと。
――それは多くの人が抱えている感覚かもしれないですね。
山城:そうですね。その最近のことを話すと、僕はあらゆるメディアのなかでも「映像」が自分にとって一番身近な表現メディアだと思っているんですが、それがこの1年半、もうずっと発展し続けていて、とても面白い時間になっている。こうやって映像を通してインタビューを受ける、あるいは会議をする、コミュニケーションをとる機会が格段に増えましたよね。僕が映像に興味をもった小学校くらいのときの「映像」と比べると、2021年現在の映像は「おまえ、どうしちゃったんだ!」ってなるくらい、豹変し続けていますね。そう思いながら、ずっとそれに付き合っている感じ、その先端に自分が参加させてもらっている認識があって。これは、たとえばコンピュータが世に出て、デスクトップやキーボードの概念が生まれたときのプログラマーや開発者の興奮に近いのかなとか、技術の歴史を学びながら想像するんです。
――「発展し続けて」いるというと、どのあたりにそれを感じますか?
山城:基本的に映画やテレビなどのメディアは、記録されたものが未来に編集されて視聴されるものですよね。見る時間と、つくる時間と、撮る時間がが分断されている。加えて、ある大きな資本をもった人たちが映画をつくったり、それを上映できる環境をもった人たちが上映したり、テレビもマスメディアが放送権をもって企画を立て、広告収入を得ながら上映したりして。ある種、僕らはこれまで視聴者でしかなかったと思うんです。それがインターネットが発達していって、オンライン配信を誰もができるようになり、YouTuberが出てきたりしながら、徐々に誰もが映像を発信する側に立てるようになっていった。2019年頃の感覚だと、この先、いろんな人たちが映像を扱うんだろうなくらいに思っていたんですけど、それがこの1年半で、5年くらい先の未来がきちゃった。どういうことかというと、こうやってそれぞれの端末で発信してつながって、コミュニケーションの手段として、対面とオンラインが同等の状況になっていますよね。いまや映像を通したコミュニケーションがなければ僕たちの生活は成立しないといっても言い過ぎではないと思います。対面できない状況だからこそ、こういう映像の使われ方が自分たちを待っていた。これは、一番びっくりしたことです。
――これまでリテラシーや機材を所有する人による、ある種の特権的なものだった「映像」が、多くの人になじんでいった感覚があります。
山城:そうそう。映像人口が激増しましたよね。「映像」を、スマホやカメラ、PCで誰もが扱えるようになってきたから、いろんな伝える方法が生まれていて、それを見るのも面白いんですよね。普段は、映像ベースで考えていなかった人たちでさえ、映像に参加してくれている。それが興奮するところなのかもしれない。それに対して、僕は手助けをしたいというか、こちらがもっている技術や考え方を含め渡したいと思っていて。それが京都で会社「Twelve Inc.」を立ち上げたことや、大学で教えることにもつながっています。
――なるほど。最近の取り組みで印象深いものは?
山城:今年の夏に国立国際美術館で開催された久保田成子展の関連ワークショップは手応えありましたね。最初に教育普及担当の藤吉祐子さんから、展示に合わせて映像のワークショップをやりたいとご依頼があって。もともと対面で開催予定でしたが、実施できるか不安な状況に左右されるより、最初からオンラインにしてしまおうと切り替えました。ただ、授業はやったことあるけれど、手を動かしてなにかをつくるって、オンラインではほぼやったことなくて。頭抱えてどうしようってなっていたんです。最終的には「YOUR VIDEO」という、それぞれの家の記録を撮るオンライン映像ワークショップになりました。ファミリーと思える2名以上であれば誰でも参加できるんですが、募集人数は9組にしぼって。大阪府外、マレーシアや韓国からも応募がありましたね。ファミリーのかたちもそれぞれで、シェアハウスに住む女性3人組とか、自分と祖母とか。
――こんな状況だからこそ、家やファミリーを撮る意味ってありそうですね。
山城:昨年のGW前後、みんながステイホームしていたときの家のなかでの記録って、当たり前すぎてあんまり残っていないんですよね。あの時のそれぞれの家のなかを記録を残しておくべきだったなと思うんです。考えようによっては、いまでも遅くないと思いました。内容としては、僕が42の撮影項目と撮影時間をあらかじめ決めて、ワークショップ1日目に参加者へ伝えました。たとえば、「2021年8月8日20時30分頃のテレビ画面を撮影する」「得意技を30秒間撮る」「誰かが日記を書き、その文章を音読するしている様子を70秒間撮る」とか。撮影する行為の振り幅を大きくとって、誰が撮影しても同じというカットもあれば、その人の個性が出まくるものも。1カ月間の撮影期間をおいて、2日目のワークショップでは、撮影したものを自分たちで編集して、パッケージするところまで行いました。これがすごくうまくいって。「自分たちの記録を撮影してください」っていうと難しいんですけど、「◯◯を撮りなさい」ってゲーム感覚で伝えると撮れる。そうやって撮られた映像のなかにも、個々人のらしさやセンスみたいなものが確かに入り込んでいて、これは面白いワークショップができたなと思いましたね。
――実際に参加した人の感想はどうでした?
山城:大好評でした。撮っている最中はあんまりイメージできていなかったみたいなんですが、出来上がった瞬間に、10年後の未来にこの時間=映像を見たとき、どんな気分になるんだろうって感想があって。あと、いまのこの時間を残せて良かったという反応も。
――私たち編集者がドキュメントブックをつくる感覚とも似ているなと思いました。現在進行形でプロジェクトをつくりながら、未来からドキュメンテーションを考える二重の視点が常にあって。
山城:あぁ、たしかに。本の編集と、僕が映像のなかでやっている編集って全然違うものだけど、でも編集しているときの視点って、複数の時間を身体のなかにもって見ないといけない。あのとき楽しかったからこれを入れようじゃなくて、明後日かもしれないし、10年後かもしれないし、昨日の自分かもしれない視点から素材を眺めること。だから、「YOUR VIDEO」は映像技術習得のワークショップじゃなかったんですよ。それを求めて参加した人もいましたけど、映像って単なる道具で、それをなぜ使うのか、使うとどうなるのかをイメージすることが主題でもあった。そういう意味ではすごくうまくいきましたね。
――最近、編集者の仕事は乳酸菌の働きに似ているなと思っていて。素材がもつ本来の力を引き上げるような働きがあって、それは山城さんにも感じるところです。出会って間もない人のホームムービーだろうと、はじめて映像という道具を使った小学生の作品だろうと、山城さんは良さを見つけて面白がっていく。身のまわりにある小さな「面白い」をすくい上げるのがうまいんでしょうね。
山城:最近こうやって面白がっているだけじゃだめなのかなって思っていたので。勇気をもらいますね。
――自然と面白いことが生まれていく状況をつくっているというか。
山城:それが一番いいですよね。面白がれるということは、自分のほかに他者がいて、その人たちを信じることでもあるから。まわりの人たちを信じられていなかったら、面白がってる場合じゃない。状況を変えないといけない。
――山城さんが今年度からプログラムディレクターに就いた豊中市立芸術文化センターでも、同じように状況を面白がっていく、つくっていくのだろうなと期待しています。
山城:美術と音楽、映像とメディアアートなど、横断的に企画を設計できる人材として僕にプログラムディレクターの声がかかったのだろうと考えています。美術の文脈に沿ってビシッと展覧会を企画しキュレーションするような人も選べたと思うんですが、そうではない選択をしたのは、本センターの懐深いところ。これまでのセンターとの関わりーー日本センチュリー交響楽団の映像記録や1日だけのパフォーマンス形式の展覧会「 EXSCO – 拡張するスコア」の企画などを通して、可能性を感じてもらえたのだと思っています。
――今後どんな展開になっていくのでしょうか。
山城:山口情報芸術センター[YCAM]でエデュケーターをやっていたときにも感じていたんですが、アートのためのとか、表現者の人たちによる美術や作品だけを見せる場にはしたくないなと思っています。もちろん、そういう場も必要ですよね。むしろ「表現者のための場」は僕は大好きだし、それは美術館にくる人が美術大好きな人だけでも問題ないと思っているくらい。でも、そういう場所だけではよくない。目的をもたずに、市内外から豊中市立芸術文化センターに「なんか面白いもの見れるかな」くらいの気持ちでふらっときて欲しい。音楽や美術に限らず、いろんな世界と出会える場になるといいなと考えています。
2021年9月28日(火)、ZOOMにて収録(取材:多田智美・永江大[MUESUM]、北村智子[おおさか創造千島財団])
山城さんの最近気になる◯◯
①香りと記憶=香水
香りについて関心が高まっています。マスクをする日常を過ごすようになって1年半。なにかを香るという行為をする機会が少なくなったのが関心をもった理由です。2020年の2月ごろに香水を生まれて初めて買ってみたのですが、その効果が非常に面白いんです。香水をつけた瞬間に、なんというか感情にダイレクトに響いてきます。自分という存在をホームポジションに戻す効果を香りはもっていると感じています。香りと記憶についても興味があります。いつか数年後、この香水をつけると2021年の日常を思い出す日がくるのだろうなと、いまから楽しみにしています。
⼭城⼤督 / Daisuke Yamashiro
1983年⼤阪府⽣まれ、京都市在住。美術家・映像作家。映像の時間概念を空間やプロジェクトへ応⽤し、その場でしか体験できない〈時間〉を作品として展開。 2006年よりアーティスト・コレクティブ「Nadegata Instant Party(中﨑透+山城大督+野田智子)」を結成し、市⺠参加型プロジェクトを全国各地の美術館、芸術祭で発表。また、⼭⼝情報芸術センター[YCAM]にてエデュケーターとして、オリジナルワークショップの開発・実施や、教育普及プログラムを多数プロデュース。2020年より京都芸術⼤学専任講師。第23回⽂化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品受賞。