「最近どう?」と切り出すことが、ここまでしっくりくる状況があったでしょうか。「このタイミングでどうしてるかな~」という軽い気持ちとソーシャルディスタンスを持って、近況が気になるあの人に声をかけていく本企画。第12回は昨年末、枚方に誕生した“ショップやスタジオなどの小さな複合施設”「MALL」ファウンダー・藤井龍さんです。
「今」をちゃんと見る訓練
「MALL」というスペースが大阪・枚方に誕生するという話を聞いたのは昨年のことだった。そして12月、MALLはオープニング企画として、セラミック・レーベル・SHOKKIとデザイン+出版スタジオ・edition.nordによる展示を開催。またそのディスプレイは美術家・秋山ブクが構成した。
MALLのInstagramアカウントによると、「ショップやスタジオなどの小さな複合施設」とある。今年2月に入ると、SHOKKIの直販ショップに加え、出版レーベル “pharmacy” がセレクトしたZINEや本を売るショップ「薬局」もMALL内に立ち上げた。
次々と新しい動きを見せるMALLについての詳しい情報を探そうと、「枚方 MALL」で検索しても、出てくるのはなぜか「くずはモール」の情報ばかり。もっと手触りのある実体を知りたいと、いつもは京阪特急で通り過ぎがちなまち、枚方へ行ってきた。
――枚方にMALLをオープンさせようと思われたタイミングはいつ頃でしたか?
藤井:「関西に引っ越そうかな」となんとなく思いはじめたのが3、4年ほど前です。ただ最初は漠然と、京都あたりがいいなと思っていたのですが、物件を探しはじめてから京都の家賃が思っていたより高いことに気づいて。奈良や滋賀や大阪と、徐々に物件を探すエリアを広げていきました。ここを見つけたのは2020年の年末だったと思います。インターネットの検索で発見して、知人に紹介してもらった不動産屋さんの仲介で2021年の4月に契約しました。ただ改修工事がとても大変で、実際に使えるようになったのは11月になってからです。
――もともとクリーニング屋さんだった建物だと聞きました。
藤井:元はクリーニング屋さんの店舗と工場として使われていたそうです。最初間取り図で見たときに、変な場所に四角いマークが描かれていて、これなんだろう?と不思議に思っていたのですが、実際来てみると天井にかなり大きな穴が開いていて、1階と2階を貫通してたんですよね。こんな不思議な物件、一体誰が借りるんだろうと思って、気に入りました(笑)。今は1階にMALLとSHOKKIのスタジオが入居していて、2階がシルクスクリーンのスタジオと住まいです。
――MALLの構想は、以前からあったのでしょうか?
藤井:そうです。着想はまさしくショッピングモールから得ました。ショッピングモールの、いろんなものがひとつの場所にある状態っていうのが面白いなと思って。編集されているようで編集されてないというとか、テイストのかなり異なるお店同士が同じ空間の中で隣り合っているのを見ると、「ちょっとすごいな……」っていう、そういうところが好きで。
――ショッピング「モール」のMALLだったんですね。
藤井:ただ、MALLがいわゆるショッピングモールと違うのは、季節ごとに内容やレイアウトが大きく変わるところです。たとえば「イオンモール」でも、テナントの閉店で店舗の内容が変わることはあっても、基本的に流動性は少ないと思います。でもMALLの場合は、季節ごとに各レーベルで空間を独立させたり、意図的に混ぜてしまったり、いろいろな時期があってもいいのかなっていう。そのあたりはわりとかっちり決めずにやろうと考えています。「SHOKKI SHOP」に「薬局」と、今は各プロジェクトでそれぞれお店らしくやっていますが、今年の秋は知り合いの展示会を企画中で、そのときはこの店舗空間全体を使った展示にしようと思っています。
――実際に枚方へ引っ越されて、何か変化はありますか?
藤井:今のところまだわかりやすい変化が見えてきているわけではありませんが、つくるものに環境がかなり影響しているなというのは自分でもわかります。言葉にできないレベルの変化はあるというか。以前住んでいたところは本当にのどかで、しかも孤独だったので。かといって別に「寂しい」というわけではなかったのですが。
――藤井さんご自身についてお聞かせください。
藤井:もともと美大の彫刻科で学んでいたのですが、大学の最後1年間だけ「先端芸術表現科」という、言葉を選ばずに言うと“なんでもあり”な科に、研究生として在籍させてもらいました。そこは、現代美術をやってもいいし、劇作家になってもいいし、小説や批評を書いてもいいというところで、僕は現代美術の作品をつくっていました。ただ、決してつくるのが嫌いというわけではないのですが、僕はものごとが生まれる過程のほうに興味があったんです。だからわりとそういう作品が多かったんですよね。絵を描くのではなくて、絵が飾られている状況のほうを調査するとか。実際の成果物そのものより、まわりの情報や関係性のほうに興味がありました。実は今も何かひとつの分野で作品をつくり続けるというよりは、同時にいろいろなプロジェクトを手がけているという感じです。
MALL自体もひとつのプロジェクトかもしれませんが、僕が持っている複数のコンテンツを、何かしらの形で場所に反映できたら面白いかもしれないという想いがありました。自分でも、すべてのプロジェクトを把握しきれないところがあるので、レーベル名を付けることで、自らなんとか整理をして活動しているという部分があります。ちょっとかっこよくなってしまうかもしれませんが、自分の多面性を、そのまま反映できる場所があればいいなとずっと思っていました。それが今回MALLをつくったきっかけになったのかもしれません。この場所を通じて、自分のことだけではなく、他人のことやそのほかいろんなことも単純化して見ないようにしていきたいなと思っています。
――1階スペースの約半分をセラミック・レーベルSHOKKIのスタジオが占めていますね。
藤井:ちょうどSHOKKIも、制作スタッフの確保という事情もありスタジオの移転先を探していました。ただ、MALLに取り掛かったタイミングでちょうどコロナとか、最近で言うとウクライナとロシアのこととか、シリアスな問題が増えてきて。SHOKKIの制作も、コロナになってからロジックが全部変わってしまった。僕もその変化を感じている部分があります。
――「ロジックが変わった」というのは?
藤井:それまでSHOKKIというレーベルは、5年先くらいの親しい人たち、たとえば友人や家族に向けて作品をつくろうというコンセプトでやっていました。だから5年先をなんとなく想像してつくっていたのが、一旦未来に対して何も想像できなくなってしまった。今をちゃんと見る訓練をしないとだめだって思ったんですね。そうした状況について話し合ううちに、SHOKKIの次のコレクションでは、はじめて“今”に向けた作品をつくろうということになりました。想像上の5年先に向けてつくるよりもむしろ、今に向けてつくるほうが5年先から見たときに「よかった」と思えるだろうなと。事実を直視することはやっぱりしんどいですけどね。次のコレクションでは、“今”に向けた言葉を焼き付けた作品になるようです。
――その変化は勇気が要りますね。
藤井:そうですね。だけど今しかできない。だからといって直接的な言葉は書かないと思いますが。最終的な出来上がりは、今までとほとんど同じに見えるかもしれません。
――見た目にはわかりにくくても、大きな変化です。
藤井:SHOKKIの作品は、基本的に自分たちでジャッジしていません。焼き上がりを見て、「いいの焼けたな」とか「これはいまいちだ」とかの判断をせず、焼き上がったものはすべて展示していたんですよ。それは個人的な価値観をレーベルに反映させたくなかったというのもあったし、無意味だと思っていた。5年先に向けて、というコンセプトは、レーベル側の判断を入れないための仕掛けでもあったんです。だけどその仕掛けが機能しなくなった今、もう少し自身の感覚を正直に受け入れて、素直になってつくっても、それはそれで面白いかもしれないという方向に変化しつつあります。いろんなものに対する興味が移り変わりながら、作品も少しずつ変わりながら、やっている時期ですね。
2022年3月6日(日)、MALLにて収録(取材:梶谷いこ、永江大)
藤井さんの「最近気になる◯◯」
①トイレの洗浄=「トイレスタンプ」のベストポジション
ジェル状の洗剤をスタンプするタイプのトイレクリーナーが好きで。とにかく押すのがすっごく楽しいんですよ。押す場所によってトイレがうまくきれいになるかどうかが変わってくると思うんですよね。少しでも押す場所を間違えると、ジェルがずっと残ってしまう。トイレを流す度に洗剤と水が混ざってきれいになるはずなので、ずっと残ったままということはあんまり洗浄効果が発揮されてないということですよね。家とスタジオとトイレがふたつあるので、それぞれのトイレで実験しています。
②身体の重心=スリッパの親指のところだけ穴があく
自分の部屋で使っているスリッパの裏が、右足の親指のところだけ穴が開いてしまいました。ここだけ穴が開くなんて、どういう力の込め方してたのかなっていうのが気になっています。左足も確かに親指の部分が減ってはいるんですけどね。最近こんなことばっかり気になってます(笑)。