「最近どう?」と切り出すことが、ここまでしっくりくる状況があったでしょうか。「どうしてるかな~」という軽い気持ちとソーシャルディスタンスをもって、近況が気になるあの人に声をかけていく本企画。第20回は、大阪・堺市で作陶する陶芸家・八田亨さんです。
焼きものは、うまく焼けすぎると面白くない
大学ではデザインを学び、やきものの産地でない堺市で独立。薪で焚く、原始的な構造の「穴窯(あながま)」と格闘しながら、土そのものを思わせる骨太な焼きものの作風をガツンと打ち立てた、いろんな意味でインディペンデントな陶芸家が八田亨さん。2023年春には「世界一予約が取れない」レストランnomaの京都でのポップアップの食卓を飾るうつわに選ばれ、海外からの注目も高まりつつあります。そんな八田さんを、昨年新設したばかりの2代目穴窯「くすのき窯」に訪ねました。
――「くすのき窯」は、堺市郊外の住宅地にあります。こんな場所で穴窯焼成ができるなんて、驚きです。
八田:富田林に住居兼工房を構えているので、千早赤阪くらいの場所で窯場を探していたんです。でも、薪を運ぶトラックを横付けできるスペースはなかなか見つからなくて。それと、穴窯の煙の問題はやっぱり大きいです。ここではもう20年間、窯焚きをやっているので、地元の人にも理解していただいています。
――2023年は、独立20周年だそうですね。これまでの歩みを振り返って、いかがでしょうか?
八田:最初、陶芸を教わった先生が「走泥社(前衛陶芸家グループ)」の作家だったので、僕もオブジェをつくっていました。2003年の6月1日に独立し、陶芸教室をやっていました。オブジェをつくって、教室で教える——それが、僕にとっての「陶芸家」のイメージだったんです。でも一方で、ちょっと社会と断絶されているような、実感のない感じがあって。うつわで生計を立てている陶芸家もいることは、後から知ったんです。本当に目からウロコで。「これだ! 僕はこれがやりたい」と思い、現在のようにうつわをつくる陶芸家として活動をはじめました。独立した翌年に、はじめて穴窯をつくりました。
――当時から今の作風だったのでしょうか?
八田:それが……。当然、家には自作のうつわがあったんですが、 妻から「こういうのは、使いにくい」と言われるタイプのもので。お皿にもカップにも、自分の爪痕を残していたというか、変な主張があったんです。堺のクラフトフェア「灯しびとの集い」の立ち上げに誘われて、そこでうつわをつくっている作家さんに出会い、うつわづくりをブラッシュアップさせていきました。
――そこから、自分らしい意匠や作風を探りはじめたわけですね。
八田:うつわをつくりはじめたとき、東京で個展をしたくてギャラリーに売り込みに行くと、「八田さんらしさがない」と言われてしまって。当時は無意識のうちに、いろんな作家さんを真似していたんでしょうね。今は、作品をつくる工程のなかで留意するポイントが増えるにつれ、少しずつ自分の形ができてきた感覚があります。たとえば、ルーシー・リーの作品を見たら、それが彼女の作品だと誰もがわかるじゃないですか。僕が作品に名前を入れないのも、世界中の誰が見ても「これが八田のうつわだ」とわかってもらえるような、そんな自分の意匠をつくり上げたいと思っているから。
――今や、ガッツリ焼いた迫力が八田さんらしさとなっています。「焼き」へのこだわりは?
八田:僕の焼きものは、釉薬が溶けきる前の温度帯で炉圧をかけ続ける。すると、素地の芯から焼けてきて、表層の釉薬に複雑な表情が生まれます。多くの作家はハイカロリーの赤松を好んで窯焚きに使いますが、僕はクヌギ、カシ、ナラなどの広葉樹を使っています。アカマツによってつくられた炎は、釉薬をきれいに溶かしすぎるんです。僕はもっと、なんというか、“汚く”したい(笑)。その塩梅を実験したり、調整したりするために、月に1回、この穴窯を焚くことを自分に課しています。
――月イチ! そんなに頻繁に窯を焚く陶芸家さんは珍しいと思いますが?
八田:穴窯って、すごく不安定。焼いたものが100%とれる(作品として出せる)わけではないんです。毎月焚く理由のひとつは、単純に何回も焚くことで数を担保しています。窯の手前はどんどん温度が上がって、奥に行くに従って温度が低くなります。良いものがとれるのは真ん中の辺りに多く、最初の頃は全然とれなくて、歩留まりは4割ほどでした。今では6〜7割はとれるようになりました。
――2022年に築窯した「くすのき窯」が成果をあげている、ということでしょうか?
八田:それが、「くすのき窯」は性能が良すぎるんです……。以前の穴窯は温度が上がりにくく温度ムラが激しかったので、「何とかしよう」と思うなかで、自分の陶芸が築かれていった感じがあります。それもあって、1号機で立てた仮説をくすのき窯で実証し、さらに陶芸の理解を深めようと思いました。ただ、簡単に温度が上がりすぎてしまい、逆に困っています。
――性能の良さが不満?
八田:温度が上がるのは確かにいいことですが、あまりにもすっと上がってしまうと、焼きものが味気ないものになるし、土が焼けてこない。だから、面白く焼けるように、“わざとこじらせ”ます。
――「汚く」「わざとこじらせる」という言葉が出ましたが、八田さんの作陶は、予定調和やありきたりな美しさを否定する、ある種、破壊的な面もありますね。
八田:何かいいものをつくろうとすればするほど、あざとくなってしまうことがある。現代の作家は、過去の名品の見どころを、技術で再現できてしまうんですよね。たとえば「木葉天目(このはてんもく)」という茶碗があります。見込み(内側)に葉っぱの模様が転写されているのですが、それって、たまたま落ち葉がそこに落ちて模様になった偶然のもので、すごく情緒的じゃないですか。現代の作家は、意識的につくることができる。それは、オリジナルなものをつくる上では「危うい」ことだと思うんです。
――八田さんの定番の作品に「三島」と呼ばれる朝鮮のうつわの「写し」があります。「写し」にも、再現とオリジナルの危ういバランスが求められます。
八田:数年前に韓国へ行って、骨董街で陶器を見ていたら、初めて訪れたはずなのに、知らずに影響を受けていることに衝撃を受けた。そのとき、「自分は、知らず知らずのうちにレプリカのレプリカをつくってしまっている」という虚しさがあったんですよ。
2015 年に鎌倉の「うつわ祥見」さんに、村木雄児さんと僕の“三島2人展”(「村木雄児、八田亨 夏、三島展」)をしていただいたときに、すごく悩みました。そうしたら陶芸家の小野哲平さんから「お前、もう三島はつくらなくていいよ」って。三島展なのに、「三島をつくるな」と言われ困惑しました。展示会の村木さんの三島を見ると、もうすでに朝鮮の三島じゃなく自分自身の意匠として確立していた。僕は「写し」の仕事ではなく、別のゴールを目指そうと思うようになりました。
――デンマーク・コペンハーゲンにある「世界一予約が取れない」レストランnomaが、京都でのポップアップで使ううつわを選ぶため40〜50名の日本の作家にアプローチしたそうです。最終的に20名に絞られたなかの1人が八田さんでした。
八田:Instagramからアプローチがあったのですが、僕はnomaのことを知らなかったんです。デンマークにある有名レストランだというから調べてみたら、フォロワー数もとても多い(笑)。今回、nomaが選んだのは、名のある作家さんではなくて、若手の抜擢が多かった。そのなかに選ばれたことにびっくりしましたし、ありがたかったです。
――今後は、海外での展示が増えるそうですね。
八田:2025年は海外の個展に専念します。世界の主要都市の数カ所を予定しています。本当は全部焼いてから持っていきたいのですが、行って帰っては焼く、ということになります。たくさん焼かないと……。
――ところで、「ちょっと使いにくい」とおっしゃったご家族は、今は八田さんのうつわをどう思っているんでしょうか?
八田:数年前、長女が旅行先で買ったお土産のお菓子をお皿にきれいに盛りつけて、工房に持ってきてくれたことがありました。それを見て、思わず「ヨシ!」と、心でガッツポーズですね(笑)。
2023年5月2日(火)、堺市 くすのき窯にて収録
(取材:沢田眉香子、山口紀子、永江大[MUESUM])
八田さんの「最近気になる○○」
①もの=Audibleで聴く小説
そんなに読書は得意な方ではないのですが、湊かなえさん、宮部みゆきさんの小説が好きで、工房でAmazonのAudibleで聴いています。長編小説と同じ歩調で仕事する感じで。
②スキル=英会話
イギリスに留学していた知人の陶芸家がいて、週に3回習っています。外国から見学に来てくれる人も結構いて、いろんなことを聞かれるんですよ。通訳さんを立てると、通訳さんと相手が2人で話し込んで、僕だけ置いてけぼり(笑)ということもあって。やっぱり、自分の思っていることを直接伝えるのが大事だと思います。
八田亨 / Hatta Toru
1977年、石川県生まれ。2000年、大阪産業大学工学部環境デザイン学科卒業。大阪・舞洲陶芸館で、海底粘土や淀川の川底の土を用いた焼きものに取り組んだ後、2003年に独立。2004年に堺市に穴窯を築いて作陶を重ね、独自の野生的な作風を確立する。現在は大阪・富田林市と堺市に工房を持つ。2022年4月に2代目の穴窯「くすのき窯」を築窯。朝日現代クラフト展ほか、入選多数。hattatoru.com
八田亨展
韓国での展示
Toru Hatta Solo Exhibition
会期:2023年8月26日(土)〜9月3日(日)
時間:13:00〜19:00
場所:B.A.A.T. (Sansuhwa Teahouse)
住所:Hannamdaero 20 gil. 21-14. Yongsan-gu, Seoul
※問い合わせは、大阪wadまで https://wad-cafe.com国内での展示
八田亨展
会期:2023年8月5日(土)~14日(月)
時間:12:00〜18:00
場所:うつわ祥見 KAMAKURA(神奈川県鎌倉市小町1-6-13 コトブキハウス2F)
https://utsuwa-shoken.com