鳥公園の公開相談会を振り返る
「社会の中で人と人のあいだに引かれる境界線を、さまざまな形で問い直す作品」をつくり続けてきた劇団、鳥公園。2020~2022年には3人の演出家をアソシエイトアーティストに迎え、2020年秋には創作活動の基盤を整えるためのお盆部を創設。また、活動報告会や決算報告会といった劇団運営にまつわるさまざまな事柄も公開するなど、作品の上演にだけスポットが当たりやすい演劇界にあって、組織も活動も意識的に可視化するかたちで続けてきたその幅広い取り組みは興味深く、多くの注目を集めています。
鳥公園の悩みや葛藤をオープンな場で相談する「公開相談会」もそうした活動のひとつ。2021年に続いて、2023年に行われたパート2・全6回を終えたところで、主宰の西尾佳織さんをはじめ、お盆部の3人、奥田安奈さん、五藤真さん、鈴木哲生さんに話を聞きました。そもそも公開相談会とは、相談とは何か。実際にやってみて気づいたことや学びなどを伺っています。
——まずは主宰の西尾佳織さんに伺います。劇団の活動にまつわる悩みやわからないことを相談する様子をオンラインでそのまま見せてしまうという「公開相談会」ですが、そもそも、どうして公開で行われているのでしょうか。
西尾:鳥公園では普段のミーティングもすべて公開しようとしていた時期がありました。結論が出て、すでにかたちが整ったものではなく、そこに行き着くまでのああでもないこうでもないという生の声のほうが人を動かしたり、刺激になったりするんじゃないかとも思っていて。相談会についていえば、活動を続けていくなかでいろんな悩みや課題が出てくるわけですが、ある面では社会や演劇界の構造的な問題でもあって、私だけじゃなくてほかにも同じようなことで困っている人もいるんじゃないかな、と思ったのが「公開相談会」をはじめることにした経緯です。
——公開相談会は2021年に続いて2023年が2度目の開催となりました。初年度との何か違いはありますか。
西尾:2021年は鳥公園というよりも、私=西尾の困りごと、たとえば、育児と創作活動の両立のようなことを相談していました。その後、お盆部の体制が整ってきたことで私と鳥公園とを少し切り離せたので、今回は、鳥公園のような小規模な創作団体が困っていることを相談する場として、相談会の主語が変わった感じかなと思います。
——お盆部は、鳥公園の「創作活動の基盤を支える」ものとして説明されています。今日ご出席いただいた3人は、グラフィックデザイン、会計、マネジメントといった立場で関わられていますね。それぞれ簡単に自己紹介いただいてもいいでしょうか。
鈴木:僕は2013年に鳥公園の公演チラシのデザイナーとして声をかけられて、それ以来、チラシだけでなく鳥公園が発行する冊子やパンフレットなどの印刷物もほぼ担当してきました。今回の公開相談会のバナーなんかもそうですね。
五藤:僕は2020年に講師を務めていたセゾン文化財団での会計セミナーで、受講されていた西尾さんに声をかけてもらいました。当時、芸術文化団体の会計を支援する会社「カウントルーム」を運営していて、芸術フェスティバル系の会計を受託する機会が多かったのですが、西尾さんから一緒に今後の会計まわりを考えてほしいという話をもらったことで、お盆部に参加しました。
奥田:私は舞台芸術におけるハラスメントや性暴力を考えるためのオンライン勉強会の場で西尾さんとの接点が生まれました。お盆部に参加したのは2022年の夏から。アメリカ在住なので、西尾さんと直接顔を合わせたことは実は数えるほどしかなくて、鳥公園のマネジメントと言っても国内の現場にいるわけではないんです。
——ありがとうございます。全6回にわたる今回の公開相談会を通して、どんな気づきがあったかを聞かせてください。
西尾:私にとっては、これまでの活動を振り返りながら他者に話をするいい機会になったというのがまず大きくて。そのうえで、この課題のせいでうまくいかない、どうしたらいいんだろうって思い悩んでたことを話してみたら、課題だと考えていたその前提が決して動かせない条件ってわけじゃないんだと気づくこともたびたびありました。自分が凝り固まっていただけだったりして。ただ、それでもやっぱりここは動かせないんだよなって思ってしまう自分の頑固な面もあって、意外とそこが個人的には大事なことなんだろうなとも感じています。
五藤:各回それぞれに領域の違う、いろんなスペシャリストの方を迎えて相談したわけですけど、結局のところ、「鳥公園とは何か」をいろんな角度から考えるための、実際的なヒントをたくさんもらった感じがしています。以前から鳥公園がどういう活動体なのかっていうのは僕自身もたびたび考えてきましたけど、公開相談会という機会を得て、すごく現実的に考えることができたなと思います。
西尾:そうなんですよね。公開相談会で課題として掲げたことを真ん中に置いて、お盆部のみんなともたくさん話せたのは、鳥公園にとってすごくよかったこと。
鈴木:演劇が専門外というゲストの方も多くて、だからこそ具体的に参考になる話もあれば、参考にするにはあまりに遠い話もありましたけど、そうした距離の違いを通して、結果的に鳥公園がどういう団体なのかを知るヒントがたくさんあったと思います。
奥田:私が痛感したのは、相談というのは相談する側がどれだけその課題やテーマについて深く考えることができているのか、相談する側の姿勢こそが問われているということです。事前にもっとちゃんと調べて考えてなきゃいけなかったとか、相談するこっちの足もとがグラグラだなとか、かなり反省する部分も多かったですね。
——公開されているからこそそのあたりも赤裸々に見えていて、相談って面白いなと思うと同時に、相談する難しさみたいなことも感じられました。
鈴木:レクチャーパフォーマンスというのがあるくらいだから、相談のパフォーマンスみたいな新たな形式を発明できてもいいかなって、この公開相談会を始める前に西尾さんとも話していたんですけど、ほんとに奥田さんも言うように馬脚を現すというのか、自分たちがわかっていることとわかってないことの腑分けがまずはできたというところがありました。
西尾:今回、持ち込んだ相談内容ってどれもすぐ答えが出るようなものじゃなかった。相談ごとに対してもっと明快な答えが飛び出してスカッとする相談会も世の中にはあると思いますけど、私たちの場合は、ひとつの相談が次の相談の呼び水にもなってしまう感じで、相談会としては破綻しているのかもしれなくて(笑)。それでもゲストのみなさんは、専門家としての具体的なティップスを渡そうとしてくださる方も少なからずいらっしゃいました。鈴木くんの言うように、この公開相談会を違ったかたちのパフォーマンスだととらえるならどうなんでしょう。1対1対応で答えが出るというよりは、どんどん問題の深いところへ入っていくその過程が見られるのは悪くないかなって。
五藤:僕個人としては、相談がきっかけや理由となっていろんな人と話す機会を持てたというのもあり、相談を通して新たな人とつながりができたのも成果なんだと思います。そう思えば、あえて明快に答えが出るものではない曖昧なテーマで相談するというのも、今回のようなセミクローズドなやり方だったら機能してたんじゃないでしょうか。
——パフォーマンスと相談会では、登壇者も視聴者もどこか心持ちは変わってきそうですけど、相談会と名づけると、密な話を聞くことになりそうな予感もありますね。では、全6回のうちで印象的だったことをいくつか教えてください。
西尾:個人的には、第3回(「歴史から学ぶ集団における権力・暴力と集団マネジメントのあり方」酒井隆史氏)がとても重要だったと思っていて。というのも、今の小劇場界って、まず人が集まって、集まってしまったらもうどうやってつくっていくかの具体的な話に入っていくようなやり方がほとんどで、でも私はそもそも人が集まるとは何なのか、集まり方から考え直したいと思っていました。酒井さんが学生の頃から関わってこられた運動の場では、党派性をつくらず、1回ごとに枠組みをつくっては解体して、どこまで行っても「個人の集まり」でいられるようにしていたそうです。それに加えてアメリカの人類学者でありアクティヴィストでもあるデヴィッド・グレーバーが言うところの「この集まりは遊び=プレイだ」という構えをとることの有効性の話も聞いて、すごくわかるなと思うと同時に、それって小劇場の集団に容易に応用できることではないなとも思いました。どこまでいっても個人でいられるような集団ってすごく大事だと思いますが、演劇という場で関係性を暫定的なものとして設定し続けるのはやっぱり難しくて。「みんな違ってみんないい」では、なかなか作品がつくれないので、1人の才能や意志で動いていかざるを得ないときに、やっぱり集団ってことをどう考えればいいのかなって、今も考え続けているところです。
鈴木:この回は、酒井さんが翻訳されたデヴィッド・グレーバーの『万物の黎明』の議論も紹介してくださって、そこで権力と暴力という言葉を混同して使ってしまっているという指摘がありました。たしかに、権力を握ることがすなわち暴力につながるものだと直結してとらえがちですが、それで権力を避けて無責任になってしまっている事例もあるし、過剰に権力を恐れてしまっていたかもしれない。権力を適切に使うということの大事さをあらためて考えさせられました。
西尾:もうひとつこの回で印象的だったのは、演出家のような他者の欲望に、受動性をもって乗っかるみたいな部分が俳優の欲求の根本にあるのかもしれなくて、だとすれば、演劇の現場において、俳優に「もっと意見を言って」って主体性を求める流れがままありますけど、それってどうなんだろうという話にもなりました。みんなが意見を言えるのがいい現場だと私自身も思ってきたんですけど、俳優の欲求のあり方のユニークさを理解し切れていなかったのかもしれないなって。
鈴木:僕もどちらかといえば、リアクティブな感じで自分のやりたいことをやるというタイプなので、その指摘は確かにもうちょっと考えてみたいことではありますね。
——すべての回で西尾さんが聞き手として登場されましたが、第2回は五藤さんも聞き手として参加されました。
五藤:そうですね。影山さんはコミュニティの話をしてくださって、わかりやすくローカル型とテーマ型とふたつに分けて説明いただきました。国分寺にお店を持っている影山さんはローカル型で、人と人が直接会うことで熱伝導のように想いが伝わっていくことの強さを言われていたのですが、僕もそれは実感としてわかる。ただ、その二分法でいうならテーマ型の鳥公園は、一体、何を軸にして熱を伝え合うのだろう、どうコミュニティを形成していけばいいんだろうって考えてしまいました。
西尾:私は「粗利」という言葉さえも普段出会うことがない日常を送っているので、まず粗利って何だろうってところからでした(笑)。お客さんを喜ばせることでお金がついてくるし、公共性にもつながっていくと言われたときに、鳥公園はストレートな意味ではお客さんを喜ばせることを目標としていないことにも気づきました。「これってどうして?」と気になる違和感や問いについて、たとえほかの人が興味をもっていなくても、私だけはそれを考え続ける、みたいなところから作品になっているので、影山さんの言われるのとはまた違った循環のなかで制作しているんだなと思いました。
——奥田さんは第4回に聞き手として参加されました。
奥田:わかっていたことですけど、団体としてのビジョンやミッションを明確に言語化してはじめて、ファンドレイジングなどのサポートを受けるスタートラインに立てるというのを再確認した回でした。実際、アメリカだとそれは当然のことなんだけど、どうしても日本では後回しになりがちなところだなって。あと、これだけ意義のある活動をしているからサポートしてくださいっていう順番で話すのではなく、あなたたちが思い描いてる社会を実現するために私たちに手助けさせてくださいって、メッセージの方向を逆向きにしなきゃいけないという指摘もあって、これも本当にそうだよなと思わされました。
五藤:自分たちばかりでなく支援者側の目線に立って伝えるというのは確かに必要なことなんですよね。だけど、それってつまり「あなたの未来の一部を担います」という話になるので、僕なんかはそう言い切ってしまうことにちょっと緊張してしまう。
——ありがとうございます。今回の公開相談会を受けてのこれからの鳥公園の変化について、何か考えていることがあれば教えてください。
西尾:鳥公園/私(西尾)という主語の使い分けのことを冒頭に話しましたけど、もっと自分の意志を発揮していいんだなと思い直すことができました。私には権力と責任どちらもあって、それは引き受けるしかないものなんですけど、でもどこか自分以外の人に遠慮していました。だけど、遠慮は解ではない、意志を発揮するしかないんだとようやく腑に落ちました。あとは、私が戯曲を書いたからといって「鳥公園の作品」になるわけではないということ。この数年は演出を他者に委ねていましたが、もう一度上演に手を伸ばしたいと思っています。ここで言う「上演」は、作品の公演だけでなく、こうした公開相談会だとか、人に何かを手渡す部分をつくっていくのも鳥公園の活動だなとあらためて思います。
奥田:そうですね。第6回でFive Arts Centreのジューン・タンさんが言われたことですけど、アートは一つひとつがユニークなものだから、そのマネジメントだって一つひとつがユニークで当たり前なわけで、そのことに真正面から向き合った上で、鳥公園にとって必要なこと、ふさわしいことは何なのかという風にやっていかなければと思います。作品と同じように運営面もほかと違ってユニークで全然構わないんだって、ジューンさんに背中を押していただいた感じです。
——最後に本記事を読んだ読者にも手渡していただけることがあるとしたら何かありますか。
西尾:公開相談会をいろんな人が試してみてくれたらいいんじゃないかなと思いました。パブリックとプライベートって切り分けて考えられがちですけど、パブリックとはプライベートを締め出す場所ではないはずで、いろんなプライベートをもった人が隣りあって作用し合う場所こそがパブリックだと思います。パブリックにプライベートが染み出す機会になるという点でも、公開相談会は面白い試みじゃないでしょうか。
2024年3月10日(日)、Zoomにて収録
(取材:竹内厚、多田智美[MUESUM])
西尾佳織 / Kaori Nishio
-主宰/劇作家
1985年東京生まれ。幼少期をマレーシアで過ごす。東京大学にて寺山修司を、東京藝術大学大学院にて太田省吾を研究。2007年に鳥公園を結成以降、2019年までほぼ全作品の脚本・演出を担当。2020〜2022年は演出を3人のアソシエイトアーティストに委ね、自身は劇作・主宰業に専念していたが、2024年より演出を再開。フェスティバル/トーキョー、SPAC ふじのくに⇄せかい演劇祭、瀬戸内国際芸術祭など、国際芸術祭にも多数参加。ライフワーク的に、からゆきさんと森崎和江のリサーチ・創作に取り組んでいる。奥田安奈 / Anna Okuda
-鳥公園お盆部/マネジメント(2022年-)
パフォーミングアーツ・マネージャー。米国ペンシルベニア州ピッツバーグ在住。東京都内の舞台制作会社に10年間勤務後、米国に移住、大学院進学を経て、現在は国際共同制作作品のプロデュースやマネジメントに従事。早稲田大学第一文学部演劇・映像専修卒、カーネギーメロン大学ハインツ・カレッジ公共政策大学院アーツ・マネジメント科にて修士号取得。五藤真 / Makoto Gotoh
-鳥公園お盆部/会計(2020年-)
1985年生まれ。一橋大学社会学部卒業。2014年から会計フリーランスとして複数の非営利団体、芸術文化団体に従事。2018年に「表現と文化のためのバックオフィス」を掲げる株式会社countroomを設立、2022年9月に解散、現在は都内税理士法人にて税務修行中。関心事はアイスランド、財団、ビルオーナー。鈴木哲生 / Tezzo Suzuki
-鳥公園お盆部/宣伝美術(2013年-)
グラフィック・デザイナー。1989年神奈川県生まれ。2013年東京芸術大学美術学部デザイン科卒業後、隈研吾建築都市設計事務所勤務を経て、’15年 オランダ KABK デン・ハーグ王立美術アカデミー タイプメディア修士課程を修了。’24年より多摩美術大学グラフィックデザイン学科非常勤講師。 www.tezzosuzuki.com
鳥公園の最近気になる〇〇
西尾佳織:「香りの強い植物」
香草が好きで、去年ディルとミントとバジルを庭に植えたのが最高だったので、今年は何を植えようかな~と考え中です。今のところ、パクチーはもう種を買ってあって、茗荷と紫蘇も欲しいなあ、でも場所が……というところです。あと山椒の木も生えているのですが、花は咲くのに実がならないので、実らせ方を学んで実山椒の佃煮をつくりたいです。鈴木哲生:「学生」
今年から美大の非常勤講師をはじめて、学生が何を考えてるか、課題でどんなものをつくってくるか、仕事をしていても気になってしまいます。週1回の授業が終わった瞬間から、あれを見せればよかった……ああ言えばよかった……と思うことばかり。でも学生に関心ありすぎる講師もキモいと思うので授業はクールにやっております。西尾さん、しそは爆発的に増えるのでご注意を……。五藤真:「家から駅までの最適経路」
家から最寄り駅まで歩く道のりを、いかに最適に歩けるかを試行錯誤しています。まずスマホで最短経路を調べる。しかし最短で込み入ってる道ではなく、人通りが少なく穏やかに歩ける道を選択する。道行く人とぶつからないように先取りでルートを調整する。道路の横断もタテヨコに歩くのではなく、斜めに突っ切る。すると妻がしたり顔で、「車が来たら危ないでしょ。本質を見誤ってるね」と言ってぶつかってくる。奥が深い。奥田安奈:「ケトルベル・トレーニング」
やかん型のウェイトを持ち上げたり振ったりすることで全身を鍛えるトレーニングで、短時間で効率よく心拍数を上げられて筋肉もつき、体力アップに効果的です。ヨガと高強度インターバルトレーニングに次ぐ最近の私のお気に入りで、体力と筋力がアップした実感があるので、続けようと思っています。
鳥公園からお知らせ
・「鳥公園の公開相談会 Part 2 」全6回シリーズを終えて、メンバーによる各回のレポートと、振り返り座談会の様子を収録した報告書を公開しました。
・この春より、ポッドキャストをはじめました。第1シーズン「私の履歴書風」公開中! 「鳥公園のポッドキャスト」
・6月30日(日)に2023年度活動報告会&決算報告会を実施、公開相談会にも触れます。
・「鳥公園の読書会2024」、今年度は「経済」「森崎和江」「プシコ ナウティカ:イタリア精神医療の人類学」の3つのテーマで読んでいきます。月1回、オンライン開催。