此花区・梅香で10年ぶりの個展となった「船はあの丘に登った」は、2023年から続いている「FIGYA_10th anniversary」最後の企画として開催された。
FIGYAの1階と2階の空間に展示されたのは、“鳥が居る”巨大な漂着物を動画で撮影したモノクロの映像作品《津波石》(2015-)。ちょうど10年前に梅香堂*で発表された《Torii》に続く作品シリーズとしてリサーチをはじめたものである。
2014年から沖縄の宮古・八重山諸島の島々を訪れ、数年かけて記録された「津波石」は、約250年前、八重山地震(1771年)による津波(明和の大津波)で海底から陸に打ち上げられた巨石、さらに遡った時代に起きた地震によるものもあるという。津波と聞くと、今年の元旦に起きた能登半島地震や2011年の震災による東北の凄まじい状景が(その場で経験した者でなくても)生々しく思い出される。また津波石のことを初めて知る/見るものにとって、その圧倒的な存在にまず驚かされるだろう。下道も最初に出会ったとき、衝撃を受けたに違いない。ステートメントでも語られているように、東日本大震災の時に陸地に打ち上げられた船の存在、震災遺構として残す声もあったが、議論の末解体されるという出来事が、このプロジェクトの着想のきっかけとなっている。
* 大阪市、此花区の梅香エリアに若いアーティストが集まるきっかけのひとつとなったアートスペース。主宰する後々田寿徳氏(1962-2014)によって、川沿いにある木造長屋の倉庫が改装され、2009年11月にオープンしてから、最後の展示となった下道基行の《Torii》展まで、展覧会、ライブやパフォーマンス、トークなどが企画された。
固定カメラで撮影された映像に映り込んでいるのは、穏やかな浜辺に鎮座する津波石の日常の風景だ。岩には植物が自生し、渡り鳥たちがコロニーをつくり、あるものはご神体とし崇められるなど人々の生活やその土地の風景に溶け込んでいる。偶然通りがかった島民らしき人のグループが巨石をバックに記念撮影をする様子や、鳥が飛びまわる以外に大きな動きはないが、ゆっくり移動する雲や微かに揺れる草木など、津波石とそれぞれの関係性が浮かび上がってくる。
2階に設置されたスクリーンの下には、現地に訪れた際に収集されたガラス瓶(これらも海を渡って漂着したもの)がランダムに配置されている。それらの瓶を使って、FIGYAの主宰者でありアーティストであるmizutamaとのコラボレーションによるこのサウンドインスタレーションが仕掛けられ、異なるスピードで回転する3つモーターによって硬質な音を周期的に発生させる。映像のなかで鳥が飛びたつタイミングとリンクしたりしなかったり……。スクリーンに映る「あちら」の世界とFIGIYAの空間「こちら」と接続する媒介となり、緊張感を持たせつつも、心地のよい律動を生み出していた。同時に数百年もしくは数千年という時間を内包する《津波石》は、それらが私たちの生活と地続きであることを静かに語りかけている。
《津波石》の次へ
会期中に行われたアーティストトークで話された現在進行中のプロジェクトについても少し触れておきたい。
これまでの《戦争のかたち》(2001–2005)、《Torii》(2006-2012)そして《津波石》に続く作品シリーズとなる《瀬戸内「 」資料館》だ。福武財団よりコミッションワークの依頼を受けたことをきっかけに、直島で2019年より始動したプロジェクトは、長期に渡ってその土地のローカルな資料館/アーカイブをつくっていくという取り組みとなる。一人旅をベースにフィールドワークを重ねていくというこれまでの方法もあり得たかもしれないが、さらにその先の新しいプロジェクト型の作品を追求すべく、家族とともに直島に移住することを選択した。先の作品シリーズでも、4、5年以上の年月をかけて取り組まれているが、今回はさらに長期的に10年くらいのスパンで考えているという。現在、各地で開催される芸術祭の枠組みや展覧会のサイクル、またそこでは新作を求められることが多いことから、制作や消費のスピードが早まっていると危惧する下道は、そういった状況への応答として「継続性」を考えながら、適切なサイクルや方法論、フォーマットを編み出してく。
既に5年目を迎える直島でのプロジェクトは、作家が「定住」していることによって、日常のなかでのルーティンの活動がいくつも生まれてきている。毎週水曜日、島の小学3-5年生に向けて行っている“表現の塾” 「しまけん(島の子供の研究室)」もそのひとつだ。参加メンバーの四人と船で島々を冒険してつくつくったというマップ『直島島島図鑑』は、島民とつくっている「新しい直島の地図」の第3弾だという。子どもたちが描いた絵や文章などで構成されるその紙面からも、制作のプロセスが島の人々と共有され、小さな発見や学びをともにしながら一つひとつ積み重ねられていく様子が伝わってくる。
また、この地域に残された写真や記録などの資料を収集、展示、アーカイブをつくっていくなかで、生活のなかから生まれてくる小さな表現、普段は見過ごされている日常のクリエイティブな営みにも焦点を当てる。このまなざしは、下道のこれまでの作品に通底するものだ。
地域の記憶・歴史を丹念に掘り起こしていく同時に、島の新たな営みをも生成していく《瀬戸内「 」資料館》では、アーティストのプロジェクト作品として完成させることをひとつのゴールとしつつも、島の未来をつくっていく実践でもあるだろう。
アーティストたちが住みながら少しずつ変化していく梅香のまちとともに、直島のこれからにも注視していきたい。
雨森信 / Nov Amenomori
インディペンデント・キュレーター。
京都市立芸術大学美術学部卒業後、設計事務所、ギャラリー勤務を経て、フリーランスのキュレーターとして活動。2002年NPO法人記録と表現とメディアのための組織[remo]を立ち上げ、企画・運営を行う。大阪市の文化事業として「Breaker Project」を始動、地域に根ざしたアートプロジェクトに取り組み、アーティストと共に新たな表現領域を開拓する(2003-2023)。「札幌国際芸術祭2017」、「さいたま国際芸術祭2020」、などの芸術祭にてキュレーターとして参画。さまざまなアートの実践を通して、現代における芸術文化の役割について探究する。
FIGYA_10th anniversary
下道基行「船はあの丘に登った」会期:2024年3月9日(土)〜11日(月)、15日(金)〜18日(月)、22日(金)〜24日(日)
会場:FIGYA
時間:13:00〜18:00
料金:入場無料クロージングイベント
「特別対談」下道基行+中崎透
日時:3月24日(日)18:00〜19:30
会場:JUU関連企画
会期中、此花区内にて所縁のあるアーティストたちを展示。