ギャラリーの壁に掛かった作品を眺めているうちに、たちまち眼が喜びに満たされていくのを感じた。久しぶりの感覚であった。大阪のギャラリーノマルで開催された松井智惠の個展「置き去られた鏡」を訪れたときのことである。
80年代より松井は、大阪の現代美術シーンにおいて重要な存在であり続けてきた。サイトスペシフィックなインスタレーションや、そこに自らの身体を介入させることでさらなる場の深化をもたらすパフォーマンス、また、スイスの作家ヨハンナ・シュピリによるハイジの物語に、自身のリアルな生を上書きするように制作された映像シリーズ〈ハイジ〉などを手がけ、ニューヨークのMOMAやヴェネチア・ビエンナーレでの展示を含め、国際的にも大きく注目されてきた。その間、大阪のアート事情は大きく様変わりしてしまったが、彼女は、独自のスタンスを保ちながら、真摯に制作に向き合い、静かに、そして着実に歩みを進めてきた。その存在は、今日においても常に参照されるべき地点として光り続けている。
近年、松井は、「絵を描くこと」を自らの活動の中心に据えて取り組んでいる。2014年のヨコハマ・トリエンナーレで見せた展示のあたりから、その傾向は顕著となった。最近はSNS上で、「#一枚さん」というタグとともにその日に描いたドローイングを投稿し、「絵を描くこと」が日課の一部となっていることを公にしている。生きることと、絵について探求することは、彼女のなかで不可分なものなのだろう。
ノマルで10年ぶりの個展となる本展では、版画技法のひとつであるモノタイプで制作された膨大な数の作品が展示された。その数は実に、123点にも及ぶ。モノタイプは、アクリルなどの滑らかな表面に絵具やインクで絵を描き、それをプレス機などを使って紙に転写する技法である。版が使えるのは1回限りで、生み出される作品も1点のみである。版に描かれたイメージは鏡面のように反転するが、オリジナルの色や形象など細かな部分までほぼそのまま写し取られるため、出来上がりは限りなく絵画に近い。したがって、今回の展示は、松井が近年、寄り添うように取り組んできた絵画に関する探求の一端として位置づけられるだろう。
モノタイプの制作は、ギャラリーからのオファーであったという。しかし、展示された作品を見れば、昨年の夏からはじまった、この展覧会に向けた制作のなかで、松井自身の作品に驚くべき展開がもたらされたように思えてならない。松井はモノタイプに取り組むのははじめてであったというが、そこで示された新たな境地はモノタイプであるからこそ、生み出されたものであった。
まず目を惹いたのは、色の鮮やかさである。作品の元になる原画は、アクリル板に油絵具を使って描かれ、それが白い紙に転写される。キャンバスではない、よりフラットな紙面であることによる絵具の際立ち方もあるだろうが、色が載った部分と余白の白との間に、単なる色の有る無しを超えた、決定的な存在の違いを感じた。それは、余白の白が喚起するこの上ない「存在の重み」とも呼ぶべきものに起因するものだ。いや逆に、その白は「無」を示唆するものであって、その白さが暗示する空間の広がりは、まさに「虚無」の広がりであった。
モノタイプでは、作家が手作業で描いたイメージを転写によって紙に写し取る。それは、イメージを作家の身体から引き離し、別の時空へとイメージのみを転送するものだ。そうして作家から分離したイメージは、純度の高い理念となって虚無の空間を漂う。作品を見たときに真っ先に目に飛び込んできた鮮烈な色の際立ち方は、その余白の部分の「虚無さ」と、見る者の認識を受け止める「イメージであること」との、その存在に関わるギャップなのだ。
作家の身体の痕跡を宿した原画のイメージを、まさにワームホールのように別の位相へと転送するモノタイプ。松井は、そのことを意識化させる装置のようなものとして、モノタイプが介在する水際に「鏡」を見立てた。本展のタイトルが「置き去られた鏡」とされているように、鏡は展覧会の文脈において大きな意味を帯びている。実際展示において、いくつかの作品には、作品と同サイズの鏡がフレームにヒンジで取り付けられており、鑑賞者は手で鏡の角度を変えながらそこに写り込む作品や会場風景を覗き込めるような趣向が凝らされていた。
鏡は、もちろん出来上がるモノタイプの作品がその元になる原画と鏡面反転となることのメタファーとしての役割を担う。しかし、今回の展示において、鏡の介在は、さらに複雑な状況を生み出していた。
松井が描くドローイングは、彼女の意識のなかに自然と湧き出てくるイメージを描いているように思えるものが多い。見る者の意識を受け止めるアンカーのような役目を帯びた人物など、具象的なイメージが描かれ、それと対峙させるように、その周辺に風景を思わせる抽象的な形象が配置される。それらは明確な意味を回避しながら、その曖昧さにおいて見る者の意識を作品の内部に引き込んで止まない。
今回展示された一連のモノタイプの作品からは、その「曖昧さ」が格別に際立って感じられた。なぜか? それは、ぽっかりと開いた穴のような虚無の余白が、見る者からイメージがそこに存在することの理由を奪うからだ。私たちは「不意打ち」のようなかたちでイメージと出会う。実は、そのイメージの不意打ちこそが、松井が手がけるドローイングの魅力の本質なのだ。
私たちは、松井のドローイングから、それらイメージをひねり出した松井の思念の深さと想像力の豊かさに感銘を受ける。その予測を超えた不可思議な存在との鮮烈な出会いが、私たちの興味を烈しく掻き立て、意識を強く惹きつけるのだ。今回のモノタイプの作品の表面は、まさにそうした認知を超えた世界と見る者がつながることのリアリティを成立させる場となっていた。
では、鏡が設置された作品には何が起こっていたか? 鏡に映ったモノタイプの作品の姿は、明らかに、それらが鑑賞者のいる世界とは違う別の世界に属することを示していた。目の前にある、手を伸ばせば触れられる世界とは違う、別の位相という感覚だ。
本展のタイトル「置き去られた鏡」とはどういう意味なのだろうか。モノタイプという「技法」は、物として所有もできず、触れることもできない。鏡であれ、モノタイプであれ、それは使うことはできても、それが装置として勝手に機能することについて、作家も観る側も一切関わりを持ち得ない。つまり、主体から切り離された状態にある。しかしながら、そのことに思いを馳せる主体と、鏡もしくはモノタイプとの狭間には、深遠な意味が横たわる。それは「記憶」であり、あるいは「忘却」だ。作家の意識から解き放たれ、かつてその一部であった思念の断片は、その狭間をあてどなく漂い続ける。ここで鏡は、そうした狭間に捕らわれた「意味」を示唆するメタファーとして機能する。そして同時に、鏡の向こう側に行ってしまった、手が届かぬものへと向かう憧憬を、私たちに促す。
松井のモノタイプの作品において、もうひとつ際立った特徴がある。それは、筆の痕跡が生み出すイメージの豊穣さだ。一筋の筆のストロークが、幾層もの白い筋を伴って捻じれ、曲がり、立体的な造形を描く。水の流れが現れ、むき出しの岩肌のようなゴツゴツとした塊が積み上がって空間的な奥行きが生まれ、確かな光の陰影が状況に意味を与える。それはモノタイプの特性によるものだ。滑らかな支持体の表面に筆を動かすことで生じる独特の効果である。松井は制作を進めるなかで、こうしたモノタイプの特性に気づき、最大限に利用する術を身につけた。そこにあるのは、松井の身体の痕跡と描画されたイメージとの不可分な一体性である。そして、底知れぬ深みをもつ、余白の上を漂うイメージのすき間からのぞく白は、虚無の空間に通じる穴だ。
ここで興味深いのは、これらの豊かな筆の筆致がかつて松井が行っていた、一連のパフォーマンスを想起させるものであることだ。広大な空間に自ら身をおいて、体を動かし意味を生じさせること。松井は自身の作品を「寓意の容れ物」と呼ぶ。パフォーマンスにせよ、身体性が宿るドローイングの筆致にせよ、その「容れ物」としての作品は、何かを内部に閉じ込めておくものではなく、実は、松井の内部と広大な外部との「境界」として存在するものではないか。松井の意識の深層から立ち現れる人物や光景などのさまざまな寓意的なイメージは、その容れ物の境界を自由に出入りし、時折、通りすがりの鑑賞者の意識のなかに降りてくる。そのイメージの神出鬼没な立ち現れ方に、松井の身体は寄り添うようにして、その自由な振る舞いを促すのだ。今回のモノタイプの作品群は、そうした松井の芸術の特性をいっそう際立たせるものであった。
松井の作品を観ることで湧き上がる、この愉悦をどう説明すればよいのか。それは、松井の内部から現れては消えていく記憶や思念に私たちが引き寄せられ、そこに同化しようとする意識の発動が起こるからではないか。モノタイプによって紙の上に写し取られた色、線、形象、そして余白といった作品の端々に触れるたびに意識は拡張されていく。そうしたすべてを、作品の「美しさ」とあえて呼んでみたい。なぜなら、これらの作品は、私たちを惹きつけて止まず、その意識のなかからどうしても「美しい」と思わざるを得ない幸福な感情が、とめどなく溢れ出てくるからだ。
大島賛都 / Santo Oshima
1964年、栃木県生まれ。英国イーストアングリア大学卒業。東京オペラシティアートギャラリー、サントリーミュージアム[天保山]にて学芸員として現代美術の展覧会を多数企画。現在、サントリーホールディングス株式会社所属。(公財)関西・大阪21世紀協会に出向し「アーツサポート関西」の運営を行う。
松井智惠「置き去られた鏡」
会期:2024年3月23日(土)〜4月20日(土)
会場:Gallery Nomart
時間:13:00~19:00 ※最終日は18:30まで
休廊:日曜※モノタイプ作品の詳細はこちらを参照