大阪に移住する理由が「お笑いライブに通いたいから」という人たちは、実は少なくない。私もそのひとりであり、人気芸人から養成所を出たばかりの芸人まで、お笑いライブとあらば足を運び、幅広く観ている。また、試しに観てみたい、というお笑いの初心者がいれば、好みなどをヒアリングし、おすすめのライブを提案する「お笑いアテンド」も勝手にやっている。とにかくお笑い界全体を愛しているのである。
そんな私が愛してやまないのが、「地下芸人」と呼ばれるお笑い芸人たち。彼らは、雑居ビルの地下にあるような小さなライブハウスの舞台を主戦場としている。ここでは、みなさんに「地下芸人」を取り巻く世界の一端を覗き見てもらいたい。
写真を生業としている私は、ライフワークとして地下芸人の村橋ステムさんを撮影している。かれこれもう2年ほど。彼は16歳の若さで芸人となって以来、アルバイトをしながら事務所に所属せずに活動し続けている“THE地下芸人”で、主にコントを披露する。まずは、彼の舞台とあれやこれやの写真をご覧あれ!
どんなネタなのか気になった方はライブへGO!
村橋ステムさんがつくるコントは、昔の芸人のモノマネやパロディなど、通好みのネタが多い。たとえば、「昔のタ●リ」。このネタで彼は、眼帯を着けていた40年ほど前のタモリさんをモチーフにした格好でコントを展開するのだが、私は当時のタモリさんを知らない。でも、彼は私のように元ネタを知らない人もいることがわかっていながら、自分の「おもろい」を貫くのだ。
その姿勢は、観客のことを考えていないというわけでは決してない。以前、彼のライブで観客が私ひとりだったとき、「今日はあなたのためにやりますよ!」と叫び、宣言通り全力のネタを見せてくれた。たとえたったひとりであっても、目の前の人を全力で笑わせる姿に心打たれた。なんなら私の方が、ひとりでネタを見続けなければいけない状況にドキマギしていたのに。彼に芸人としての正しさのようなものを感じた瞬間だった。
今回紹介した村橋ステムさん以外にも、数えきれないほどの地下芸人が存在している。はじめて地下お笑いのライブに足を運んだとき、私は、地球のどこかで静かに暮らしていた謎の民族に出会ったかのように感じた。そして、この世界に足を踏み入れてこそ味わえる醍醐味を知った。
まだ無名のおもろい芸人さんを見つけたときの高揚感。1mmも笑えないネタの意図を汲み取ろうと、観客たちが共有する疲労感。そして、稀に生まれる客席の劇的な一体感ーー。
とある地下芸人が、オール阪神巨人さんに扮して披露したド下ネタがある。そのネタを前に、会場がひとつになるほど沸いた瞬間、地下世界を全身で受け止めたようだった。ウケようがウケまいが、ただ、笑いに懸ける地下芸人たちの生き様を見て、まだまだ知らない世界があったんだとドキドキした。
近頃、テレビでは誰も傷つけないということに過剰に対応した笑いが主流となり、追求できる笑いの幅が狭まっているらしい。かたや地下芸人の舞台では、コンプライアンス度外視。自分が「おもろい」と思ったことだけをやる、無限の舞台が広がっている。
そんな地下世界の魅力は、芸人だけではない。彼らの舞台を生きる糧にし、支えるファンも、なかなかのおもしろ人種だ。仕事ありきで大阪に移住した私とは違い、ライブに通うがために仕事を辞め、東北や九州から移住してきた強者たちもいれば、9割9分9厘最前列ど真ん中の客席に座る夫婦や、ある男芸人を女だと言い張り、愛で続けている人もいる。バックボーンもキャラクターも十人十色である。そんなみんなとライブ終わりに話すのは楽しく、地下芸人ゴシップをアテに飲むお酒は、めちゃめちゃウマイ。
私が地下芸人たちを撮影するようになって気づいたのは、まだ売れていない芸人も、彼らが生み出す笑いに魅了されたファンやみんなが集う空間も、全部ひっくるめて「おもろい」ということ。どうして彼らはお笑いをはじめて、どうしてこんな人たちが集まる場所ができて、どうしてここに辿り着き、そして、通うことを止めない人たちがいるのだろう。私は、まだまだそんな地下のお笑い世界にもぐり続ける。
衣笠名津美 / Natsumi Kinugasa[写真家]
1989年生まれ。大阪府在住。写真館に勤務後、独立。 ドキュメントを中心にデザイン、美術、雑誌等の撮影を行う。 初めて好きになった芸人はフットボールアワー。
https://www.natsumikinugasa.com
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Twitter @kinugasanatsumi