本特集では、ドキュメンタリーとフィクションの関係やその境界について向き合いました。それは、「事実」「作為」「理解」というような言葉の定義や、それらに付随する葛藤の輪郭をなぞっていくような作業であり、あらためてドキュメンタリーとフィクションの境界というものがいかに流動的で、相互的関係にあるかを感じています。 人が食べるという行為をインタビューを通して観察・分析してきた独立人類学者の磯野真穂さんとの対談では、他者を理解することについて言葉を交わしました。また、現代フランス哲学、芸術学、映像論をフィールドに文筆業を行う福尾匠さん、同じく、映画や文芸を中心とした評論・文筆活動を行う五所純子さん、そして、劇団「ゆうめい」を主宰し、自身の体験を二次創作的に作品化する脚本&演出家・池田亮さんの寄稿では、立場の異なる三者の視点からドキュメンタリーとフィクションの地平の先になにを見るのかを言葉にしていただきました。 対岸の風景を可視化していくこと、まだ見ぬ世界を知覚すること、その先に結ばれた像が唯一絶対の真実から開放してくれることを信じて。そして、今日もわたしは石をなぞる。 小田香 Kaori Oda ー 1987年大阪生まれ。フィルムメーカー。2016年、タル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factoryを修了。第一長編作『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門にて特別賞受賞。2019年、『セノーテ』がロッテルダム国際映画祭などを巡回。2020年、第1回大島渚賞受賞。2021年、第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
Original Research
2020.07.19
#COMEDY#STAGE#COLUMN

地下芸人の写真的観察

衣笠名津美
文: 衣笠名津美 [写真家]

大阪に移住する理由が「お笑いライブに通いたいから」という人たちは、実は少なくない。私もそのひとりであり、人気芸人から養成所を出たばかりの芸人まで、お笑いライブとあらば足を運び、幅広く観ている。また、試しに観てみたい、というお笑いの初心者がいれば、好みなどをヒアリングし、おすすめのライブを提案する「お笑いアテンド」も勝手にやっている。とにかくお笑い界全体を愛しているのである。

そんな私が愛してやまないのが、「地下芸人」と呼ばれるお笑い芸人たち。彼らは、雑居ビルの地下にあるような小さなライブハウスの舞台を主戦場としている。ここでは、みなさんに「地下芸人」を取り巻く世界の一端を覗き見てもらいたい。

地下芸人の写真的観察
2019.5.26 ©︎Natsumi Kinugasa
地下芸人の写真的観察
2019.5.26 ©︎Natsumi Kinugasa

写真を生業としている私は、ライフワークとして地下芸人の村橋ステムさんを撮影している。かれこれもう2年ほど。彼は16歳の若さで芸人となって以来、アルバイトをしながら事務所に所属せずに活動し続けている“THE地下芸人”で、主にコントを披露する。まずは、彼の舞台とあれやこれやの写真をご覧あれ!

地下芸人の写真的観察
「井上●水の少年時代」2018.5.4 ©︎Natsumi Kinugasa
地下芸人の写真的観察
「ネ●ミ男漫談」2019.7.27 ©︎Natsumi Kinugasa
地下芸人の写真的観察
「高校野球の応援」2019.2.2 ©︎Natsumi Kinugasa
地下芸人の写真的観察
「カラオケ鳥●実」2019.7.27 ©︎Natsumi Kinugasa

どんなネタなのか気になった方はライブへGO!

村橋ステムさんがつくるコントは、昔の芸人のモノマネやパロディなど、通好みのネタが多い。たとえば、「昔のタ●リ」。このネタで彼は、眼帯を着けていた40年ほど前のタモリさんをモチーフにした格好でコントを展開するのだが、私は当時のタモリさんを知らない。でも、彼は私のように元ネタを知らない人もいることがわかっていながら、自分の「おもろい」を貫くのだ。

その姿勢は、観客のことを考えていないというわけでは決してない。以前、彼のライブで観客が私ひとりだったとき、「今日はあなたのためにやりますよ!」と叫び、宣言通り全力のネタを見せてくれた。たとえたったひとりであっても、目の前の人を全力で笑わせる姿に心打たれた。なんなら私の方が、ひとりでネタを見続けなければいけない状況にドキマギしていたのに。彼に芸人としての正しさのようなものを感じた瞬間だった。

地下芸人の写真的観察
「昔のタ●リ」2018.9.28 ©︎Natsumi Kinugasa
地下芸人の写真的観察
「しつこいラジオ番組」2020.6.19 ©︎Natsumi Kinugasa
地下芸人の写真的観察
「漫談」2018.12.14 ©︎Natsumi Kinugasa

今回紹介した村橋ステムさん以外にも、数えきれないほどの地下芸人が存在している。はじめて地下お笑いのライブに足を運んだとき、私は、地球のどこかで静かに暮らしていた謎の民族に出会ったかのように感じた。そして、この世界に足を踏み入れてこそ味わえる醍醐味を知った。

まだ無名のおもろい芸人さんを見つけたときの高揚感。1mmも笑えないネタの意図を汲み取ろうと、観客たちが共有する疲労感。そして、稀に生まれる客席の劇的な一体感ーー。

とある地下芸人が、オール阪神巨人さんに扮して披露したド下ネタがある。そのネタを前に、会場がひとつになるほど沸いた瞬間、地下世界を全身で受け止めたようだった。ウケようがウケまいが、ただ、笑いに懸ける地下芸人たちの生き様を見て、まだまだ知らない世界があったんだとドキドキした。

地下芸人の写真的観察
2020.3.15 ©︎Natsumi Kinugasa
地下芸人の写真的観察
2019.5.26 ©︎Natsumi Kinugasa

近頃、テレビでは誰も傷つけないということに過剰に対応した笑いが主流となり、追求できる笑いの幅が狭まっているらしい。かたや地下芸人の舞台では、コンプライアンス度外視。自分が「おもろい」と思ったことだけをやる、無限の舞台が広がっている。

そんな地下世界の魅力は、芸人だけではない。彼らの舞台を生きる糧にし、支えるファンも、なかなかのおもしろ人種だ。仕事ありきで大阪に移住した私とは違い、ライブに通うがために仕事を辞め、東北や九州から移住してきた強者たちもいれば、9割9分9厘最前列ど真ん中の客席に座る夫婦や、ある男芸人を女だと言い張り、愛で続けている人もいる。バックボーンもキャラクターも十人十色である。そんなみんなとライブ終わりに話すのは楽しく、地下芸人ゴシップをアテに飲むお酒は、めちゃめちゃウマイ。

私が地下芸人たちを撮影するようになって気づいたのは、まだ売れていない芸人も、彼らが生み出す笑いに魅了されたファンやみんなが集う空間も、全部ひっくるめて「おもろい」ということ。どうして彼らはお笑いをはじめて、どうしてこんな人たちが集まる場所ができて、どうしてここに辿り着き、そして、通うことを止めない人たちがいるのだろう。私は、まだまだそんな地下のお笑い世界にもぐり続ける。

地下芸人の写真的観察
2018.12.14 ©︎Natsumi Kinugasa
地下芸人の写真的観察
2018.12.25 ©︎Natsumi Kinugasa
地下芸人の写真的観察
「クロスワードパズルを解く中島●も」2020.6.19 ©︎Natsumi Kinugasa
地下芸人の写真的観察
「パンクス盆踊り」2020.6.19 ©︎Natsumi Kinugasa

衣笠名津美 / Natsumi Kinugasa[写真家]
1989年生まれ。大阪府在住。写真館に勤務後、独立。 ドキュメントを中心にデザイン、美術、雑誌等の撮影を行う。 初めて好きになった芸人はフットボールアワー。
https://www.natsumikinugasa.com
instagram @kinugasanatsumi
Twitter @kinugasanatsumi

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