昔買ったオカルト本の一冊をパラパラ見ていると、ある箇所が飛び込んできた。
誕生数6:温和、家庭、誠実、優しさ、献身、美的センス、怠惰、独占欲【1】
前半の穏やかな印象から後半にいくにつれどんどん不穏な雰囲気になる様に思わずほくそ笑む。人ひとりの性格は多面的であるのは理解しているが、このように改めてグラデーションで書かれていると長所とされるような箇所も嫌味に思えてくる。私はこういった、いわゆる悪口と言われる表現をキャラクター性の強さから非常に好んでいるし、想像をめぐらせられる短い単語の羅列、というのも気に入っている。
考えてみれば、世の中には星座や誕生数の各タイプの性格診断ひとつとっても翻訳の仕方のとても多いこと。占いは占い師の翻訳力が大いに影響すると頭の良い友人が言っていた。確かに、読みとることはできてもその人の人生で培った経験、生まれた発想や語彙力によって、表現される言葉は変わる。幼少期より雑誌やテレビなどで占いは身近な存在だったため、特に勉強したわけでもない私にも各タイプのイメージ程度は染み付いている。イメージがあるからこそ、その翻訳の差はまた楽しい。
さて、性格診断の翻訳に至るまでの材料や考え方は、何を根拠にしているのだろう。
占星術の歴史はメソポタミアで文明を築いたシュメール人の天体観測から始まり、ひとつの体系にまとめ上げたのは、紀元前6世紀ごろのバビロニアのカルデア人といわれている。この頃は、主に国家の吉凶判断に使われていたが、紀元前3世紀にギリシャに渡り、個人の運勢を占うものに発展した。天上の出来事は地上の出来事に呼応しているというヘルメス学の教理が基本的思想で、人間なら生まれた時の星の配置が性格や行動など鏡のように影響を与える…という考え方だそう。
「私は○○座」と大半の人が答えているのは、生まれた時の太陽の位置で決まる「太陽星座」と呼ばれるざっくりしたものだ。ほかの天体の位置も考慮すると、もっと細やかな診断ができる。「○○座」といっても該当するのは実際の空にあるその星座の位置ではない。あくまでもカテゴリー、一種の領域の名称である。初期には大まかには合致していたが、歳差によってずれが生じた。例えば、今だと牡羊座の期間の太陽はうお座の近くにある。
その領域とは、太陽の通り道(黄道)を12等分したもののことで「サイン」と呼ばれている。12合わせて「黄道十二宮」や「ゾディアック」と言う。これに対して空の星座は「コンステレーション」と訳す。日本語だとどちらも「星座」なのでややこしいが、コンステレーションの方の星座はひらがなで表記し、サインは漢字で表記したり、蟹座は巨蟹宮、射手座は人馬宮……という表現もできる。
サインのほかに12のハウスと言われる別の区分、さらにはそこを運行する太陽をはじめとする各天体にもそれぞれにキーワードが決まっていて、占い師はそういった天体の位置と角度の組み合わせから読み解く。性格だけではなく、その日の運勢や会社の誕生などもこの要領で行う。
とても興味深いのは、それぞれのキーワードがひとつずつではないことだ。例えば……
海王星のキーワード:幻想、液体、芸術、あいまいさ、引退した人、石油【2】
サインの魚座(双魚宮)のキーワード:浄化、共感、同情心、犠牲的、繊細、感受性、インスピレーション、芸術、神秘、非現実的、混乱【3】
Ⅵの家(ハウス)のキーワード:健康、病気、人生の争い、衛生、衣服、苦しみごと、奉公人、敵とみなされる者【4】
診断の翻訳に差が出るのはもちろんだが、そもそもの各キーワードからして抜粋しただけでもこんなに多く、当然ここにも翻訳の差はある。ばしっと決まる一言はないのだ。(私もひとつのことを説明するのに、よりニュアンスを伝えたくてたくさんの単語を使いがちだが、もしかしたらそれと近いのかもしれない)
もう1歩突き詰めるとすると、このたくさんのキーワード群は天体やハウスに割り振られた「属性」から編み出されている。属性については、今でも占星術の法典とされている紀元後2世紀に書かれた占星術のテキスト『テトラビブロス』によってまとめられており、今はそこの解釈から読み解くことは少なそうだが、ここにも規則的とはいえ大変細かい要素が詰まっている。ちなみに各天体の分類における基礎要素は「湿・乾、熱・冷」の2ペアである。ここから「乾冷は、ものを分かつ悪い気」「熱湿は、ものをまとめる良い気」といった考え方で吉凶と結びつけているそうだ。また、「湿は女性が持つものだから月と金星も女性的」「水星は乾気も寒気も有するので両性」などと性別を決めている。
それより前のバビロニアの時代には惑星の色と明るさと動き方と、まだまだ材料は少なかった。そして神話が大いに関係していた。
文字に記録するより語り継ぐ方が伝わりやすいことから、地上の出来事も織り込みながら神話はつくられる。そのなかで地上の神々が天上の星々に結びつけられ、天体現象は神のメッセージという世界観がつくられていった。美しい金星には愛の神で吉兆、や、残酷な色の火星は悪い神で凶兆、など、惑星にはキャラクターが生まれ、占いの材料ともなった。各惑星に神様の名前があてられているのはここからの影響だという。
また、牡羊や牡牛など特徴的なモチーフ自体の影響力は強く、当初はその名前に引っ張られた解釈もあったようだ。しかしやはり段々とずれに気づき、経験的要素が付け加えられていった。ちなみにその解釈があまりにもあれである。
牡牛座:顔が大きく、目が開いて、鼻が開いて、上半身が発達し、身体が大柄にできている。【5】
筆者が小学生の時はオカルトブームの残滓か、児童書にも占い本がたくさん溢れていて星座別の似合うコーディネートなども載っていた。現代でも雑誌の巻末にはざっくりした星占いは載っているし、ティーン向けの占い本を見ればトピックそのものにはさほど変化はない。少なくとも40年は変わらない部分はある。しかしより現代にフィットするような解釈や翻訳も生まれていて、着々とアップデートされていることに感銘を受ける。例えば石井ゆかりさんは吉凶で判断しない。また、幸福について聞かれた時、何座が一番かではなく、幸福の意味自体に注目し、星座別の幸福の形を書かれていたのには目から鱗だった。普通とされていたことが見直され、自分で考えることがより重要な現代において、各所に引っ張りだこなのも頷ける。
今後も時代の流れによってそれに合った解釈が生まれ続けるのだろう。なんやかんや言ってもオカルトはいつの時代も人気だが、占いはより寄り添うメッセージが求められるだろうし、幽体離脱さえ科学的に説明されるようになってきた今、オカルトに妖しさはもはや不要だという印象を抱く。(もちろん、それでも残る不思議さがまた良い、という考えもあるが)
実用的かどうかだったら迷いなくより最新の解釈を選びたい。ただ、それより少し前までの、あのもっとわからなかった時、もっと妖しさに収まっていた時に生まれた、ややもすると決めつけが強くきな臭い翻訳たちに想いを馳せる。本当か嘘かは根底では重要じゃない。あの感じはもう戻ってこない。
今回、あらためて歴史をおさらいし文献を読み込むなかで、勝手に抱いていた妖しいイメージがなくなる気がして、知ることが少し怖かった。だが実際は「こんなに複雑で壮大な文化なのに生まれてしまった足りてないことばたち」として理解が深まることにより愛も深まったのである!
最後にお気に入りの表現を紹介して終わろうと思う。
牡羊座 その性格はすべて羊からの連想で、臆病でやや愚か、ただなにかに驚くと急に角をふりたてて暴れる【6】
蟹座 蟹は木の葉などを爪ではさんでせっせと運ぶところから、大工や石工になるとされる【6】
魚座 当然漁師。魚釣りのときに、おとりをつかったりするから、魚座生まれは嘘つき 【6】
牡牛座 幼少の頃から、自分の求めるものをはっきりと自覚しています。おうし座特有ののろくさいやり方で、願望を達成します【7】
双子座 とかく、ディレッタントになりがちです。何をするにも、遊び半分です【8】
乙女座 食べ物や友人に対するえり好みの激しさも、顕著な特徴の1つです。要求が多すぎて、失望が絶えません。不幸な経験が重なるのは、このためです【9】
獅子座 ちょっと、あなたのことをほめてくれたり、やさしくしてくれたりすると、すぐにすてきな人だなと思いこんでしまいがち【10】
天秤座 あんまり多くのBFとつきあっているうちに、自分が本当に好きな相手がだれなのかわからなくなってしまうことも【11】
射手座 いて座はキラキラ光るものがラッキー。かわいいミニボトルにスパンコールをいれてペンダントに【12】
山羊座 かしこいけれど、つめたい性格。おせじも、決して通じない【13】
蠍座 弱虫いじめが大すき。いつもチャンスをねらっている。【14】
「…それから金天が金牛宮に変る。すると蹴り癖のある男と牛飼と食ふことしか考へないやうな人々が生れる。双子宮の下では二頭立の馬車馬と同じ軛をかけられた二頭の牡牛と放蕩者と裏切人が生れる。私は巨蟹宮で生れました。それ故私は多くの足で確固と立ち、海にも陸にも財産がある。蟹はそのどちらにも住めますから。…」【15】
引用:
【1】天沼春樹/水月ルツ著『魔法世界への旅』(東京書籍、2003年)p.89
【2】同書 p.69
【3】同書 p.68
【4】ポール・クーデル著『占星術』(白水社、1973年)p.55
【5】中山茂著『西洋占星術』(講談社現代新書、1992年)p.91 ※占星術本来の単純な解釈として参照
【6】同書 p.91
【7】高木 優彰監修、アリス・M・キン訳『ゾラー 星占い入門 あなた自身をあなたが占う』(鶴書房、1970年)p.126
【8】同書 p.128
【9】同書 p.134
【10】結城モイラ著『愛の星うらない』(小学館、1982年)p.44
【11】同書 p.56
【12】同書 p.129
【13】マルカム・バード作/絵、岡部史訳『魔女図鑑 魔女になるための11のレッスン』(金の星社、1992年)p.38
【14】同書 p.39
【15】矢島文夫著『占星術の起源』(ちくま学芸文庫、2000年)p.112 ※紀元前2〜3世紀の小説「Saturae」の一節
参考:
天沼春樹/水月ルツ著『魔法世界への旅』(東京書籍、2003年)
ポール・クーデル著『占星術』(白水社、1973年)
中山茂著『西洋占星術』(講談社現代新書、1992年)
高木優彰監修、アリス・M・キン訳「ゾラー 星占い入門 あなた自身をあなたが占う」(鶴書房、1970年)
結城モイラ著『愛の星うらない』(小学館、1982年)
マルカム・バード作/絵、岡部史訳『魔女図鑑 魔女になるための11のレッスン』(金の星社、1992年)
矢島文夫著『占星術の起源』(ちくま学芸文庫、2000年)
石井ゆかり著『星占いマルジナリア』(インプレス、2015年、電子書籍)
平塚梨沙 / Risa Hiratsuka[キャンドル作家]
1986年、東京の郊外生まれ、双子座。「OLGA-goosecandle-」という自身のキャンドルブランドを通じて作品を発表している。→Instagram @goose_hag