うだつのあがらない会社員、もとい古民家の“うだつ”をしばし眺めてしまう都市鑑賞癖のあるmakesと申します。何気ない都市部の住宅街もフォーカス次第で面白い発見があるものです。今回の「わたしの在野研究」は、私が都市徘徊中に気になっている「あるモノ」について書いてみようと思います。
ビルトイン地蔵尊。
聞き慣れない言葉だと思います。完全な造語です。ビルトイン【built-in】ーー造りつけやあらかじめ組み込まれている設備など建築や施工で使われている用語を借用しました。道端にあるべき延命地蔵尊など※が建物や外壁に組み込まれている様を見るにつけ、「これはすごい」と思わず(勢いだけで)、「ビルトイン地蔵尊」と名づけてしまいました。(※宗派・様式などは問わず、語呂の良さで「地蔵尊」としていますが、収納されている祠を総称して「ビルトイン地蔵尊」と呼んでいます)
説明よりもまずは写真を見てもらうほうが手っ取り早いと思います。
どうですか? この収納されっぷり。建物に組み込まれている聖地・聖域。大阪・京都にお住まいの方やよく訪れる方は、「あっ、アレか!」と膝を打つかもしれません。私は散歩の速度でも見逃してしまうレベルの収納された「ビルトイン地蔵尊」を見つけると、興奮しつつ撮影してしまいます。見事な収納物件は惚れ惚れします。
完全に外壁や建物に組み込まれた「ビルトイン地蔵尊」のほかにも、類例として建物の軒下に設置されている「敷地イン地蔵尊」、建物と建物の境界線上に組み込まれた「隙間イン地蔵尊」、コンクリートの壁(擁壁)に備えられた「地盤イン地蔵尊」、崖などを削り祀られた「岩盤イン地蔵尊」、木のうろに祀られている「神木イン地蔵尊」などがあります。
Twitter上で「#ビルトイン地蔵尊選手権」と検索していただけると、各アカウントそれぞれの目線による「ビルトイン地蔵尊」投稿が見れますので、ぜひご覧ください。ハイレベルな収納物件が投稿されています。
さて、なぜ、このような形態になったのでしょうか。いわゆる「軒切り」と呼ばれる、近世から近代にかけて大阪や京都などで行われた都市の(再)整備・整理と無関係ではないでしょう。
「軒切り」とは、道路上空に迫り出した町家の軒をセットバックさせるとともに、路上に置かれた残置物を一掃し路幅を元の状態に戻す、あるいは拡幅させる道路整理事業のこと。この都市整備事業により、道端にあった地蔵尊が敷地インに、あるいはビルトインにという聖地移動、お引っ越しが起こったのでしょう。一方、建物は、町家や長屋からマンションなどに更新されながらも「敷地イン地蔵尊」や「ビルトイン地蔵尊」として軒下や建物に取り込まれ、現在にも引き継がれていると思われます。
都市の発展・更新の歴史とも密接に関わりがあるため、詳細については更なる調査として、文献にあたったり、「ビルトイン地蔵尊」所有者への聞き取りを行ったりする必要があります。
最後に、大阪梅田にある「北向地蔵尊」を見てみましょう。
これは1966年〜1969年に行われた阪急梅田駅の拡張・再開発にて、現在地・阪急三番街地蔵横丁に移設されたものです。京阪神住まいの方々には馴染み深い風景ではありますが、どうですか?
ターミナル駅の施設という巨大な視点で見ると……、見事に収納されているビルトイン物件に見えてきませんか? 「ビルトイン地蔵尊」は、聖地・聖域であり、都市の歴史に刻まれた年輪でもあると言えるかもしれません。
makes no sense
it makes no sense at all.
イケフェス大阪(生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪)ボランティアNo.3。鉄窓花書房非常勤メンバー。Twitterでの #ビルトイン地蔵尊選手権 #かっこいい庁舎選手権 など。
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