2024年春、音楽家の日野浩志郎(ひの・こうしろう)と詩人・池田昇太郎(いけだ・しょうたろう)による、音と声の表現を探る3カ年プロジェクト「歌と逆に。歌に。」がスタートした。本プロジェクトにおけるキーパーソンであり、重要なテーマとなるのが、1903年に大阪で生まれ、戦前から戦後にかけて大阪の風景や土地の人々を眼差してきた詩人・小野十三郎(おの・とおざぶろう)とその詩作だ。本記事では、プロジェクトの制作プロセスを参考文献とともに綴る。
大阪の明治期あたりの地図を見ると新今宮・天王寺以南は郊外なんですよね。市電も通って、江戸期の寺内町とその周りの各村から近代化を経て都市化した頃。 釜ヶ崎や飛田新地、集約墓地があの辺りにあるのも市街地の中心部となった千日前からスラムと色街と墓地を周縁に移設した側面もある。小野自身も難波の芸妓の家に生まれて、阿倍野に住んで、そこから工場地帯や下町に通っていた。
——池田昇太郎 Discord「制作ノート」コメント(2024.03.30)より引用
小野十三郎の詩集のなかには、小野が徴用された「藤永田造船所」、その近くに流れる「住吉川」、そしてその一帯を指す「北加賀屋」など、大阪の具体的な土地や川、企業などの名前が出てくる。それら固有名詞をひとまず拾い集めて、Googleマップにピンを立て落とし込んでいくことで、小野が見ていた大阪を、なんとなく現在の大阪につかむことはできないか。小野を自分たちに引き寄せて考える方法を模索していった。ピンは、大阪の市内ではあるが中心地(現在の梅田や中之島、本町、難波)よりもその周縁にある工業地帯、あるいは阿倍野以南の今宮や帝塚山といったエリアに置かれていった。
大阪市は、1889年に施行されて以降、大きく3回の市域拡大を経て(1897年・1925年・1955年)、現在のかたちになっている【1】。小野は大阪というまちが都市へと変わりゆく期間をここで過ごし(拠点を東京に移した1921〜1933年をのぞく)、その風景や事象を受けて詩がつくられた。そう考えると、現在私たちが見ている大阪の風景に残る、約100年の時間を逆算し、目の前に想像するような感性や視点が必要となる。
「造船所までどうやって移動していたのだろう。この道が通勤路かもしれない」
「今、地面の下にちょろちょとと流れている川は、昔はもっと自然的な川だったのでは」
「ここにも葦(あし)原が広がっていたのだろうか。そもそも同じ葦なのか」
エッセイ集『大阪 ー昨日・今日・明日ー』で小野は、自身が詩に描いた大阪を「葦の地方」と呼んでいた。満州事変(1931年)から太平洋戦争(1941〜1945年)前夜の時代、大阪の周縁部に重工業地帯とともに広がっていた大葦原の風景。その“非情さ”に眼をとめた詩の数々。そこにあるのは風景だけではない、と小野は語っている。戦時下で苦しい生活を余儀なくされる市民の労働の場所であり、生活の場所でもあったはずだと。
小野が詩に用いる「葦」とは、なんだったのだろう。当然ながら、単なる風景・植物の名称とは異なるものがここに込められている。私たちは実際に、小野の言う「葦の地方」へと繰り出してみた。北加賀屋の工場地帯、住吉川周辺、そして現在も小さな湿地に葦原の残る天下茶屋など。各地でのフィールドワークが、新たな言葉、新たな作品をつむぐためのきっかけとなっていった。
<小野における寂しさについて> 小野のみならず、詩人にとって感情や情緒を直接的に表現することは躊躇われることだが、小野にとって「寂しさ」だけは例外のようで、「寂莫」や「うら寂しい」のように直接形容される。「悲しい」とは書かれないが、「もの哀しさ」は通底していて、砂利道を一歩踏めば音を立てるように、大きなものの前で、そこら中に蠢く暗くて、小さな情景の、寂しさと哀しさを小野は吐露する。
(中略)
大阪という街は「孤独」というセンチメントを知らない。あるのは「哀しさ」。東京の街を真夜中に一人歩いているとなんとも地上で独りきりであるような、痛切な孤独に感じ入ることがある。大阪で同じようにしてみてもあるのは「哀しみ」が残るだけ。なんだか寂しくて憂う時も悲しみに暮れてみても、挙句「哀しい」ことがおかしみに変わってしまう。孤独のような都会的な、しみじみとした情緒は微塵もない。松本には松本の、島根には島根の、人間がただ一人いることに対して、土地が強いる「寂しさ」の位相というものがきっとある。
——池田昇太郎 Discord「制作ノート」コメント(2024.04.03)より引用
公演日時:
①8月16日(金)19:30-
②8月17日(土)14:30-
③8月17日(土)19:30-
④8月18日(日)14:30-
※開場は各開演の30分前を予定
会場:クリエイティブセンター大阪内 Black Chamber
料金:一般=4,000円、U25=3,000円、当日=5,000円
チケット取扱い:ZAIKOイベントページにて
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作曲:日野浩志郎
詩・構成:池田昇太郎
出演:池田昇太郎、坂井遥香、白丸たくト、田上敦巳、谷口かんな、中川裕貴、日野浩志郎
舞台監督:小林勇陽
音響:西川文章
照明:中山奈美
美術:LOYALTY FLOWERS
録音・フィールドレコーディング音源提供:東岳志
宣伝美術:大槻智央
宣伝写真:Katja Stuke & Oliver Sieber、Richard James Dunn
宣伝・記録編集:永江大
記録映像:Nishi Junnosuke
記録写真:井上嘉和、Richard James Dunn
制作:伴朱音
主催:株式会社鳥友会、日野浩志郎
共催:一般財団法人 おおさか創造千島財団「KCVセレクション」
助成:大阪市助成事業、全国税理士共栄会
メディアパートナー:paperC
協力:大阪文学学校、エル・ライブラリー