カイ・T・エリクソン『そこにすべてがあった バッファロー・クリーク洪水と集合的トラウマの社会学』が夕書房より8月に刊行された。
訳者は宮前良平、大門大朗、高原耕平の3人で、大阪大学大学院で災害学をともに学んだ研究者。版元によると、訳者が「被災地で活動する中で、非当事者としてのかかわりに悩んでいたとき本書に出会」ったという。本研究書は、共同体が把持していた「共同性(つながり)communality」が失われることによる被災地の「集合的トラウマ」の輪郭を描き出した古典として名高い。
1972年にアメリカ・ウエストヴァージニア州の炭鉱町バッファロー・クリークで発生したダムの決壊による洪水被災者の心の変化に社会学の視点から迫った本書。「集合的トラウマ」を考えるにあたり、地域の歴史文化、コミュニティや隣人関係を理解するため、バッファロー・クリークが属するアパラチア地方の特異性や当事者たちの歴史について多くの紙幅を割いて著者は記述している。
一方、災害一般の構造を理解するために、社会科学におけるほかの災害研究も適宜比較・参照されている。唯一無二の出来事としての災害、一般的な出来事としての災害をとらえる社会学者の2つの視座が「本書の中で、布地に現れては消える縦糸と横糸のように溶け合って存在している」。
バッファロー・クリークの物語は人類に共通して生じる反応を詳らかにし、そのことで多様な災害現場へと通じる窓となったのである。
引用:本書「第二版に寄せて」(P315)
本書出版元の夕書房・高松夕佳さんのコメント
夕書房を立ち上げて4年。丹精込めてつくった本も、なかなかマスに届けるところまではいかず、忸怩たる想いが常にありました。しかし、本書の訳者たちが50年前の異国の本を通して、いま自分たちに必要なことに気づき、それを実際に役立てている様子を見て、本を出版することへの希望を感じました。紙の本は、いま読まれなくても、時代を超えていつか必要な人に届く可能性がある。実際に、若い研究者らが勉強会を重ね、自発的に訳しているという事実にも勇気をもらいました。
原書を読むと、収められている被災者の証言が東日本大震災の被災者のものと重なって見えましたし、洪水を引き起こした社会構造には、水俣や福島にも近いものを感じました。災害によるトラウマだけでなく、わたしたちの社会にもある実に多くのテーマが含まれていたことも、夕書房で出版したいと思えた要因です。また、原書は専門書ですが、専門外のわたしが読んでも読みものとして十分面白い。一般の人が災害被災者のことを理解する上で、とても良いテキストになると考え、多くの人に手にとってもらえるような本へと仕立てました。
『そこにすべてがあった バッファロー・クリーク洪水と集合的トラウマの社会学』
著者:カイ・T・エリクソン
訳者:宮前良平、大門大朗、高原耕平
デザイン:川名潤
装画:竹田嘉文
出版社:夕書房
出版年:2021年
価格:2,400円+税
著者
カイ・T・エリクソン / Kai T. Erikson
アメリカの社会学者。1931年生。マーシャル諸島での核実験やスリーマイル島原子力発電所事故、エクソンヴァルディーズ号原油流出事故など、人的災害研究の第一人者として知られる。著書に『あぶれピューリタン 逸脱の社会学』(村上直之・岩田強訳、現代人文社)。
訳者
宮前良平 / Ryohei Miyamae
1991年生。大阪大学大学院人間科学研究科助教ほか。専門は災害心理学、グループ・ダイナミックス。著書に『復興のための記憶論—野田村被災写真返却お茶会のエスノグラフィー』(大阪大学出版会)。
大門大朗 / Hiroaki Daimon
1991年生。京都大学防災研究所特別研究員、デラウェア大学災害研究センター客員研究員ほか。専門はグループ・ダイナミックス。
高原耕平 / Kohei Takahara
1983年生。人と防災未来センター主任研究員。専門は臨床哲学。兵庫県下の「震災学習」および減災システム社会の技術論を研究。