大阪で生まれたスニーカーブランド・blueoverの10周年を記念して、「靴やそれにまつわること」をテーマにしたWeb連載企画「仰く/AONOKU」がはじまった。blueoverは、国内生産にこだわったブランドで、大阪に本社を置くBATONが運営している。企画をスタートさせた、同社のプロダクトデザイン・グラフィックデザインを手がけてきたデザイナーの一野篤氏は、「コロナ禍の影響もあり、ブランドとして運営し続けるのが困難な状況もあって。これからの10年を見据えたとき、どうしていきたいかを代表の渡利仁と話すうちに、この企画にたどり着きました」と語る。
blueoverの靴づくりの特徴は、色や形などデザインの工夫だけでなく、日本のものづくりの環境を守るために、町工場と継続的な関係を築こうとする姿勢にある。ユーザーも、靴の購入を通じてそうした環境の支援に参加していることになるが、一方でなかなかその循環はブランドの価値として伝わりにくい。独自の取り組みを広く届けたいという想いが、仰く/AONOKUの背景にあるという。
「仰く/AONOKU」とは
【仰く(あおのく)】
あおむきになる。上を向く。見上げる。2021年、晴れて10周年を迎えたスニーカーブランドblueoverが、靴作りの原点に立ち返り、これから先の10年を見据えるための企画「仰く/AONOKU」。
「仰く」では、毎回異なる書き手に、「靴やそれにまつわること」をテーマにした作品の執筆を依頼します。それは小説であったり、エッセイや日記であったり、ときには詩であるかもしれません。
靴は、様々な意匠の凝らされた趣向品であると同時に、人が移動するための一番小さな乗り物であり、日常ではあまり意識することのない道具でもあります。
そんな「靴」が私たちの生活にもたらす体験や想像力について知ること。それが靴作りのための次の一歩であるなら、言葉の力を借りて、この先を想像してみたくなりました。
様々な書き手が「靴」をきっかけに何を思うのか。どうぞ「仰く」で生まれる言葉をお楽しみください。(「仰く/AONOKU」Webサイトより引用)
企画の第1弾として2022年3月8日(火)に公開されたのは、演劇ユニット「ウンゲツィーファ」主宰の本橋龍氏が寄せた文章だ。「らっかせい」と題されたその小説では、フィクションと現実の間のような男子高校生のエピソード、2021年に奈良で上演された『ラバーソールズ』という演劇作品(一野氏も「郵便配達夫」役で出演した)、この文章を依頼されたときの本橋氏の心持ちとが交差し、展開する。
ボールを空高くに投げキャッチするゲームに興じる男子高校生たちの青春、くるぶしキッカーズというバンド名、Webサイトのキーカラーとなっている目の覚めるような青色、それらが、ノスタルジーと名づけられそうな感覚(谷川俊太郎のいうところの、「空の青さをみつめていると 私に帰るところがあるような気がする」のような感情といえばよいだろうか)を連れてくる。
奈良駅からやすらぎの道をすこし歩いた先の、空き地のような場所で行われた『ラバーソールズ』を観劇した記憶も蘇る。本作では、靴底の跡の形状が架空の町の地図に見立てられ、そのなかで人々の手紙のやりとりなど、感情が交差する劇世界が描かれた。文章中では、空を仰ぐことと地面を見つめることの両方がぽつりぽつりと語られていく。このテキストが誕生した背景には、blueoverの製品や生産へのこだわりはもちろん、同ブランドが目指す“スニーカー”の佇まいについて、本橋氏と一野氏がお互いのイメージをすり合わせていったプロセスがあったという。
また、「らっかせい」には、写真家の中村寛史氏による作品も付されている。一野氏は「雑誌や広告などのクライアントワークも行う中村さんですが、もう一方で制作している、人やまちのふとした瞬間をとらえる作品と、そのまなざしがが面白い」と話す。執筆者と同様に、仰く/AONOKUに呼応する表現として、今後もすべての連載記事に作品提供を依頼しているそうだ。
ちなみに第1弾に提供された写真は、東京のとあるまちの改札口で撮影したというスナップで、写っているのはたまたまそこにいた人だとか。「背を向けた女性にはなんだか不思議な存在感があって、この写真と並ぶことによって、文章のまた違うとらえ方ができそうだなと思いました」と一野氏。執筆者の文章も中村氏の写真も、お互いにどんな作品に仕上がるかを知らずに創作され、Webサイト上ではじめて出会う。「絵本の挿絵のように相補的な関係ではなく、解釈に一歩ズレや飛躍が起こるような効果が生まれたら、面白いんじゃないかなと考えています」と一野氏は加えてくれた。
「靴って何だろう」「靴は僕たちにどんな体験や想像力をもたらしているだろう」といった素朴な問いの答えを、いろいろな書き手の目を通して導きたいという想いからはじまった仰く/AONOKU。企画で得られた発想を、これからの靴づくりに生かしていくという目標のもと、演劇や小説、エッセイを入り口として、まだblueoverを知らない人にもブランドの魅力を周知していく。「僕にとって、目を閉じて思い浮かべるスニーカーはblueoverの靴。この後も文筆家だけでなく、多様な書き手とのコラボレーションを考えています。幅広い分野で活動する方々の新鮮な視座を通して、スニーカーに向き合ってみたいですね」と一野氏。第2弾には、元シャムキャッツで、現在はソロプロジェクト・Summer Eyeとして活動する夏目知幸氏が登場する予定だそうだ。靴を多彩な文章によって味わい、またその存在に思いを馳せるきっかけとして、仰く/AONOKUはユニークな体験をもたらしてくれるだろう。