ユニークな仮面、ポップな刺繍布、赤やイエローにペイントされたドクロ。ラテンアメリカの手工芸品はその色使いと形が特徴的で、造形物として好きな人も多いだろう。そんな私も、雑貨店で購入したメキシコ合衆国産のキリスト像やフリーダ・カーロのイラストなどをインテリアとして楽しんでいるひとりだ。
国立民族学博物館(以下、みんぱく)で、2023年3月9日(木)〜5月30日(火)の間、特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」が開催されている。会期中には講座も行われ、3月18日(土)に開かれた、みんぱくゼミナール「民衆芸術——ラテンアメリカの人びとの創造力と批判力」に足を運んだ。本展の実行委員長である鈴木紀氏(国立民族学博物館教授)が登壇し、展覧会のねらいと見どころを語る機会だ。
ラテンアメリカという地域は、メキシコ合衆国以南の国々やカリブ海の島々で、具体的にはメキシコ合衆国、ペルー、ジャマイカ、アルゼンチンなどを指す。歴史的背景でいうと、ラテン系の言語(スペイン、ポルトガル、フランス語)を話す人々が、植民地を築いた地域のことだ。この地域に住み暮らす人々の手仕事による洗練された手工芸品は、「民衆芸術(アルテ・ポプラル)」と呼ばれ、国際的にも注目を集めている。
鈴木氏はメキシコ合衆国を中心に、ラテンアメリカの研究を行ってきた人物だ。世界の民族を対象にフィールドワークを主体とした研究手法である文化人類学の専門家で、メキシコ合衆国のマヤ民族の住込調査や文化的な開発援助などにも携わってきた。ゼミナールのなかで、同氏は「一見、おもちゃ箱のような鮮やかな展示ですが、すべての作品には歴史的な背景も含めて、人々の主張が込められています。ラテンアメリカの文化を知ることで、日本という自国の文化にあらためて気づき、考え直す機会にしてもらえたら嬉しい」と話した。
鈴木氏が説明するに、ラテンアメリカの民衆芸術は歴史的な分岐点で大きく2つに分けられるという。それは1500年頃から起こった、コロンブスによる大航海時代の前後だ。植民地化される前とされた後といってもいいだろう。マヤ・アステカ文明などを代表とする先住民による独自の文化が築かれてきた場所に、植民地化後はヨーロッパ文化がなだれ込み、混ざり合い、多様に発展してきた。これらの複雑な文化的背景が、ユニークな造形表現の元になっている。
展示数は、約400点。これらの手工芸品の用途は、儀礼用品、実用品、娯楽用品など多岐にわたる。そして陶器、木彫り、仮面、織物、版画などその種類もさまざまだ。「ラテンアメリカの手工芸品が、“民衆芸術”として発展したきっかけは、1920年代からメキシコ合衆国で
民衆芸術は、1970年以降〜現代になると、政治や社会に意見を表すツールとして生かされはじめた。世界の人びとがチリの民主化を支援するために購入した「アルピジェラ」は、麻布にアップリケを施したかわいらしいものだが、よくよく見ると内容は重たい。内戦による暴力や抵抗の記録、さまざまな政治腐敗に対して市民が抵抗する様子が描かれている。言葉にせずとも作品を通して伝える。これも文化や芸術のなせる役割なのだろう。民衆芸術は、伝統工芸ではない。日本でいう民藝運動とも異なる。時代に応じて絶えず変わっていく表現でもあるのだ。
隣り合っているとは言えども、各国によって作風も文化的背景も異なる。「ラテンアメリカ」とまとめてしまうのは広くもあるのかもしれないが、だからといってひとつの国を取り出して、それだけで語るには足りない。そのくらい密接に影響し合いながら、多様な文化を生み出してきたことがうかがえる。海に囲まれて、植民地化の歴史もない日本には見られない発展の仕方だろう。
「私たちはまさに今、多様性社会のなかにいます。世界の多様な広がりを感じることは、将来を見渡すためのヒントになるはずです」と鈴木氏は締めくくった。アートや造形は楽しむためにあるが、それだけではもったいない。手にしているポップな手工芸品を、他文化へ理解を深めるひとつのきっかけにしてみたい。
みんぱくゼミナール「民衆芸術――ラテンアメリカの人びとの創造力と批判力」
日時:2023年3月18日(土)13:30~15:00
会場:国立民族学博物館 本館2階 第4セミナー室 ほか
会期:2023年3月9日(木)~5月30日(火)
会場:国立民族学博物館 特別展示館
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:水曜(ただし、5月3日[水・祝]は開館、8日[月]は休館)
観覧料:一般880円、大学生450円、高校生以下無料
主催:国立民族学博物館
※作品は一部を除き国立民族学博物館蔵