『FaceTime』2号目に参加してほしいと言われたのは、昨年12月のことだ。LVDB BOOKS店主の上林翼くんから電話があり、その後にタラウマラのマリヲくんから依頼のメールをもらった。今年の2月に入ってなんとか原稿を提出し、レイアウトを経て完成したのが3月11日(土)。それから1ヵ月弱、電車のなかや待ち時間に少しずつ読み進めている。
『FaceTime』は、大阪・淡路にあるサイクルショップ・タラウマラが発行する季刊ZINEで、書かれた文字からその人の顔が浮かび上がるようなZINEをつくりたいと、2021年秋に創刊された。複数の執筆者がそれぞれエッセイやコラム、小説など、さまざまに綴っている。
企画したのは、店主の土井政司さんと、ラッパーのマリヲくん。ふたりが営むタラウマラには、自転車だけではなく本やCD・レコードを売る棚がある。そこには自分たちの身近なアーティストやDJ、ZINEや服をつくっている人たちの作品が並んでいて、自転車の修理に来るだけではなく、本屋やレコード屋のようにふらっと訪れることのできる余白があって気持ちいい。
彼らがサイクルショップと名乗るのも理由がある。「サイクル」は自転車のこともあるが、淡路という小さなまちの「営みの循環をつくること」だと土井さんは言っていた。単に経済を回すだけでなく、自分たちが信じられる人やもの、情報も含めいろいろなものがこの場所で交差し、また外へと飛び出しては別の顔や形をして戻ってくる、そんなお店のあり方を理想としている。
『FaceTime』の2号目は、14人の書き手が思い思いにテキストを書いている。
たとえば、この号をつくるきっかけとなったという、小野晴信さんの「ぼくは川のように話す」。吃音という言葉を知らなかった小学1年生のとき、友だちから言われた言葉や授業中に発言しないといけなかったつらさ、同名の児童書を読んで自身の話し方を発見したときの感動を実際の原稿用紙に書き殴っている。文字のかたちと言葉の抑揚が文体として現れている玉稿だ。
また、エム・レコードの江村幸紀さんは「ヨシ・ワダと対話する方法」と題し、昨年逝去したサウンドアーティスト、ヨシ・ワダの残した音源や資料、楽器の編成を頼りに、作家本人の聴きたかった音、意図を体感するための方法論について触れる。本メディアのインタビューでも、現代の配信環境をふまえ「スーパーフラットの世界に起伏をつけるなら、自分で勉強して聞くしかないわけ。」と語っていたが、その思考の実践となるテキストだ。
自分の原稿はどうか判断つかないが、それぞれが、対象となるものごと・自身の内面と向き合うなかで文体が立ち上がっていき、後から日記や小説やエッセイといった手法が追いついていくような、テキストの必然性がある。自分の「顔」を選べないのと同様に、言葉づかいやリズム、トーンといったものの総体となる「文体」も固有のものがあるのかもしれない。『FaceTime』をパラパラと読むだけでも人間のバラバラさにほっとする部分がある。
別のメディアの取材で、土井さんにインタビューを行ったことがある。そのとき聞いたのは、淡路というまちをどう見ているか、地元の人たちのこと、自転車でこそ見える景色についてなど。
話を聞く横で、マリヲくんはせっせと接客をしているのだが、ふらっと自転車でやってきたおっちゃんと、いつの間にか世間話をはじめていて、そのすぐ後に来たおばちゃんからは、淡路を離れることになったから挨拶に来たのだと告げられていた。最後に来たおばちゃんは、喫茶店のモーニングに付いていたのだろう、ゆでたまごを何個も持ってきていて、それを受け取ったマリヲくんはいつも通りの感じで土井さんに渡し、僕にもお裾分けしてくれた。「ありがたいことに、毎日いろんな方から差し入れをいただくんですよ」とにこにこする土井さん。ここはお地蔵さんのような場所だなと思う。
もちろん、気持ちのいいことだけではない。土井さんは同じ笑顔で教えてくれる。「地元のおっちゃんが、別のところで買った自転車と部品を持ってきて『ちょっと取り付けてくれん? ものは自分で買ったしタダでいいやんな?』と言ってくることも(笑)。淡路の人は基本的に人との距離感が近い。そういうときは、なるべくやんわりいなしつつ、でもお金はしっかりもらうようにしています。なんでも向こうの要望を受け入れるわけじゃなくて、それを断るというのも個人店舗だからこそできること。」
マリヲくんのテキスト「へらずぐち」には、そんなタラウマラの日常が書かれていた。登場する人たちとの会話と様子をその場で書きつけていくような文体が素晴らしく、読みながらドキドキする。話のなかに出てきた、障害者施設の運営をされている全盲の落語家・福点さんは、一度お店の前でお見かけしたことがあり、その日も利用者のみなさんと歩いていた。マリヲくんは、彼らが通るとき、特に会話こそしないが挨拶はする、いつもそれが気持ちいいと綴っていて、その後にこんなことも書いている。「何も話せないとき、うまく話せるとき、逃げてしまうとき、一歩踏み込めるとき、そのときどきにくやしく、嬉しくなったりする気持ち、それを覚えておくというか、身体に入れたままにしておく、考えるに近い用意は、お互いの気持ちよさの助けになると思う」。
多様な文体=顔貌をひとつの本に綴じ、まるで知らなかったその人と出会うような『FaceTime』の試みは、日々いろんな言葉と出会うなか、石のように噛み砕けないまま身体に残っているものが、いつか使える道具になるんじゃないかという希望を持たせてくれる。文体を文体のままに読み、安易に文脈化しないというのは、この本の読み方のひとつだが、それはそのままタラウマラの日常と重なっている。
発売日:2022年3月1日
価格:1,000円(税別)
仕様:A5版 / 84ページ
発行:タマウラマ
編集:土井政司、細谷淳
装丁:silentnumeral
執筆者(敬称略):かとうさおり、佐川恭一、中三加子、金成亮尚、永江大、御子柴泰子、上林翼、小野晴信、マリヲ、江村仁太、江村幸紀、福住由布子、黒いオパール、DJ PATSAT