2025年9月、音楽家・坂本龍一の個展「sakamotocommon OSAKA」が盛況のグラングリーン大阪 VS.にて開催された、蓮沼執太キュレーションによる「HEAR HERE -GATHERING 2」。前回の東京都現代美術館につづき、坂本によるインスタレーション作品のなかで、蓮沼執太、小山田圭吾、灰野敬二、オオルタイチ、ハラサオリ、空間現代、小林七生らがパフォーマンスを行う。また、青葉市子、コムアイ、アルヴァ・ノトもレコーディング作品として参加。来場者は展示空間をうろうろしながら、思い思いの場所・時間に音やアーティスト、坂本の作品と出会う。この日のことを、画家・近藤さくらが日記形式で綴った。
5:00 AM
いつものように息子に起こされる。外は快晴。昨夜の台風が重苦しい湿気や街に蓄積した熱、その他もろもろを一気に吹き飛ばしてくれた。息がしやすい。身支度、ご飯を済ませたら、息子と遊びながら、隙をみて家事を少しずつ片付けていく。
11:00 AM
息子、お昼寝。2回目の洗濯物を干して、ひと息つく。熱いコーヒーを飲みながら、昨夜提出した原稿とイラストを見直す。
1:00 PM
冷蔵庫にあるもので、土日に息子が食べられるおかずを何品かつくっておく。にんじんとツナのしりしり、厚揚げ炒め、ウィンナー入りの野菜コンソメスープ(あとでシチューに味変可)など。自分の昼食を適当に済ませたあたりで、夫が起きてきた。夫がシャワーを浴びている間に簡単に荷造りをする。トートバッグひとつに収まった。まだまだ暑いし、動きやすいように、ガーゼ素材のたっぷりとした黒いワンピースをガバッと着る。おしゃれがしたくなったときのために、お気に入りのゴルチエのスカーフもカバンに突っ込んだ。身支度が終わった夫と交代して、わたしは家を出る。新幹線の事前予約も特にせず、到着時間も未定。気ままである。
3:00 PM
品川駅について、すぐに乗り継ぐことができる新幹線の切符を買って、大阪へ向かう。列車のスピードが上がっていって、建物が消え、景色が平坦になっていく。分刻みのスケジュールや息子の要求や日々のタスクから解放されていく身体、思考。家族との生活とピッタリとくっついていたあらゆる“わたし”が、少しずつぺりぺりと離れていく。シールみたいに。
6:00 PM
大阪到着。梅田あたりにとっておいたホテルにチェックインを済ませて、ちょっとひと息ついてからタクシーでVS.に向かう。
7:00 PM
会場に着くと、ちょうど小林七生氏の演奏が始まったところだった。急いで最前列脇のスピーカー前を陣取る。七生さんはいつものドラムやシンセサイザーではなく、金属製の巨大な装置と対峙していた。(その物体は、フランスのバシェ兄弟がつくった楽器であり、彫刻でもあるらしく、前回の大阪万博のときにも展示されていたことを後から知った。坂本龍一さんはリアルタイムで展示を見ていたという)まるで、鍼灸師が患者の身体を一つひとつ触診していくみたいに見えた。巨大な物体から様々な金属音が絶えず鳴り響く状況というのは、一見風変わりで、人によっては怖いと感じるかもしれないけれど、彼女の態度をよく見れば、それは必然であり、通常であるように感じる。そして、子どもは本当のことをよく見ている。わたしの隣にいた少女(推定5歳)も、最初は母の背中にくっついて覗いていたが、演奏が進むにつれてジリジリと前の方に移動していき、しまいにはひとり一番前で足を投げ出して夢中で見ていた。その背中に「そうだよね、そういう演奏だよね」と心のなかで声をかける。

演奏が終わり、あらためて会場を見渡す。天井がとても高い、照明は最小限、ガラスとコンクリート。無機質で都会的な印象。ステージはなく、直接床に楽器と音響設備が配置してある、会場のあちこちに。複数の場所で複数のプログラムが進行し、観客は気になる音がする方へ自由に移動するので、各所に大小さまざまな人だかりが生まれる。その様子は、静かで穏やかではあるけれど、能動的な活気が感じられた。
次の演奏場所を予想して、見たい位置を定めてあぐらを描いて待つ。すると、どこからか異国の街の喧騒が聞こえてくる。KOM_I氏の作品だ。忙しく車が行き交う音、働く人々の会話、そして“土地の空気”としか言いようのない音たち。わたしは目を閉じて、どこかわからないその街で生活する自分を空想する。(クラブでもライブハウスでも目を閉じて聴くのが好きだ。そのほうが、自分自身の魂のかたちがよくわかるし、音のかたちや色や動きがよく見えるから)不意に、澄んだ声のハミングが加わる。そののびやかな声から、彼女がとてもリラックスしていること、その街に身を委ねていることが伝わってくる。彼女と一緒に街を歩く、歩く、歩く。人間は、ついつい目で見えているものに“確かさ”のウェイトを置いてしまいがちだけど、それよりも遥かに多くの情報を音から受け取っている生き物であると、わたしは思う。
突然、ミニマルなギターの音。わたしは目を開ける。空間現代の演奏がはじまった。続いて控えめで燻銀なドラム、蠢動するベースが加わっていく。執拗に繰り返されるリズムと、そこから絶妙にズレたところに置かれていく音たち。(公園などにあるフェンスに絶妙なバランスで引っかかった紙屑や鳥虫の羽、枝葉の美しさを想像する)一定と思ったリズムが、次の瞬間には調和を乱して、また新たなラインが立ち上がり、それぞれがまるで別々の動きをしているように見えるけれど、耳と意識をずっと離れたところにもっていって眺めると確かに大きなひとつの流れがある。大きな川に浮かんで、いくつもの小さな渦に翻弄されながら、勢いよく海まで運ばれる気持ちよさったら。

音にマッサージされ、ほわほわの心のわたしはふらふらと坂本龍一氏の展示スペースへ。正直、坂本さんの美術作品ははじめての鑑賞だった。彼は、音楽や音をこよなく愛してはいるけれど、同時にどうしても埋まらない距離に言いようの無いさみしさを感じ続けていたんじゃないかしらと想像した。何かを愛したり、つくったりする人にとっては、大なり小なり抱く感情だと思うけれど、坂本さんはもっと理性的で、さみしさともみっちりと対話をしていて、とてもオープンな関係を築いているように見えた。そしてもうひとつ、音を取り巻く外側に気がまわってしまうが故に、自分が音そのものになりきる(音の化け物になる?)のではなくて、音があるべき状況や形式やメソッドを添えることで、自分の見たいものを表現しようとしていたのではないかなと、わたしは感じた。いずれにしろ、たっぷりのさみしさというのが、彼の作品の魅力のひとつなのかなと勝手に納得する。
わたしが展示作品と対面している間にも、ほかの演目が滑らかに進行していて、会場は躍動していた。あっちこっちで音が鳴り、それに誘われて人が集まる、留まる、分離する。その光景を眺めているうちに、自分の“本日の感受性”の容量がFULLになって、床に大の字になって、天井を眺める。ここは一段と天井が高い、そしてたくさんの四角い水槽が浮かんでいる。大きな部屋に音が反響している。オオルタイチ氏の明朗な声が心地よく広がっていく。

10:00 PM
今夜は会えなそうだと思っていた旧友が目の前に現れ、一気に安心が訪れる。うれしくなって、そのまま会場近くの串焼き屋につれて行ってもらい、お互いの近況報告をしたり、制作中の作品の話などを聞いてもらう。サワー2杯で、ほろ酔い気分になり、そのままタクシーを拾ってホテルまで体を運んでもらう。「今わたしはよく知らない街に居る。何通りかも、何丁目かもわからない」わたしは愉快な気持ちになる。魂が聳り立つ思いがする。
11:30 PM
無事にホテルに着いたわたしは、およそ2年ぶりにベッドの真んなかで朝まで眠った。
近藤さくら
1984年秋田県生まれ。多摩美術大学造形表現学部卒業。
生物やモノが持つ記憶、またはその容れ物である身体の形態が、時間を経て分解・発酵され元の状態から離れていく可変性をテーマに、身の回りの場景を様々な形態で記録・収集し、それらをカットアップすることで作品制作を行う。作品の形態は、ドローイングを中心に、映像、立体、インスタレーションなど多岐に渡る。
VS. 1st anniversary with sakamotocommon
“HEAR HERE -GATHERING 2”
Curated by Shuta Hasunuma開催日:2025年9月6日(土)
会場:VS. (グラングリーン大阪内)出演:蓮沼執太、小山田圭吾、灰野敬二、オオルタイチ、ハラサオリ、空間現代、小林七生
レコーディング参加:青葉市子、コムアイ、アルヴァ・ノト
【次回イベント情報】
2026年2月13日(金)、東京・渋谷で開催される「RADIO SAKAMOTO Uday」内にて、蓮沼執太キュレーションによる「HEAR HERE -GATHERING 3」が開催。イベント詳細は、主催Webサイトにて。
https://www.j-wave.co.jp/special/uday2026/蓮沼執太 presents「HEAR HERE -GATHERING 3」
日時:2026年2月13日(金)18:00開場
会場:duo MUSIC EXCHANGE出演:
D.A.N.
chihei hatakeyama
LAUSBUB
Abiu
miduno
蓮沼執太 + Cwondo + 野口文アートディレクション:小池アイ子



