大阪の西成区にある創造活動拠点「kioku手芸館 たんす」に通う高齢女性と、美術家の西尾美也との共同制作によるファッションブランド「NISHINARI YOSHIO」。世代や嗜好、文化を超えて、アートやファッション、手工芸を愛する人々の間で人気が広がっている。その初の試みとなるファッションショーが、2025年10月5日(日)に近隣の集会所で開催された。
2018年の立ち上げから7年半。手芸を介した継続的な関わり合いを通して、両者のコミュニケーションの予期せぬズレから斬新な表現が次々と生まれ、「作業着=日常を生きるための服」へと昇華させられてきた。今回のショーでは、最初期の服から現在進行形のプロジェクトのプロトタイプまで、個性あふれるメンバーが一針一針紡いできた軌跡をたどるアイテムが勢揃いした。

ファッションショーの舞台が設けられた山王集会所は、西成区山王エリアで暮らす人々にとって、町会の集まりや季節の行事などがひらかれる交流の場。歓楽街と住宅街の空気感がまじりあう汽水域に位置しており、関西の大動脈である阪神高速道路の高架下にある。集会所のグラウンドに設けられた客席に座ると、住民たちの足音や会話が無数に行き交ってきたことに思いが及ぶ。
舞台の中央に目を向けると、ゴールが撤去されたバスケットコートの内側に、手芸道具が並ぶ作業机と、手編みの円座カバーでくるまれた丸椅子が佇んでいる。地面に引かれた間取り図のような白線と、単管パイプの構造体から吊り下がる型紙や布地。その一つひとつを眺めていると、「たんす」の作業場の時空間が静かに心に立ち込めてくる。

開演とともに客席の後ろのスピーカーから、普段の作業場でレコーディングされた会話と環境音が流れ出し、リズミカルな電子音楽とリミックスされて、空間を満たしていく。「もうちょっと、しっかり見えたらいいのに……メガネを頼んでますねん」。その声の主であろう女性が、車いすを若者に押され、集会所の玄関からゆっくり登場し、作業机にたどり着いて繕いはじめる。
一人また一人と、メンバーが各々らしい振る舞いと装いで現れ、客席に微笑みながら舞台をぐるりと巡って丸椅子に腰をおろし、声をかけあいながら作業に取りかかる。穏やかな日常の創造的営みと、興奮を伴う非日常の表舞台の時間軸が撚りあわさり、ファッションショーが進んでいく。
美術家の名前の文字を並び替えると地名になる「NISHINARI YOSHIO」の服づくりは、その名のとおり、美術家と地域の人たちのアイデアの掛け合わせの妙が魅力だ。美術家から投げかけられるお題を起点に、メンバーそれぞれが日々の営みや記憶からアイデアを膨らませ、刺し子や鍵編み、刺繍など、やってみたい手法でやったことのない造形に挑戦していく。
「身近な人を想定し、その人を思いやる作業着をデザインする」「自分の人生を表す最後に着たい3着をデザインする」など、個々の身体に宿る記憶や人間模様を紐とくようなお題に、メンバーは悩みつつも、スタッフやメンバー同士で背中を押しあい、作業に没頭し、美術家との想定外の掛け違いから想像力を跳躍させる。
誰もが服づくりに携われる場が地域に定着してきた、そんな7年半の軌跡の静かな凄みが、22歳から94歳まで多世代のモデルたちの装いから醸し出されている。今回のファッションショーを機に、近隣の福祉施設の利用者もモデルにスカウトされ、「たんす」に通う高齢女性や留学生などのメンバーに混じって舞台を歩く。
立ち上げから8年目を迎えて、さらに歳を重ねたメンバーのなかには、介護施設に通ったり、心身の不調から「たんす」に通うことをためらう人も出てきたようだ。運営を担う松尾真由子さんによると、「ご本人やご家族が躊躇しても、介護施設のスタッフが、ここに来ることが大事なんだと言って、毎週送迎してくれる」とのこと。「たんす」に来ると、できないと感じていたハードルを少しずつ越えていく欲求が湧き出てくるそうだ。「いくつになっても成長できるんだと感じさせられる。これこそが社会のあり方になってほしい」。
ショーが終盤に差しかかる頃、誰かの背中をそっと押すような、日常の奇跡のやりとりがスピーカーから流れた。もうこれ以上、活動を続けられないと告げに来たメンバーの女性とスタッフが語り合っている。「目がほとんど見えんようになってきたから、申し訳ない……したいのは、やまやま。みなさんに迷惑がかかる」「来て話すだけでいいじゃないですか……私ら迷惑なんて一つも思ってないから。一緒にやりましょうよ」「……できるところまで、やらしてもらお」。
今回のファッションショーを通して、近隣の介護施設との連携をさらに広げるであろう「NISHINARI YOSHIO」は、ファッションブランドとして力強い展開を見せる一方で、これまで作業机の周りで交わされてきた無数のやりとりの軌跡が、未来における地域福祉のあり方を提案している。日常の創造的な営みが灯す命の輝きをまとったモデルたちは、四方の客席から拍手を浴びて、開放感と充実感、名づけえぬ感情で満ちている。芸術には、日々の忙しさや孤独のなかで見失いかけた命の瞬きを再び灯し、誰かへと伝播させていく力が確かにあるのかもしれない。
※ NISHINARI YOSHIO「いのち輝く未来社会のファッションショー」は、東京藝大「I LOVE YOU」プロジェクト、及び「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」の一環として実施した。本事業では、望まない孤独や孤立に対する解決策として、誰もが取り残されず社会に参加できる新たな芸術体験「文化的処方」となるアイデア・表現を研究開発する企画を学内で募集。アーティストの斬新な発想力を活かして、多様な人たちのつながりを育む取り組みが、2023年度から各地で実践されている。
https://kyoso.geidai.ac.jp/ily.html
西尾咲子 / Sakiko Nishio
東京藝術大学 共創拠点推進機構 特任研究員。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科アフリカ地域研究専攻にてケニアの同時代美術に関する実践的研究を行った後、京都芸術センター、京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA、奈良県立大学「実践型アートマネジメント人材育成プログラムCHISOU」、地域の芸術祭などで、アーティストと市民が学び合う領域横断的なアートプロジェクトのアートマネジメントや編集、アーカイヴに携わる。現職では、福祉・医療と連携したアートの社会的価値について調査研究を行う。
NISHINARI YOSHIO「いのち輝く未来社会のファッションショー」
日時:2025年10月5日(日)①13:30-14:00 ②15:30-16:00
会場:山王集会所(大阪市西成区山王2-10-24 阪神高速高架下)
*座席定員:各回45名(要申込/立ち見の場合は申込不要)プロデューサー:西尾美也
演出・構成:おかだゆみ
作曲・サウンドデザイン:Kani Ningen
音響スタッフ:菊池航
舞台監督:小林夢祈
ヘアメイク:田城尚美
制作:松尾真由子、高岩みのり、長谷川亮徳、田城照兜、堤悠、川本早花
記録:片山達貴、金サジ、小川美陽
ビジュアルデザイン:堤拓也主催:東京藝術大学西尾美也研究室
共催:一般社団法人brk collective
助成:東京藝大「I LOVE YOU」プロジェクト/共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点
協賛:タカラベルモント株式会社智崇院/特定非営利活動法人 和慧協力:大阪関西国際芸術祭実行委員会/NPO法人日越支援会/社会福祉法人山王みどり会/愛の家 小規模多機能型居宅介護 大阪松/山王訪問看護ステーション/NPO法人釜ヶ崎支援機構/山王連合振興町会
NISHINARI YOSHIO 公式ウェブサイト
https://nishinariyoshio.com/kioku手芸館 たんす 公式ウェブサイト
https://tansu.brk-collective.net