
2025年7月18日から9月20日にかけてケイト・ストラカンの個展「Draped Moments」が開催された。会場はSUCHSIZE。この場は「『アートとともにありのままに生きる』をキーワードに、自然の循環が人々にもたらす『モノ』を芸術分野から研究し、社会に伝えていくオープンアートラボ」である。ギャラリースペースは古民家を改装した空間内に設けられており、そこはかつて生活の場であったことによる積層する時間の記憶とオープンアートラボとしての現代の活動の積み重ねによる生きた時間・経験とが交錯する場となっている。一方で、陶を主体としたケイトの作品は、ドレープ状の層の重なりで時間の経過を表現したものが多く、陶による薄い層が危うさや破壊、崩壊に向かう瞬間のなかでの永遠性といったものを感じさせる。その点で、本展はSUCHSIZEの空間とケイトの作品の特質とが共鳴し、協奏するものとなっていた。


今回の展覧会に際してSUCHSIZEは「襤褸」が有する特性をケイトの作品に重ね合わせることでその制作の根幹部分を顕在化させようとした。キュレーションの方向性を示した展覧会のステイトメントには次のように書かれている。
民俗学者・田中忠三郎が収集した襤褸(ボロ)は、単なる継ぎはぎの布や古着という形式を超え、私たちに数世代にわたる家族のつながりや、幾度も刺し継がれた刺し手の身体性を喚起し、はかなくも力強い痕跡を宿しています。本夏展では、このボロのように、時間のはかなさと記憶の継承を表現するケイト・ストラカンの作品を紹介し、無常の世界におけるモノを遺す行為について考えてみたいと思います。
襤褸とは、主に東北などの寒冷地方で生活する農民たちが、古くなった布を継ぎ接ぎしたり刺し子を施したりして着物や布団などをつくったものをいう。当時、布は非常に高価で貴重なものであった。そのために傷んだり破れたりした布は、必要に迫られて縫い合わせたり縫い重ねたりしながら用いられた。そして世代を超えて伝えられていくなかで生活の時間が積み重なり、襤褸としてそこに生きる(生きた)人々の記憶が内在していったのである。ただし、実際にはケイトの仕事と襤褸には直接の関係はない。しかし達眼にも、ドレープ状の形態、割れやヒビ、パウダー状の土やいくつかの異なる素材を組み合わせながら時間を重層的に顕在化させるケイトの作品に襤褸のイメージを重ねたことで、時間・記憶・無常・モノというケイトの制作を考えるキーワードが浮かび上がることとなった。


ケイトはかつてインタビューのなかで「制作において、人間の経験の本質を、遺物や写本という形で捉えようと試みています」「重要なのは、作品の中に幾重にも重なる層です。それらは、木の年輪のように時間の経過を象徴しています。人生のはかなさを象徴するような、繊細な層で構成された陶の作品を守るため、蝋を施すエンコースティック技法、これらの遺物的な作品を保存しています」【1】と語っている。ケイトはこうした自身の作品を制作するうえでの原点を、故郷であるアメリカ・ペンシルバニア州のドイツ移民によるフラクタール写本にあると述べる。独特の装飾性を有するフラクタール体(ドイツ文字)で個人的な生死や信仰などを記したこれらの写本は、人間がこの世界に存在してきたことに対するひとつの証言である。ただし、ケイトの仕事は多くの人々を魅了するフラクタール写本の装飾性に由来するものではない。例えば、人間が誕生し、何かを支えとしながら生き、そして死ぬという事実を前にしてほかの誰かがその生と死の証言者としてあるために、さらにその記憶を未来に向けて紡ぎ続けていくために、これまでさまざまな人たちがフラクタール写本を用いてきたとするならば、ケイトの制作活動は、その事実に対しての応答からはじまっているのではないか。さらに、時間・記憶・無常・モノといったケイトの仕事を成立させる諸要素は、表現手法の核におく陶、つまり粘土を焼成して陶に変容させるというプロセスを含めてはじめて成立するものでもある。というのも、陶という存在には幾重もの「時間」が関係しており、ケイトの仕事におけるごく薄い土によるドレープとは、こうした複数の時間の層を丁寧に作品に折り込んでいく行為であると考えられるからである。

おそらく陶における「時間」についてもっともよく言及されるのが、土を焼成によって陶に変質させることにより、半永久的に永続する物質性が獲得できるということである。現在、世界最古のやきものとされるのが、チェコ共和国で発見された《ドルニーヴェストニツェのヴィーナス》と呼ばれる女性の小像で、制作時期は約2万8千年前だといわれている。また、日本では約1万6500万年前のものだとされる縄文土器が青森県の大平山元遺跡で発掘されている。これだけの長い時間を経過してもなおモノとしての形をとどめる物質としての陶の永続性が近年多くのアーティストを惹きつけており、一般的に「遺物」のイメージは陶のこの物質性に由来するといえる。一方で陶は一瞬にして割れて原形を消失してしまうものでもある。この永続性と破損(崩壊)との緊張関係が陶には含まれている。

ただし、陶における時間とはこのような直接的・物質的なものだけではない。例えば、素材となる粘土に含まれる時間。粘土は数千から数百万年前という地層から採掘されるが、日本でいえば、それらはかつて湖であった場所の底に風化した花崗岩が堆積し、水の流れやバクテリアの働きを通じて途方もなく長い年月をかけて分解されていったものである。つまり粘土(および粘土層)とは造形素材である前に、人類が目にしたこともないような太古の昔の光景をその存在を通じて想像させ、顕在化させてくれるものだといえる。その点において、モノ(遺物)としての時間軸が人間の身体感覚や経験内で認識できるものであるとするならば、非形象の粘土は人間のそれをはるかに超える時間軸を伴っている。

さらに、こうした長大な時間軸を内に含む粘土を陶に変容させる焼成という行為もまた、時間に対する人間の観念を大きく変容させる。というのも、粘土を焼成することは、過去、現在、未来へと一方向的に流れる時間のあり方とは異なる「時間」を提示することにもなるからである。やきものは「土を石に変える仕事である」と評される。確かに粘土を焼成して「石(陶)」に変容させることで、物質としての永続性が獲得される。一方で「土を石に変える」焼成は、本来岩石が風化し、数千から数百万年という時間をかけて粘土となっていく時間の流れをいわば人為的に反転させたものともとらえられる。さらに人間の経験を超えた大きな時間軸でものごとをとらえるならば、最終的にはものごとはすべてが崩壊に向かう様も想像できる。これらの視点において焼成という行為を再検証すると、焼成とは粘土という物質それ自体を土/陶という関係において変容させることで固有の時間軸を解体し、総体として永続性と崩壊とが共存する領域へと一瞬にして、人為的に、時間を進めさせるものだ。同時に、焼成によって陶という作品を制作することは、粘土に内在する長大な時間軸を「人間の経験の場」に置き直すことだということもできる。だからこそ、ケイトの薄く危ういドレープ状の陶の層は、そこに経験や記憶を折り込むことで「人生のはかなさの象徴」へと転換され得るのであり、人間の身体感覚や経験に根差した時間軸とそれらを超えたものとの間で見る者の意識を揺さぶるのである。

先に引用したようにケイトは「人間の経験の本質を遺物や写本という形で捉え」ることを試みているという。また「作品は単なる物ではなく、遺物のように異なる時間感覚への入口になり得る」【2】ともいう。そしてこれらの言葉は、繊細ではかないケイトの陶の仕事がなぜ強度ある表現となっているのかを示している。それは陶という存在を成立させる複雑かつ長大な時間の層がそのままケイトの作品を形づくる核になっていること、また、その作品がフラクタール写本のように自分たちの足元(大地)の上で幾世代にもわたって伝えられてきた先人たちの生きた足跡をみつめ、それらを記憶として紡いでいくための起点となっているからである。言い換えると、ケイトのいう「遺物」とは、単に「古い歴史を背負ったモノ」のことではなく、主体的に関わり合うことでそこに新たな意味を見出すことのできる「生きた現在」につながる過去のことである。その意味で、本展におけるケイトの作品は崩壊を示すような外見にもかかわらず、時間と記憶を手がかりに人間という存在における永遠性の在り処を問うていたように思われるのである。
大長智広 / Tomohiro Daicho
京都国立近代美術館主任研究員。2017年4月まで愛知県陶磁美術館学芸員。モノをつくる意味とモノがつくられる意味の両側面から近現代工芸全般を研究対象においてさまざまな展覧会を企画。京都国立近代美術館で企画した展覧会に「明治150年展 明治の日本画と工芸」(2018)、「川勝コレクション 鐘溪窯 陶工・河井寬次郎」(2019)、「人間国宝 森口邦彦 友禅/デザイン―交差する自由へのまなざし」(2020)、「モダンクラフトクロニクル―京都国立近代美術館コレクションより―」(2021)、「生誕100年 清水九兵衞/六兵衞」(2022)、「走泥社再考 前衛陶芸が生まれた時代」(2023)、「生誕120年 人間国宝 黒田辰秋―木と漆と螺鈿の旅―」(2024)、「きもののヒミツ 友禅のうまれるところ」(2025)がある。

SUCHSIZE 2025 summer「Draped Moments」
出展作家:Katie Strachan(ケイト・ストラカン)
会期:2025年7月18日(金)〜9月20日(土)のうちの金・土曜
※日〜木曜はアポイント制(SUCHSIZEのInstagram、Facebook、WebサイトにDM送信)会場:SUCHSIZE
時間:13:00〜18:00
料金:入場無料
主催:SUCHSIZE
助成:大阪市
関連イベント
レセプション
日時:7月19日(土)17:00〜19:00
会場:SUCHSIZE
料金:入場無料ケイト・ストラカン トークイベント
日時:8月23日(土)16:00〜17:30
会場:SUCHSIZE
料金:入場無料
※先着15名は椅子席あり(予約不要)、日英逐次通訳あり