「アートとともにありのままに生きる」をキーワードに、自然の循環が人々にもたらすことを、芸術分野から研究するオープンアートラボ「SUCHSIZE(サッチサイズ)」。大阪市西成区のスペースで季節毎に展覧会を開催し、さまざまな人が交流する場を創出している。
2025冬展では、マルセル・デュシャンが提唱した「アンフラマンス」の概念に注目。「名前を持たない日々の瞬間を絵画にとどめ、観る者の感覚を静かにひらく」アーティスト・木下令子の作品を展示する。
ステートメント
現代アートを革新した巨匠、マルセル・デュシャンが提唱した「アンフラマンス」の概念をもとに、今一度私たちの知覚に対して寄りそいたいと思います。「極薄」を意味するデュシャンの造語「アンフラマンス」は、物質と非物質、存在と不在といった相反する境界にある微妙な気配や瞬間的な現象を表現するために用いられています。
本冬展では、時間の経過そのものを絵に留めようとする試みを通じて、画中にアンフラマンスの現象をつなぎ止めるアーティスト木下令子を紹介し、彼女の作品を通して私たちの無自覚な感覚にふれる機会をもちます。木下の作品では、スプレーガンを用いて霧状に吹き付けた絵具が、折り目やしわなどの刹那の表情を描き、支持体の経年変化や光象記録とともに、作品の内に時を紡ぎつづけます。
これまで継続的に制作されてきた《日照時間》は、光によって変化する印画紙に意図的につけた折り目を風景に見立てた作品であり、完成後も周囲の環境と交感し続けます。絵具の粒子は印画紙の感光速度を引き延ばし、画中の色彩は静かに移ろいながら、詩的な瞬間を私たちの手元にとどめます。また、布のしわやドレープの形状そのものを絵具で定着させた《Veil》や《comma》では、幾重にも重ねられた色層が瞬間的な時間をとどめ、繊細な光のグラデーションと深い質感を醸し出しています。さらに、ポケットの中のハンカチを題材とした新作の《handkerchief》や、ファウンドファブリックを使用した《Cocoon》などでは、視覚的な肌触りがわずかな気配をまとい、観る人の感覚をそっと撫でます。それはまるで、デュシャンがアンフラマンスの一例として挙げた座席のぬくもりのように、儚くも確かな存在感を宿しているかのようです。
「年輪や地層はいつできるのかを想像できない様に、手元の出来事は気づく間に降りて来ては不意にあらわれる」と木下が語るように、アンフラマンスな出来事との遭遇は、日々の習慣に埋もれ、無意識のうちに飲みこまれていた私たちの感覚をふと呼び覚ますのかもしれません。この誰とも共有しがたい呼び名のない出会いは、既存の知覚や対象への認識をほんのわずかにずらしながら、今目にしている世界がすべてではないと静かに囁くのです。
1982年熊本県生まれ、2009年武蔵野美術大学大学院 造形研究科美術専攻油絵コース修了。東京都在住。「うつろう時間の経過を絵にすることはできるだろうか」という問いを軸に、日焼け・感光・移動といった現象を取り込みながら、手で描かれざるイメージを探求する。筆を使わず、紙や布の折り目や質感を意図的に取り込み、スプレーガンで霧状のアクリル絵具を吹き付ける技法で絵画を制作。作品によっては、制作後も環境に応じて変容し続けるものもあり、捉えきれない事象や事実に迫る試みを行っている。
SUCHSIZE 2025 winter「Unnamed hours」
会期:2025年2月7日(金)〜3月29日(土)のうちの金・土曜
会場:SUCHSIZE
時間:13:00〜18:00
料金:入場無料
木下 令子トークイベント
日時:3月29日(土)16:00〜17:30
会場:SUCHSIZE
料金:入場無料 ※先着15名主催:SUCHSIZE
助成:大阪市
大阪市西成区山王町1-6-20