
ファッションレーベル・Jens(イェンス)の最新作発表の機会となる25ss Preview Collection “AURORA / TALIA”が、2024年10月15日(火)から20日(日)に、中之島のgraf porchで開催された。
デザイナー・武藤亨が主宰するJensは、普段慣れ親しんだ素材を最大限に生かし、日常と非日常を行き来するようなデザイン性をもつ洋服やジュエリーを提案している。コレクションにはシーズンごとにテーマが設定され、その世界観を表現したルックとともに、クリエイションのソースとなった時代背景やアート、写真、グラフィック、建築などもビジュアルとして落とし込まれる。
24ss Collection “SUMIRE”では、上村一夫による漫画作品『すみれ白書』の主人公に着目し、1970〜1980年代に社会進出をはじめた女性たちや銀座の街並み、喫茶店やキャバレーの源となったカフェー文化をイメージとして抽出。この作品の主人公は、自由を求めながらも社会的な期待やプレッシャーに対する葛藤を抱く女性だ。その生き方を参照し、コレクションにおける「女性らしさ」の表現を深く思考した。

また、24-25aw Collection “ALMEIDA”は、ポルトガル人アーティスト・Helena Almeidaの作品《Pintura habitada》にインスピレーションを得た。自らの写真を青く塗り潰していく彼女の作品が象徴するように、刺すような青色、神秘的な思想が生んだ占星術やオカルト、魔女という存在、フェミニズム運動の記録写真、イベリア半島の歴史や文化が主題に据えられている。武藤の感性が、どのように洋服へと昇華されているのか思索を楽しむファンも多いだろう。

さらに、Jensはブランド設立当初より、プロダクトやインテリア、アートなど空間を演出するものを、洋服やジュエリーのように身につけるものと同軸にとらえ、それらを複合させた新作発表の場「Preview」を開催。アーティストやデザイナーとコラボレーションし、コレクションに呼応するプロダクトの制作や展示を続けている。大阪でも2015年から定期的に行われ、これまでに、セラミックレーベル・SHOKKIや、ジュエリーデザイナーの安宅洋輝(ATAKA)、空間デザイナーの佛願忠洋(ABOUT)、北里暢彦(monotrum)など、府内を拠点とするクリエイターも多数参加してきた。
今回のAURORA / TALIAは、「眠り」を着想源とするコレクション。テーマ名はヨーロッパの童話『眠れる森の美女』から引用されたものだ。そして、このPreviewにあわせて構成された展示は“NIGHT NIGHT”と題され、作家の瀧川かずみ、建築家の湯浅良介、大阪・福島に拠点を構える生地屋・Yuge Fabric Farmが参加。本稿では、その模様を振り返りながら、Jensの創造性を見つめてみたい。

graf porchのギャラリースペースには、grafの家具やプロダクトが住空間要素として取り入れられ、AURORA / TALIAの世界観が表現された。自然光が差し込む落ち着いた雰囲気の室内に佇むと、壁面に並ぶ花のドローイングが目に入る。湯浅による作品群で、夢で見た記憶を思い起こすような、花のぼんやりとした輪郭が印象的だった。また、《ライン》と題した抽象的なモチーフのドローイングも飾られていた。これは生地にもプリントされ、本コレクションを象徴するマテリアルとなっている。



会場の中央では、瀧川による、ベッドをメインに用いたインスタレーションが設置されていた。ベッドの上には枕が重ねられている。そして、その一部を見ると丸い窪みがあり、香水瓶がおさめられている。これは、今回彼女が自身のプロダクトシリーズ「HOME COLLECTION」から派生し、Jensのオードトワレに合わせて制作した《香水瓶のための枕》だ。ほかにも、まわりには異なる色・素材の緩衝材を用いたオブジェが並ぶ。枕が私たちを包み込み、眠りを支えるように、緩衝材も柔らかく、物を守るものだ。〈Sealed〉と名づけられたそれらは、「眠り」から「枕」、そして「守り」へと広がる、イメージの連鎖を感じさせた。


奥に続く部屋では、日本国内の産地(機屋・工場など)に眠っているヴィンテージ生地を掘り起こしている、Yuge Fabric Farmの希少なインテリアファブリックが展示・販売された。「眠り」というテーマから、ラグ・カーテン素材などの上質な生地がもたらす、触感や安らぎを追求する試みでもある。加えて、Jensでは2018年より、Yuge Fabric Farmが扱うファブリックを素材としたシリーズを展開しており、本展では4種のラウンジウェアが発表された。
会場を見回すと、ふと随所にステンレスのファイバーアートが展示されていることに気づく。これらはYuge Fabric Farmによりセレクトされた、ファイバーアーティスト・熊井恭子氏による作品だそう。ぐるぐると繊維が巡る造形が特徴的で、目覚めたときに夢の記憶にかかるもやのようにも思える。空間へアートが心地よく混ざり合い、コレクションの世界観をより深める要素となっていた。


在廊していた武藤に、こうした展示をつくり上げる過程について尋ねると、「一緒に何か表現を模索してみたい、アーティストの方の選出からはじまることが多いですね」と返ってきた。「テーマはコラボレーションのなかで具体化されることもあれば、最後の最後に決まることも。作品とプロダクトの中間のようなものができたり、インスタレーションになったりと、それぞれの作家がもつ表現の方向性によってアウトプットのかたちもさまざまです。柔軟な関わりから、また新たな可能性が生み出されていると感じますね」
展示の構成も、事前に細かく決めるのではなく、搬入時にライブのように現場でセッションしながら組み立てていくという。実際、今回も作家たちが持ち寄った作品をもとに即興的に空間がつくられた。武藤は「洋服は最後に並べるんです」と微笑む。
前職のアパレル会社では企画を担当し、商品開発からブランディングに至るまで幅広い業務に携わってきた武藤。そうした経験を生かし空間演出をひとつの表現手法として取り入れることで、コレクションに込めた世界観を単なる服の展示にとどめず、より没入感のある体験へと昇華させている。訪れるたびに新たな発見を生む場づくりも、彼の手腕によるものだ。


「もちろん、一番大切なのは洋服です。それを身にまとうことで広がる未来の姿や、そこに息づく価値観を提案することで、お客様とともに歩み、コレクションを重ねるごとに互いに成長していけるような存在になれたらと思っています」と武藤。
JensのPreviewは、洋服を通じて生活に新たな視点を与えてくれる場でもある。洋服を着ることで、自然と背筋が伸びる。新しい自分と出会う喜びがある。服を通して表現される世界観は、着る人の心に寄り添う力をもっているのかもしれない。今後も、その独自のアプローチがどのように進化し、着る人々にどんな影響を与えるのか注目したい。
なお、25-26aw Collection “CONTEMPORARIES”のPreviewが2025年3月11日(火)より東京・Heimでスタートした。大阪にも4月8日(火)から4月13日(日)までgraf porchへ巡回予定となっている。
Jens 25ss Preview “AURORA / TALIA”
日程:2024年10月15日(火)〜20日(日)
会場:graf porch
関連情報
Jens 25-26aw Preview“CONTEMPORARIES”
Preview Tokyo1
日程:2025年3月11日(火)〜3月19日(水)
時間:13:00〜19:00
会場:Heim
入場:無料Preview Osaka
日程:2025年4月8日(火)〜4月13日(日)
時間:12:00〜19:00
会場:graf porch
入場:無料Preview Tokyo2
日程:2025年4月16日(水)〜4月21日(月)
時間:12:00〜18:00
会場:Moriyama house
入場:無料・予約制