本特集では、ドキュメンタリーとフィクションの関係やその境界について向き合いました。それは、「事実」「作為」「理解」というような言葉の定義や、それらに付随する葛藤の輪郭をなぞっていくような作業であり、あらためてドキュメンタリーとフィクションの境界というものがいかに流動的で、相互的関係にあるかを感じています。 人が食べるという行為をインタビューを通して観察・分析してきた独立人類学者の磯野真穂さんとの対談では、他者を理解することについて言葉を交わしました。また、現代フランス哲学、芸術学、映像論をフィールドに文筆業を行う福尾匠さん、同じく、映画や文芸を中心とした評論・文筆活動を行う五所純子さん、そして、劇団「ゆうめい」を主宰し、自身の体験を二次創作的に作品化する脚本&演出家・池田亮さんの寄稿では、立場の異なる三者の視点からドキュメンタリーとフィクションの地平の先になにを見るのかを言葉にしていただきました。 対岸の風景を可視化していくこと、まだ見ぬ世界を知覚すること、その先に結ばれた像が唯一絶対の真実から開放してくれることを信じて。そして、今日もわたしは石をなぞる。 小田香 Kaori Oda ー 1987年大阪生まれ。フィルムメーカー。2016年、タル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factoryを修了。第一長編作『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門にて特別賞受賞。2019年、『セノーテ』がロッテルダム国際映画祭などを巡回。2020年、第1回大島渚賞受賞。2021年、第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
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2022.06.09
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REPORT|金滿里ソロ公演『漆黒の赤』

文: 坂道干

2022年3月11日(金)、劇団態変の主宰・金滿里のソロ公演『漆黒の赤』を見た。同団は、身体障碍をもった役者の身体や動きをありのままにした舞台表現によって、ゆるぎない存在感を放つ。金はそのすべての作・演出・芸術監督を手がける一方、パフォーマーとしても活躍しており、ソロ作品としては今回が5作目となる。

本編のシーンは6つに分かれる。はじめのシーンは「狂」。蝦名宇摩が舞台の手前、下手側に現れ、津軽三味線を手にする。旋律のなかで、黒いタイツをまとった金がひとりで登場した。何も置かれていない舞台で、彼女は横たわり、起き上がり、前進し、強い眼差しを投げかけ、アイホールの舞台上を自らの視線の高さと身体によって区切り、自らの感情で支配していく。三味線が鳴りやむと、金は退場する。そして、次のシーン「楽隊」でキリンの手押し車を手に再び舞台に上がる。彼女の姿は、先ほどとは打って変わり“無垢”な表情をしてみせ、コミカルにおもちゃのラッパを口にしながら退場していった。

REPORT|金滿里ソロ公演『漆黒の赤』
「狂」より Photo: bozzo
REPORT|金滿里ソロ公演『漆黒の赤』
「楽隊」より Photo: bozzo

続いては金が師と仰ぐ2人の舞踏家、大野一雄・大野慶人親子への追悼の意を込めた「うさぎ」「花の思い出」が舞われる。大野慶人がかつてうさぎの耳をつけて舞ったように、金もうさぎの耳をつける。金は「うさぎ」を舞うことについて、ブログにこう記している。

しかし今回『漆黒の赤』の作品では、慶人先生が「花と鳥」で-うさぎ-を踊られたものを、私が踊らせていただく。

慶人先生の中での大事なテーマーである、それは平和への祈り、の作品なのである。

世界は人間の留まるところの知らない戦争への悪行に、もう何を踊っても嘘くさくなってしまう。そんなときに、そうだ、うさぎになってみよう。そうすれば違うものとしてまた踊れるものがあるんじゃないか。慶人先生の幼い戦争の記憶にはいつも寂しさを紛らわしてくれるところにうさぎがいた、という大事な友として、いたうさぎ。

そのうさぎに戦争をこれ以上は辞めて、平和を祈る、先生の思いを踊りにされた、と話されているのが、大きい反響で大成功を収められた北京公演のときの映像インタビューで仰っておられる。

(ブログ「金滿里の庭」より/原文ママ)

REPORT|金滿里ソロ公演『漆黒の赤』
「うさぎ」より Photo: bozzo

オマージュとして臨んだ「うさぎ」は、ブログに書かれた平和への祈りだけではなくて、芸術を実践する前の金(彼女はそれを「楽隊」の“無垢”な世界で表現したのではないか)が、自らにしかできない身体芸術を見つけたときの感覚を敷衍しているようにも見えた。

「花の思い出」では、かつて大野一雄が「わたしのお母さん」(1981年初演)で、一輪の花を儚く愛しいものとして手にして舞ったように、金もバラの造花とともに舞った。大野一雄が体現したのは、たとえば母への愛惜の情のようなものかもしれないが、筆者が「花の思い出」から感じたのは、両師への深い敬慕である。大野一雄をはじめて見たときに覚えた、心が震えるような感覚も同時に思い出された。

両師へ贈られた演目の次は、「サルプリ」が舞われた。それまではシーンごとに舞台裏へ下がって衣装替えを行ったが、「花の思い出」の後、金は舞台に上がったままで白いチマ・チョゴリを着た。韓国伝統舞踏であるサルプリを演目に入れたのは、朝鮮古典芸能者であった母を思い、自らのルーツに立ち返る意味合いもあったのだろうが、先の大野一雄が「わたしのお母さん」を踊ったときに見せた、母なるものに心を委ねた様子とは異なる、複雑で思い詰めた感情が湧き出ているように見えた。舞台上で白いチマ・チョゴリに着替えた時間は、儀式のようでもあり、母との対峙と別離を感じさせる。金の目には、再び鋭さが宿った。思えば、ここまでのシーンは、金が生を受け、障碍者運動へ導かれ、その後身体芸術とともに歩んできた人生をたどっているかのようにも映った(「REVIEW|劇団態変主宰・金滿里へのインタビュー、2時間33分。当事者としての障碍者運動から、芸術運動へ。」参照)。人生を切り開いてきた人の覚悟に圧倒される。

REPORT|金滿里ソロ公演『漆黒の赤』
「サルプリ」より Photo: bozzo

最後のシーン「漆黒の赤」では、何もなかった舞台に、巻物のように長い紙に書かれた漢数字の「一」が、天井からばさっばさっと4つ、順々に落ちてくる。金を囲うように降りてきた「一」は、紙の下部から積み重ねられていくように書かれており、落ちてきた瞬間、大きな生きものが蠢いているかのように見えた。

この「一」を書いた華雪は次のように綴っていた。

劇団態変主宰・金滿里さんの3月のソロ公演のための舞台美術を書く。

滿里さんとやりとりする中で、「一」をふたたび書こうとなった。

今回は長さ4メートルを4つ書き下ろす。

どんなふうに書くか、悩んでいたところに公演に先立つ案内が届いた。

表紙のことばを読みながら、まるで滿里さんの声で聞いているような感覚が湧いてきて、このことばに引かれて書いてみようと決めた。

同じ「一」を書いているのに、今回は石を積み重ねてゆくような気持ちになる。

途中揺らぎ、それをまた支えながら、次また次と筆を下ろす。

(華雪のInstagram投稿より)

「一」が書かれたその上の空白には、またひとつ「一」が書かれ、次第に反復する「一」の痕跡はそれぞれに違う表情を見せていく。

金は今回のソロ公演に際して次のように書いた。

はじまりは

おんな、ではなかろうか、と

空間と時空に向かって、渓谷を昇降する、

はじまりへと

金が動き出せば、「はじまり」=「一」の蠢きはぴたりと止んで、その連なりは水墨画に見る山の表情を有した。動的なプロセスを経て、静謐な世界をつくり出す華雪の書が、今回、岩山のごとく大きく、高くそびえ、舞台空間で舞踏とともに存在していることに驚きと喜びを覚えた。その運筆は、やがて金の身体の動きと連動していくようにも感じられた。赤いタイツをまとった金の動きと、白い紙に書かれた黒い「一」の連関は、これまで金が歩んできた道程の開拓線で、現在進行形の彼女を強く肯定する共同作業として結実した

REPORT|金滿里ソロ公演『漆黒の赤』
「漆黒の赤」より Photo: bozzo

金滿里ソロ『漆黒の赤』

期間:2022年3月11日(金)~13日(日)       

会場:AI HALL(伊丹市立演劇ホール)

作・演出・芸術監督:金滿里

演奏:蝦名宇摩(津軽三味線)

書:華雪

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