くすんだ陽光が大気に満ちた田園風景のなかを、電車が走る。画面は進行方向に合わせて左から右へと移り変わり、車体の間近に立ち並ぶ線路沿いの木々や電柱の影を、瞬時に画面の外に送り出していく。その先に、刈り取られた田んぼや穀物の貯蔵施設らしい建物、川などの景色がのびやかに過ぎていく。
この映像とともに流れるのは、宮城県仙台市を拠点に活動する澁谷浩次のファースト・ソロアルバム『Lots of Birds』の1曲目に収録された「In a Limited Time(限られた時間内に)」だ。英語で歌われるその歌詞は、画面に日本語訳でこう現れる。
時間が限られていたことに
今になって気付いたんだ
僕たちはこの緩やかな坂道の
苦しさを共有したと思っていたけど(中略)
君が何処かへ行ってしまったということは
君が閉めたドアがある筈
目も眩むほどに
この沢山のドアの中のどれかだろうね?(中略)
そのうちやれる事なんて何も無くても
いま君が愛しているものが君にとって全てなら
それでいいんじゃないかと思う
2022年7月3日(日)、音食堂酒場・音凪が11周年記念として企画した澁谷浩次『Lots of Birds』発売記念コンサートは、そのアルバム制作にまつわる同名のドキュメンタリー映画上映からはじまった。監督は、同じく仙台市でアートプロジェクトや民話語りなど地域文化を記録する映像作家・福原悠介。本作は、自身にゆかりの深い同市青葉区立町の風景や人の営みをとらえた、「立町三部作」(ほかに『老人と家』『木町末無/障子のある家』がある。いずれも2021年制作)のひとつでもある。
映画『Lots of Birds』は、澁谷のアルバムレコーディングの様子と作詞・作曲の背景を語るインタビュー、楽曲と生活のイメージなどが折り重なって構成されている。冒頭で彼が「大体実在するモデルがいるんですよ」と語るように、連絡を取らなくなってしまった、あるいはもう会えなくなってしまった友人や知人の存在、そしてそうした人々との関わりを振り返りながら楽曲は制作された。
たとえば、「It Will Be Winter Soon(もうすぐ冬になる)」は、澁谷が20歳の頃、故郷・北海道でアルバイトをしていたカラオケ店の同僚女性との記憶がもととなっている。職場では目立たない存在だったが、住むまちを離れる際に久々に連絡を取ると、再会を約束した当日、彼女は口紅を引いた身綺麗な姿で、駅の高架下の暗がりから現れた。そのときの印象の鮮烈さが作中では語られている。また、アルバムと同名でシングルとしてもリリースされた「Lots of Birds」は、かつて足繁くライブに訪れていた友人へ宛てた曲だ。酒に浸り音楽を聴きながら実家の自室に籠る彼の家に、澁谷はたびたび電話をかけた。すると必ず母親が取り次いでくれ、大きな声で自室の彼に通電を告げる。家の庭先にはいくつもの鳥籠があり、鳥の世話をするのが友人の役目だったという。
そうした背景の片鱗を映画を通してうかがいつつ、今回は楽曲を生で聴く。この日はゲストとしてMOON FACE BOYSが登場。また、『Lots of Birds』アルバム制作にも参加したゑでぃまあこんのメンバー・元山ツトムも、ペダルスチールギターとベースで澁谷の演奏に加わった。
まずはMOON FACE BOYSのアクトから。素朴なフォーク・ロックミュージックのようでありながらも、緩急のあるリズム・メロディ展開、独特の詞を織りなす言葉の並びとその語感は、暮らしに生じる余白や匂いを濃密に包含したファンタジーを立ち上がらせる。2019年6月にリリースされたファースト・フル・アルバム『KUMISU』から「コールドヒート」などが、このほか未音源化・未発表曲も多数披露され、なかでも「無花果」が耳に残った。
天日干しした イチジクのたわわ
ぐっと甘味増した マホガニーブラウン
産毛ささくれて むくんでても
信じられる この肌触りざらり
丸みのある熟した無花果の色味や、皮に浮かぶ白い斑点、筋、その肌を指の腹で包む感触を思う。同時に、吐息が漏れるように歌われる途中のパートなどは、実りの豊かさを愛でるだけでなく、無花果をただ手に取るという目的のない心の無防備さ、頼りなさも想像させた。
そして、澁谷と元山によるセッションでは、『Lots of Birds』収録曲のほか、澁谷がリーダーをつとめるバンド・yumboの楽曲も。アルバム『鬼火』の一曲である「失敗を抱きしめよう」を披露する際には、まともに話し合うことのなかった母の大病を機に、この曲を制作したというエピソードもぽつりと語られた。2018年にyumboが20周年を記念して発行した冊子『yumbon』にも、すべての作詞・作曲を手がける澁谷の楽曲解説が掲載されているが、あらためてどの曲にも、自身の人生のなかに生じた出会いや出来事が紐づいていることをうかがい知る。朴訥とした彼の声は、歌の先にいる相手、そして観客である私たちへ語りかけるようにも響き、元山のペダルスチールギターはその音に寄り添いながら、平坦ではない物語を彩った。
コンサートに駆けつけたとき、雲州堂の入口付近で澁谷が煙草を一服していた。故郷が仙台である筆者にとって、彼やyumboのライブに訪れるたびに、本番前や転換時に見たどこか安心感を覚える光景だ。話しかけると、「少し痩せましたね。僕はお腹まわりが出てきて、今日は横向きに演奏するから体型がわかりやすいんですよ」と冗談混じりの言葉が返ってきたが、対面するたびに互いの見た目も少しずつ変化し、またそれぞれに背負う目に見えない時間の蓄積も増えていくように思った。だからこそだろうか、『Lots of Birds』の曲は、切実だがシンプルで力強い、生のメッセージとして響く。
澁谷浩次
1970年北海道生まれ。1998年より、仙台市を拠点に「yumbo」としての活動を開始。全曲のソングライティングを手がける。現在までに4枚のオリジナル・アルバム『小さな穴』『明滅と反響』(majikick)、『これが現実だ』『鬼火』(7e.p.)を発表しているほか、ドイツのMorr Musicよりベスト盤『The Fruit of Errata』もリリースしている。また、映画音楽の提供、いくつもの名義でのソロ・プロジェクト、工藤冬里が率いるMaher Shalal Hash Bazへの参加などの活動も並行して行っており、2021年に「澁谷浩次」名義としては初のスタジオ録音フルアルバム『Lots of Birds』(small cow fields records)を発表した。元山ツトム
1969年生まれ。現在は、姫路のアシッドフォークユニット「ゑでぃまぁこん」のメンバーとしての活動を中心に、セッションおよびサポートも数多く行う。澁谷浩次のアルバム『Lots of Birds』にも参加。MOON FACE BOYS
竹下慶、松本一晃(アラヨッツ、ann ihsaなど)、カメイナホコ(ウリチパン郡、三田村管打団?、トンチトリオなど)の3人が京都を拠点に活動をスタートしたポップ・アンサンブル。当初はテニスコーツが主宰するmajikickからのリリースで知られたMY PAL FOOT FOOTのメンバー、竹下の宅録ソロ・プロジェクトとして2000年より活動開始。竹下の京都移住をきっかけに色彩感のあるトリオへと編成と音楽性を拡張させている。福原悠介
1983年宮城県仙台市生まれ。映像作家。アートプロジェクトや民話語りなど、地域の文化を映像で記録する。主な監督作に『家にあるひと』(2019年)など。また、小森はるか監督『空に聞く』(2018年)、小森はるか+瀬尾夏美の『二重のまち/交代地のうたを編む』(2019年)などに参加。記録集『セントラル劇場でみた一本の映画』企画・編集。
音凪11周年記念企画特別興行 澁谷浩次『Lots of Birds』発売記念コンサート
日時:2022年7月3日(日)17:30会場/18:00映画上映/19:00開演
会場:雲州堂
出演:澁谷浩次
ゲスト:元山ツトム、MOON FACE BOYS、福原悠介