アーティスト・ひがしちかが主宰する傘ブランド「コシラエル」が、2022年8月28日(日)にブランドをクローズすることを発表した。それに伴い、設立からこれまでの制作を振り返る展覧会「コシラエルとはなんだったのか」が、2022年6月21日(火)から7月3日(日)にかけ中之島のgraf porchにて開催。本展はひがしと古くから交友のあるgrafの声がけにより急遽実施が決まったという。キュレーターを務めたスタッフの猪子大地は、企画に際しこのような指針を示した。
「絵を描くこと」を目的としたひがしちかさんの、ブランドに対する想いや設立に至った経緯を解体しながら、創作する楽しみ、日常に差し込む色彩の豊かさ、不可思議なこと、クリエイティブのあり方を再考するような展示を計画します。
会場には、過去作の原画や制作時のメモ、コンセプトフォトなどのためにつくられた個性的な日傘などが並び、12年にわたるコシラエルの軌跡が凝縮されていた。なかでも一際目を引いたのは、ひがしの人生を振り返る年表。本人のメモも書き添えられており、「貧乏を競い合うテレビ番組銭形金太郎に出演」「いろは(娘)を連れて家を飛び出し放浪」「無職になる」など、起伏のある背景が垣間見えて驚かされる。こちらは猪子の提案により加わったものだそうだ。
「企画にあたり、ちかさんにこれまでの活動を根掘り葉掘りお伺いしました。そのなかで感じたのは、コシラエルはブランドではなく、彼女の人生と並走した活動だったということ。コシラエルの活動がなんであったのかを考える上で、ちかさん自身を語ることも重要でした」と彼は話す。
筆者自身もコシラエルのファンであり、会場の展示すべてが垂涎ものだった。在廊するひがしに声をかけ、作品について話を聞くと、どれにも逸話があることがうかがえた。娘のいろはちゃんが描いた文字や絵がコラージュに紛れていること。綴りをうっかり間違えてしまったまま入稿してしまったこと。お客さんの気に入った柄が実はナスの漬物をコラージュしたもので、それを素直に話して驚かれたこと。作品一つひとつが彼女の暮らしとつながっているのだと感じられた。
会期中には、娘やスタッフ、はじめての就職先の上司にあたる、プロデューサーの金森香など、ひがしとゆかりのあるゲストを招いた全6回のトークイベントも行われた。これまでの彼女とのエピソードから、「コシラエルとはなんだったのか」という問いに対しての考え、そしてこれからについてまでが語られ、その様子はコシラエルのInstagramにも動画でアーカイブされている。どのトークも笑いが絶えず、ゲストが醸し出す親しみのある雰囲気は、コシラエルはもちろん、ひがしへの慕情に満ちていた。
タイトルにある「コシラエルとはなんだったのか」という問いに対して、筆者には思い浮かぶ答えが2つあった。ひとつは作品に対して感じる「ときめき」。もうひとつはつくり手である「ひがしちか」だ。
上の画像は、ひがしがコシラエルを立ち上げる際に書いたメモだ。ロゴのアイデアの横には、「コシラエルは感動させます」「コシラエルはうれしくさせます」など、ブランドコンセプトのもととなる言葉とともに、「作品と商品のあいだです」と記されていた。あらためてコシラエルの活動のあり方について彼女に尋ねると、こう話してくれた。
「コシラエルのはじまりは、“絵を描きたい”という私自身の想い。でも、幼い娘と家庭を守ることを考えると、当時の私では画家として食べていけるとは到底思えなかった。それで、どうしたら自分の作品で生計が立てられるだろうかと考え、スタートしたのが1点ものの日傘づくりでした。傘が好きだったこともありますが、作品としてそれぞれに違う表情を見せることができ、また日常使いできる商品にもなるという自由さに可能性を感じ、社会に流通できるだろうと仮説を立てて実証していった感じです。とはいえ、堅いこと抜きに、使い手の方々にはただ純粋に『かわいい!』を楽しんでいただきたい。それが一番でしたね」
筆者がコシラエルと出会ったのは、2012年にgrafにて開催された「Coci la elle とgrafの作る小さな木陰展」だった。優しく溶け合う色を纏った傘との出会いには心がときめいた。これまで道具としてしか見ていなかった傘が、突然愛おしいものに変わったのだ。
コシラエルというブランド名の由来は、手仕事への敬意を込めた「拵える」という言葉から来ている。2010年にブランドをスタートして以降、2015年に東京に店舗とアトリエをオープン、2017年には関西初出店である神戸店もオープンした。ひがしの愛情が行き渡った傘は使い手の心を惹きつけ、次第に本の装画、パッケージやテキスタイル図案、イラスト、ロゴなど、プロダクトの垣根を越えて絵を描く活動へと展開していく。
そんなコシラエルの突然のブランド終了にはもちろん驚いたものの、腑に落ちるところも。それは、5年前にひがしが長野県に移住し、生活環境が変わった様子をSNSなどを通してうかがっていたからだ。
コシラエルは、作家・ひがしちかの活動であるとともに、母であるひがしちかの生きる手段でもあった。ブランド設立当初、シングルマザーだった彼女が、子どもと生きていくために全力で制作に打ち込む姿に心を打たれたことを覚えている。子どもへの愛情と同じパワーを創作にも注ぐ。コシラエルはひがし自身を投影したブランドだと感じていた。
結婚を機に長野へと移住したひがしは、暮らしの変化とともに環境へと目を向けるようになったという。「鶏を買ったり、庭いじりをしたり、山を歩いたり。家族も増え、過ごす時間軸も環境もすっかり変わり、何が大事なのかと問われているような気持ちになって。すぐに答えは出ませんでしたが、2、3年と暮らすなかで、ただ絵を描くのではなく、なんで描くのか、何に描くのかをあらためて考えるようになりました」と彼女は話す。
傘ブランドを運営する上で大変だったのは、修理しながら長く使うシステムはつくっていたものの、壊れた骨は取り替えることができないため、どうしても環境負荷が生じてしまうことだったという。現在のひがしは、プリミティブな環境に身を置くなかで、自然由来の染料や画材を使うなど、“どんな素材からものをつくるのか”ということに新たな関心を向けているようだ。
会期中に開催されたトークのなかで、金森は「息をして吐くような行為が、違うフェーズにきているのかな」と彼女の活動を表現していた。コシラエルは終わるけれど、ひがしちかは自然体のまま、純粋さをもって次の興味へと走っていくのだろう。そう思うと、寂しくはあるけれども、これからの活躍が楽しみでならない。
8月28日(日)に閉店する東京のコシラエル本店では、9月17日(土)から25日(日)まで「傘の素(かさのもと)展」を開催予定だ。これまでの原画を中心に「コシラエルの素」を多様な側面から切り取って展示し、HeHeより刊行予定の原画集の受注も開始するという。引き続きグランドフィナーレにも注目していきたい。
コシラエルとはなんだったのか
期間:2022年6月21日(火)〜7月3日(日)
場所: graf porch
オンライントーク
*コシラエルのInstagramアカウントにて映像アーカイブを公開中6月20日(月)19:00〜「キックオフ前夜祭トーク」
ゲスト:いろは(娘)6月21日(火)14:00〜「関西とコシラエル」
ゲスト:加渡恵里奈(元神戸店スタッフ)、田中ふみ(元神戸店スタッフ)6月29日(水)17:00〜「ひがしちか と コシラエル と、これからについて」
ゲスト:金森香(プロデューサー) 、新居幸治(エタブルデザイナー兼FABRIC ARCHITECTURE)6月30日(木)18:30〜「コシラエルと写真の関係」
ゲスト:在本彌生(写真家)、髙橋涼子(美術作家)7月1日(金)14:00〜「日常と制作 」
ゲスト:多田玲子(イラストレーター・漫画家)7月2日(土)18:00〜「これからのものづくり」
ゲスト:服部滋樹(graf代表、クリエイティブディレクター)
傘の素(かさのもと)展
期間:2022年9月17日(土)〜25日(日)
場所:コシラエル本店跡地
時間:11:00〜18:00