『大阪社会労働運動史』をご存知だろうか。
社会労働運動にまつわる資料を収集する専門図書館エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)の母体である、公益財団法人大阪労働協会が発行するシリーズ書籍だ。1981年から編纂がはじまり、戦前篇(上・下)、戦後篇、高度成長期(上・下)、低成長期(上・下)、転換期、世紀の交差とこれまで9巻がまとめられている(同協会の歩みは、エル・ライブラリーを取材したPHOTO REPORTにて、同館長の谷合佳代子氏が語った言葉からもうかがうことができる。あわせてお読みいただきたい)。
重厚な装丁と40年以上にわたる活動年月にまず圧倒させられるが、本書で着目すべきは、時代の変動に揺さぶられる社会・労働環境のなかで、アプローチを工夫しながら抑圧への抵抗や問題提起を行ってきた、大阪の人々の実践のアーカイブであるという点だろう。
2024年3月には、最終巻となる10巻が刊行予定。記述対象は2000年以降の約20年間、21世紀初頭の大阪の社会労働運動にあたり、60名を超える執筆者が6班(それぞれに章を担当)に分かれ、2019年から研究会を開いてきたという。そして、2023年3月26日(日)、うち4班が合同で報告を行うオンラインフォーラムが開催されると知り、その編纂活動を垣間見たいと参加を申し込んだ。
◆次第(予定)
14:00 開会
14:05 第3章「雇用労働をめぐる諸相」より第4節
「経営体制の再編と企業内労使関係 —電機大企業P社とS社の事例に即して」
報告:上田眞士(まさし)(同志社大学)
コメント:久本憲夫(京都橘大学教授)
14:35 第4章「労働運動」より第10節
「過労死・ハラスメントに対峙する運動」(仮題)
報告:大和田敢太(滋賀大学名誉教授)
コメント:山田和代(滋賀大学)
15:05 質疑応答
15:15 休憩
15:30 第5章「労働福祉」より第4節
「最低賃金制」
報告:服部良子(大阪経済法科大学)
コメント:玉井金五(大阪市立大学名誉教授)
16:00 第6章「社会運動」より第2節
「シングルマザーと子どもの人権 ―ジャンルを超えたネットワーク構築」
報告:大森順子(シングルマザーのつながるネット まえむきIPPO)
コメント:伊田久美子(大阪府立大学名誉教授)
16:30 質疑応答
16:45 終了エル・ライブラリー(大阪産業労働資料館)ブログより転載
本記事では、社会・労働運動それぞれの切り口から2つの報告を振り返りたいと思う。まずは上田眞士氏による、3章「雇用労働をめぐる諸相」第4節について。電機企業P社とS社における経営体制の変化と、それにともなう各社労働組合の取り組みだ。
経営困難を背景に、約20年の間に事業構造を急速に転換していったP社では、技術者の集中配置により従業員にスキルチェンジが求められた。その保障政策として、労使が2021年に合意した雇用構造改革が、特別キャリアデザインプログラム(希望転職)。入社10年目以上のすべての応募社員を対象に、再就職支援を重視した対応だ。上田氏はこの取り組みを「社内だけでなく、新天地での活躍を求める人も出てこざるを得ない。“本人発意の尊重”と“キャリア保障”を軸足とすることで、両者の良好な雇用機会をつくろうとした」と特徴づける。
一方S社の労組は、「闘争を起点とした経営参画活動」を形成していく。経営目標をPDCAサイクルで達成していく仕組みに組合が積極的に関与していくとともに、春闘・秋闘にあわせ上司と部下の充実した目標面談を行う。それにより「頑張り」が積み上がり、経営再建の担い手としての意識を醸成していくことを目指すものだ。
上田氏は、これらの取り組みから「企業業績」「仕事基準の人事」というキーワードを読み解き、各社労組の動向の現れ方や強調点は異なるものの、「両者は『別々』のものというより、企業経営をめぐる昨今の事態に対応する、雇用保障政策の2つの側面だと理解している」と締めくくった。
続いて、大森順子氏による第6章「社会運動」2節の報告。大森氏はシングルマザー当事者であり、子どもの権利擁護NPO事務局の勤務を経てDV相談員として活動。また多様な社会運動に関わる実践者として、「シングルマザーと子どもの人権 ―ジャンルを超えたネットワーク構築」をテーマに掲げる。
印象的だったのは、大森氏が「自分のなかでは、大阪でネットワーク化した運動の根本」と最初に語った、1980年代後半〜1990年代における「フェミニスト、シングルマザー、セクシュアルマイノリティーの連帯」についてだ。
エイズ予防法(案)は、感染症患者や感染者を追跡し、性のあり方や生殖をも含むプライバシーに規制をかける人権侵害として反発を生んだ(その後、1989年に施行。1999年に廃止され感染症新法へ移行する)。大阪でも、大阪ゲイ・コミュニティや優生保護法改悪阻止大阪連絡会、シングルマザーの児童扶養手当改悪に反対する大阪連絡会、女のためのクリニック準備会(現ウィメンズセンター大阪)など多様な団体が集まり、「エイズ予防法に反対する大阪連絡会」が発足。領域を越え、ともにセクシュアリティや尊厳を掘り下げる活動を展開したことが紹介された。
また、大森氏は「可視化する児童虐待と子ども権利への運動」に焦点を当て、2010年代に“ギャルママ”と“大阪のおばちゃん”が協働し、子育てについて語り合いながら交流する場をひらいた「大阪ママええやん」などを挙げる。この運動の背景には、2010年に起きた大阪西区二児童放置死事件があるという。加害の重大さを受け止めながら、「自分もひとつ間違っていたらそうなっていたかもしれない」とシンパシーを抱いた若い母たちの意志が、世代を越えた連携により支え合えるネットワークを築いた。“自分自身の問題”としての状況が目の前にあり、それを変えようとする切実な意志が活動の起点となっていることが、ここでもうかがえる。
ほかにも大森氏は、性暴力を受ける女性を救援する活動や、シングルマザーの支援活動など数々の取り組みや動向の遷移について紹介。なかには、子育てに手を借りたいシングルマザーと子育てに関わりたいLGBTQによる交流の場づくりなど独自のアプローチも見られた。報告後、編集委員の伊田氏が「ヒエラルキーのないかたちでピアにつながっている」と近年の取り組みのありようを語ったように、さまざまな課題が協働によって結びつき、展望をひらく可能性はあるのかもしれない。そうした試みから、「当事者」の意識が、自己と他者の間で、より融和していくのではないかとも思わされた。
開会の挨拶で語られた、「借り物ではなく自分の手で調べたファクトであること。そして、事実と事実の連関——因果連関からストーリーを描くこと」という言葉が頭に残っている。報告で語られた内容は、執筆者が自ら行った聞き取りや、目の当たりにした状況、それぞれの試みをもとにまとめられたものだ。次代の人々が、歴史をリアルに追体験できるように、という想いを根にした『⼤阪社会労働運動史』には、社会の様相をとらえようとする真摯なまなざし、継承の手つきが宿る。
エル・ライブラリー第4回フォーラム
「21世紀の⼤阪を読み解く―『⼤阪社会労働運動史』最終巻刊⾏に向けて―」日時:2023年3月26日(日)14:00〜16:45
開催方法:オンライン
登壇:上田眞士(同志社大学)、久本憲夫(京都橘大学教授)、大和田敢太(滋賀大学名誉教授)、山田和代(滋賀大学)、服部良子(大阪経済法科大学)、玉井金五(大阪市立大学名誉教授)、大森順子(シングルマザーのつながるネット まえむきIPPO)、伊田久美子(大阪府立大学名誉教授)
主催:公益財団法⼈⼤阪社会運動協会(エル・ライブラリー)