写真家・平野愛の写真集『moving days』が、京都の誠光社より2023年4月に刊行された。住まい・暮らし・人をテーマに撮影から執筆まで幅広く手がける平野。引越しにまつわる時間と情景を写した私家版『moving days』を2018年に発表して以来、5年ぶりとなる本作は、コンセプトとタイトルを引き継ぎ新たに7組の引越しに密着した一冊だ。出版を記念した写真展ツアーが全国巡回すると聞きつけ、ツアーの皮切りとなる誠光社へ、4月8日(土)に足を運んだ。
会場には、窓のような木枠の額に納められた写真群が並んでいた。展示のグラフィックは、ブックデザインも担当したStudio Kentaro Nakamura、展示設計はNO ARCHTECTSが手がけており、平野とコラボ制作しているmoving days BOX(引越し箱)のプロトタイプも並ぶ。一般的な規格のダンボール箱よりも一回り大きい、引越し屋が用いるサイズを参照したという家具は、展示のテーマに沿った装飾的な要素をもちながら、平野の写真のように引越しの記憶をとどめる家具となっている。
展示された写真は、写真集に登場する7組の引越しを写したものだ。普段覗くことのない他人の暮らしぶりが顕になった様子は、その生々しさが故に不思議と親近感を覚えさせ、愛らしく映る。
「起きたら彼女はちょっと浮かない顔をしていた。」
「涙を拭いながら、なんとか手を繋いで門を出る。」
キャプションにある個々のエピソードを少し読むだけで、「この人たちに何が起きたのだろう」と想像を掻き立てられる。
取材に赴いた日はちょうど平野の在廊日でもあり、「この引越しが一番ドラマが激しかったですね」とある写真について話してくれた。キャプションには、「まさか10日間で元に戻るなんて。」とある。兵庫県の甲子園口から丹波篠山へ移り住む夫婦と2歳の娘、3人家族の引越し風景なのだが、とある事情で舞い戻ることになったという(一体何があったのか知りたい方は、ぜひ写真集をあたっていただきたい)。
ほかにも、はじめて実家を離れる青年や、センチメンタルとは無縁のご機嫌な夫婦の引越しなど、平野は展示写真を見ながら、7組一つひとつのストーリーを愛おしそうに話してくれた。
平野が引越しの撮影をするようになったのは、2016年に友人の引越しに立ち会ったことがきっかけだという。もう二度と戻ってこれない家や風景を、写真に残しておきたいという衝動にかられた。そして、それらをまとめた前作から5年を経るなかで、新たに17組もの引越しを撮影してきた。
「荷づくりなどのお手伝いを一緒にさせてもらいながら撮るんです。1日だけの人もいれば、何日もかける人も。基本的に、家を出る瞬間に興味をもっています。日常がぐっと変わって、崩れていく風景に惹かれる。すごくパワーを使いますしね」
「引越し」は多くの人が経験する営みだが、そのさなかを記録したことのある人はどれほどいるだろうか。自分自身を思い返してみても、正直やることが山積みで、体力的にも精神的にも追い詰められていき、居心地のよかった暮らしを乱していく作業は苦しいものだった。しかし、平野が収めた『moving days』の風景を見るうちに、人生の一大イベントとして残しておきたい、あとから「思い出したい出来事だった」と振り返れる気持ちの変化を感じた。
「私家版をつくったときは、おっしゃるように引越しって大変なのと、それを撮影するという前例がなかったこともあって、断られることばかりだったんです。でも今回は前作があり、私が引越しをずっと追いかけていることを知ってくださっている方もいて。快く受け入れてくれる住人さんがほとんどでした」
筆者も今年の2月に引越しをし、平野の話にも、『moving days』に記録された風景にも自身の経験を重ねていた。6年住んだ家を離れ、あまり生活圏の変わらない場所へ移ったのだが、4歳の娘にとっては前の家がかなり大事だったようだ。私たち両親が新しい住まいにワクワクする傍らで、夜な夜な泣く日々が続いた。「前のおうちが好きだった」「帰りたい」と、新居になかなか馴染めない娘に私も夫も頭を悩ませた。家族で立ち会った退去日も、さめざめと泣く娘。最後に写真を撮りなんとかお別れをしたのだが、今回の写真集をめくりながら、もっと彼女の気持ちに寄り添ってあげたらよかったなあと反省した。引越しで自分自身も追い込まれて余裕がなかったこともあるが、生まれ育った家を離れるというのは、娘にとってショックな出来事だったのだろう。またそのように感じられるほどに育った彼女の心を気持ち良く受け止めたかった。
まだ長い人生、自身や家族、友人の引越しに立ち会うこともあるかもしれない。『moving days』は、そんなときに暮らしや人の心に寄り添いたいと、気持ちを柔らかくしてくれるエピソードが詰まっている一冊だった。本作発表後も平野の「引越し」の記録撮影は続いており、SNSに上がるその様子を見ながら、すでに次回作を期待している。
家中が素っ裸になっていくような日々。心はざわつき、ものは乱れ、そしてまた整っていく。離れていくもの、残っていくもの、揺れ動きながら浮かび上がり続ける暮らしの生身。なぜだろう。わたしはそんな風景が愛おしい。(2018年発行 私家版『moving days』より)
平野愛(ひらの・あい)
写真家。1978 年京都市中京区出身、大阪在住。自然光とフィルム写真にこだわったフォトカンパニー「写真と色々」設立。著書に、私家版写真集『moving days』(2018)、写真担当書籍に『恥ずかしい料理』(2020 / 誠光社)。その他、UR 都市機構ウェブマガジン「OURS. Karigurashi magazine」「うちまちだんち」の企画・運営(2015-)、スポーツグラフィック誌「Number」(2015-)、無印良品 堺北花田&京都山科つながる市プロジェクトフォト(2018-)・MUJI 引っ越しサポート BOOK(2022)、NHK 土曜ドラマ「心の傷を癒すというこ と」・連続テレビ小説「おちょやん」「カムカムエヴリバディ」劇中写真担当(2020-2022)など。住まい・暮らし・人をテーマに撮影から執筆まで幅広く手がける
moving days Ai Hirano Photo Exhibition
平野愛 写真展
会期:2023年4月1日(土)〜4月30日(日)
会場: 誠光社
※2023年11月、無印良品グランフロント大阪に刊行記念写真展が巡回予定moving days
写真:平野愛
発行:誠光社
価格:3,300円(税込)
サイズ:A5横 210×147mm
176ページ フルカラー
ソフトカバー 並製PUR製本