福祉という言葉をぐぐっと身近に引き寄せてくれる、そんな場所が大正区に生まれた。

2023年6月17日（土）にオープンした「ヨリドコ 大正るつぼん」は、大正区の南側に位置し、JR大正駅から徒歩15分ほど行ったところにあるリノベーション長屋だ。施設コンセプトは「福祉×アート×小商い」で、多種多様な人が交流する心の拠りどころを目指している。

「地域の駆け込み寺のような、助け合えるハブとなる小さな施設です」と、運営を担うオルガワークス株式会社（以下、オルガワークス）の専務取締役・細川裕之さんはゆっくりと話す。同社はコワーキング施設、観光事業やシェアキッチン型ダイニングバーなどを展開し、ダイバーシティな環境づくりをデザインしてきた企業だ。

「ヨリドコ 大正るつぼん」の隣に仲良く並ぶのは、アトリエ・住居・店舗が一体となった「ヨリドコ 大正メイキン」。2017年にオープンしてから、ものづくりアーティストの集まる拠点に育っている。満を持して開かれた双子長屋のお披露目会（オープニングイベント）に足を運んだ。

「炊きたてのおにぎり弁当を13時半から予約販売してま〜す！」と、路面店のおばんざいカフェ「まにまに」から威勢の良い声が聞こえてくる。ほかほかおにぎりを平らげた後、並びにあるヴィーガンスイーツ店「アトミヨソワカ」で買ったスパイスケーキを購入。このスイーツ店は就労継続支援B型事業所である有限会社ナンクルナイサァーケアネットが運営している。就労者さんのやりがい創発と、長年の介護職経験により背中や腰を痛めてしまった介護職員の再就職も目的にあるのだそう。

テイクアウトしたアイスコーヒーを片手に、中庭のベンチでひなたぼっこをしていたら、訪問介護事業所が目に入った。眺めていると、ドア越しに目が合った相談員さんと会釈して、雑談も弾んだ。建物をつなぐ路地、中庭やベランダなど、2つの建物を行ったり来たりしながら滞在できるオープンな環境。生活に根ざした小商いと、福祉拠点が隣接しているのも興味深い。

「僕たちがこの場所で実現したいのは、これまでの福祉がもつイメージを払拭すること。どこにも持っていけない問題をるつぼのように集めて、みんなが多面的に関わり合いながら、地域で解決しようという相互扶助の場づくりです」と細川さん。ここで言う相互扶助とは、専門職の行う行政サポートや介護だけを指すのではない。焦点を当てているのは、多くの人が抱えている困難さだ。たとえば引きこもりや、孤独、さまざまな環境により感じる不安などがそれにあたる。

今後第4土曜日は、オープンデイとして定期的に開放される予定だ。集まる目的は限定されない。これはオルガワークスが2019年にはじめたコミュニティパブ「TENCHOS」での経験がもとになっているという（※TENCHOS店舗は、2022年末でクローズ）。

「スタッフとして接客しているとき、カウンター越しに吐露される多くの悩み……。一見不自由なく見える人でも、心に秘めた問題を抱えていることを知ったんです。それを解決できる場を、地域のなかで醸成したいですね」と、同じくオルガワークスの代表取締役・小川拓史さんは話す。

夕方から2階の共有リビングで、トークイベント「大正るつぼんで育む新しい福祉とは?」が行われていた。ゲストスピーカーには、地域を基盤とした福祉の仕組みづくりを実践してきた大阪公立大学教授の野村恭代さん、地方公共団体の住宅政策立案や、関連調査業務に従事する大正・港エリア空き家活用協議会の川幡祐子さん、細川さんが登壇した。

「日本は低信頼社会。他国に比べて、他者一般への信頼が低い傾向にあります」と切り出す野村さん。そして、「信頼が不安感などの解決につながっていくはずだ」とも。事例として、北海道の津別町や大阪府の住吉区などで、専門家と連携しながら地域の住民と行ってきた、近所の見まわりや声がけの体験談を語ってくださった。自ら環境に飛び込んでパワフルに実践し、総合相談の仕組みを地域のなかで築こうとする野村さんの奮闘を観客は引き込まれるように聞いていた。「専門職だけでは取り払えない壁がある。地域住民の力が必要です」と締めくくった。

年齢、立場や役割も多様な“るつぼ”でいい。問題が具体化すれば、解決方法としてクリエイターやアーティストなどのアイデアやスキルも大いに生かされるだろう。関心さえあれば、地域のなかでできることは山ほどある。助ける側が助けられる側になることもある。誰でもいつでも当事者になりうるからだ。問題はいつ起こるかわからない。多様性の世の中で、新しい福祉に取り組むチャレンジがはじまっている。