美術批評家、社会改良家、環境保護家をはじめ、幅広い顔をもっていた、ジョン・ラスキンという人物がいる。産業革命が席巻した19世紀のイギリスで活躍した彼の社会思想は、労働者の環境や対等な人間関係の大切さを説いていた。そしてそれ以降にはじまる、機械的な生産に対抗する職人技や創造性を重視する「アーツ・アンド・クラフツ運動」の発端となったウィリアム・モリスに影響を与えた。
そんなラスキンの人となりや芸術や社会・環境への眼差しを明らかにする企画展「今に生きるラスキン」が、2024年9月20日(金)から10月20日(日)まで開催された。主催は大阪大学中之島センター、協力は大阪ラスキン・モリスセンターとstudio-Lだ。
大阪ラスキン・モリスセンターは、ラスキン研究者である露木紀夫氏の私設資料館として設立された。ジョン・ラスキンとウィリアム・モリスに関係する資料が所蔵されており、これらの資料は、露木氏が30年以上かけて、各国の古書店から集めたものだ。2019年から一般財団法人化し、地域の人が地域の課題を自分たちで解決するために、人と人がつながる仕組みをつくるコミュニティデザインに取り組む「studio-L」が関わり、資料館の活用プロジェクトがはじまっている。ちなみにstudio-LのLは、ラスキンの言葉「There is no wealth but life(人生こそが財産である)」のLifeの頭文字から名づけられている。studio-L代表の山崎亮氏が、彼の思想に共感し社名に反映させたのだそう。
展示は3部構成。1部ではラスキンの多面体ともよばれる思想や著書について、2部では1870年後半に彼が設立し現在でも活動をつづける「聖ジョージ・ギルド」について、そして3部ではラスキンの思想を現代に受けつぐ大阪ラスキン・モリスセンターの活動が紹介されている。総展示数29点は、ここでしか逢うことのできない貴重な資料ばかりだ。
今回は、2020年より大阪ラスキン・モリスセンターの活用プロジェクトに参画している倉沢郁子さん(関西外国語大学所属)と大阪ラスキン・モリスセンター活用プロジェクト担当のコミュニティデザイナー・吉田英司さん(studio-L所属)に展覧会を案内してもらう。
「ラスキンは気象学や地質学についても造詣の深い人物。自然に対して常に目を向けていて、大気の状態の変化から工場から出る煙による環境汚染をいち早く指摘しました」と、吉田さんは紹介する。自然への観察眼をもち合わせていたラスキンは、当時の美術教育にも疑問を抱いていたという。「技巧的に上手な絵と同じように描くことが正しいとされていたなか、ラスキンは描き手自身が自然と向き合い、自分の目でとらえた自然を個人がもつ能力を生かして描くことの重要性を説きました。ただ真似るのではなく、自分の頭で考えることを大切にしていました」
「たとえばこんなスケッチが残されています。ラスキンがゴシック建築をスケッチしたものですが、彼は職人がつくる彫刻には3タイプあると考えていました。1つ目は親方に言われた通りにつくったもの、2つ目は自由につくったもの、3つ目はある程度決められた範囲のなかで、職人がアレンジしたもの、です。ラスキンは、3つ目の彫刻が一番美しいと語っています。これは、仕事への創意工夫こそが人々の喜びであり、また芸術を産み出すものだというラスキンの思想が表れている例でしょう」と倉沢さん。
こうした背景から、1871年にラスキンにより設立された団体「聖ジョージ・ギルド」は、彼の活動を象徴するもののひとつだろう。ギルドは、産業革命によって大規模な機械化が導入され、労働の分業が進むなか、自然と人間の調和や手工業の復興、倫理的な生活の模範を提示することを目指していた。「芸術は、娯楽ではなく、教育」という考えが支柱にあり、またギルド内では教育活動や環境改善などの社会改良活動が行われていた。
ラスキンは、産業革命によってもたらされた効率化を問題視した。分業化のなかでものづくりの全体がとらえられず、仕事そのものの喜びが滅びてしまった、とも表現している。環境を破壊し、人が得られる喜びを喪失させてまで、ものを量産して高い収益を上げることは、果たして人の生きる豊かさといえるのだろうか。
ここで考えてみたい。上記のようなラスキンの時代と、経済・社会の発展を推し進めてきた日本における現代。重なる点はないだろうか。高度成長を終えた日本は、分岐点に立足しており、「豊かさ」を今一度、考え直すときなのかもしれない。
自然を愛し、ものを深く観察し、人間の生き方に向き合い続けたラスキン。人生の終盤には、福祉や教育の普及活動へと行き着くが、その歩みも人間の豊かな生活がどういうものか考え抜いた道程ではないだろうか。展示期間は終了したが、収蔵作品は大阪ラスキン・センターに所蔵されている。ラスキンに感銘を受けてこの施設を誕生させた露木紀夫氏と、その意志を継ごうとするstudio-Lによって、施設は維持されている。ラスキンを多角的にひもときながら、今の時代だからこそ見つめ直したい思想の軌跡に触れることができる。
現地では現在、施設の改修作業が進められており、2025年春にコミュニティデザインを本質から学ぶことができる研修施設が誕生する。改修作業は参加型で行われており、改修作業を始める前に大阪ラスキン・モリスセンターの蔵書について紹介するツアーも実施しているそう。すでに100名以上の人が参加しており、興味のある人はぜひ申し込んでみてほしい。自分の生活や人生に示唆を与える発見があるに違いない。
会期:2024年9月20日(金)〜10月20日(日)
時間:10:30〜17:00
会場:大阪大学中之島センター 4階展示室
協力:大阪ラスキン・モリスセンター、studio-L