黄色から受ける印象はどんなだろう。
韓国・ソウルを拠点に活動するアーティストのSi Yeon Kimさんは、黄色は緊張を引き起こすと同時に、心を癒す色だと、自身の作家ノートに綴った(公式Instagramの投稿を参照した)。私もそれに共感し、陽だまりや、光を連想する。
2024年7月6日(土)から8月4日(日)まで、Si Yeonさんの個展「obliquely」が開催された。このシリーズは、昨年ソウルで展示され、日本では大阪が初披露の機会となる。
Si Yeonさんは、人生を歩む道程における、押し付けられた目標に向かい急ぐなかで見落とされてしまいがちな側面と、見ることに丹念な努力が必要なものに注目する。白い紙を黄色い鉛筆で塗りつぶし、ひたすら消しゴムで消し続け、その行為から生成されたカスでつくった糸を用いて作品を制作してきた。
今回の展示は、インスタレーションと写真で構成されている。会場に入ると、奥の壁に広がる、黄色い糸が密集した不思議な光景に目が引き寄せられた。
近づいて見てみると、壁や床に無数の黄色鉛筆が接着されている。そして、そこに掛けられた糸はまた別の黄色鉛筆へと掛けられ、網のように派生している。わずかにでも力を加えれば、ちぎれてしまいそうな繊細さ。私が横を通り過ぎ、呼吸をするだけでも風が立ち、少しはらはらする。床にたわんだ糸の絡まりも、私自身の足元の延長線上に、無防備に佇むようにある。
美術館などの展覧会では、作品と鑑賞者の間に一定の距離を取るため、床にラインが引かれていることがあるが、ここにはそれがない。むしろ、手を伸ばせば触れられるほど近くに作品がある。しかし 、“壊れてしまう”という意識がはたらいて、一定の距離から踏み込めずにいた。
会場の片隅には、作品に使用した消しゴムと、鉛筆の削りカスが入った封筒が置かれていた。長く連なる消しゴムに、膨大な時間をかけ繰り返される行為の蓄積と、その過程への忍耐が想像させられる。
Si Yeonさんは、子育てに専念するため、8年間作品制作に取り組んでいなかった。日々の生活を繰り返すなか、作家活動と育児との両立に不安があったのだという。消しゴムのカスという素材を見つけたのは、娘さんが文字を習っていたときだ。字を上手に身につけるために、書いて、消して、また書いて……を繰り返して、消しゴムのカスが机に溜まっていた。Si Yeonさんは、これを、努力と時間を目で確認できる象徴的なオブジェだと感じた。
今回のインスタレーションを制作する最後の段階で、糸をかける作業は、当時よりも成長した娘さんとともに行ったそうだ。私が作品と向き合うときに覚えた、“踏み入れてはいけない”という緊張感や危うさは、もしかすると、プライベートな領域に侵入する感覚と重なるのかもしれない。作家である母と娘が交える会話や、空気を想像する。
写真作品には、糸や鉛筆のほか、薬やまち針、蝋燭、ボタンといった生活を思わせるものが写っていた。そのなかの、紙でつくられた家のようなモチーフが目にとまった。薄黄色に塗られた家は、ぼんやりと光が宿っているように見える。また、家の前には柵のように糸が掛けられている。一見すれば、立ち入り禁止を示すようにも受け取れるが、糸はたるみ、その先に開かれた扉からは明かりが漏れている。そっと招き入れてもらえるような感覚も湧いた。
こちらは、インスタレーションのすぐ隣に展示されていた写真作品。涙のように見える白いシルエット、糸に縛られたような蝋燭とその燃え痕、巻き糸に留められた尖った針には、苦しみを経て現在を迎える心のありようが、まるで触れると傷ができてしまいそうな危うさを伴って表れる。3つのモチーフは、不安定に傾きながらも、互いに寄り添いバランスを保っているかのようにも見える。
複雑に絡まり合う光の糸を前に、希望のようなものが胸に満ちた。果てしなく思える自身のこれからの生活も、織り重ねるように続けていきたいと感じた。
SI YEON KIM Solo Exhibiton「obliquely」
会期:2024年7⽉6⽇(⾦)〜 8⽉4⽇(⽇)
時間:13:00〜18:00
定休:⽉・⽕曜