DJユニット・Soi48のパーティーが2021年12月12日(日)に大阪で急遽開催されるとアナウンスされたのが開催の9日前。会場は大阪某所としか明かされず、東京を拠点に活動するSoi48のイベントに泉州音頭の宝龍会が参加することに驚いた。
Soi48は「旅行先で出会ったレコード、カセット、CD、VCD、USBなどフォーマットを問わないスタイルで音楽発掘し、再発する」DJユニット。EM Recordsからリリースされているタイ音楽シリーズの監修や、2017年に出版されたタイ音楽と旅についての著書『TRIP TO ISAN 旅するタイ・イサーン音楽ディスクガイド』(DU BOOKS)で音楽ファンの間では広く知られている。第72回「毎日映画コンクール」で監督賞と音楽賞を受賞した映画『バンコクナイツ』(富田克也監督、2016年)の音楽監修を手がけたのもSoi48だ。
泉州音頭 宝龍会は大阪府南部の泉州地域を本拠とする音頭会で、近年は関東方面の行事にも積極的に参加している。今回のイベントには、宝龍会のほかに、大阪レゲエシーンのパイオニアであるBOOGIE MANやDJ紫式部ら関西圏のアーティスト・DJが名を連ね、また関東からもSoi48とかねてより交流のある日本民謡DJユニットの俚謡山脈、山梨県一宮町を活動の拠点にするヒップホップクルーのstillichimiyaからYoung-GとMMMの参加が発表されていた。東西のさまざまなバックグラウンドを持つアーティストが一堂に会するイベントはどのような経緯で開催されることになったのか、そして、どのようなものになるのか。
主催者のSoi48にメールで取材を申し込んだところ、返信で指定された会場は堺市の魚市場。コロナの状況を鑑みて人数を限定し、参加者以外に会場を非公開にしているだけだと思っていたので、予想外だった。「魚市場で音楽イベント?」という驚きと期待を抱えつつ、会場に向かった。
南海電鉄堺駅を降りると大阪市内よりも一層海に近づいた気配がする。堺は歴史ある港町だ。堺駅から南に向かい南蛮橋を渡ると、すぐに堺魚市場が見えてくる。「天ぷら」の看板。深夜から早朝にかけての営業が終わったあとで店舗のシャッターはどこも閉まっているが、イベントのスタッフと思しき人たちが忙しく準備に動き回っている。本当にここが今日の会場なのだ。
市場に入ると、発泡スチロールの魚箱が積み上げられた魚屋の店内や、ネオンが煌々と輝く通路にDJブースとミキサーが設置されている。イベントの様子はオンラインでも生配信されるので、カメラやマイクなどの配信機材も着々と準備が進められていた。パソコンやスマホ越しでもこの環境は異様に映るだろうが、現場では市場のにおいや湿気も相まって臨場感がある。市場はしんと静まりかえっているが、海産物が取り扱われている場所ということで、祝祭のような雰囲気も感じる。
休業日の関係者がほとんどいない市場という状況がすでに異空間で、市場内を歩き回っているだけでも新鮮で楽しい。すぐそばを国道26号線が走っているが、外部の音が一切耳に入らないほど、魚市場の空間だけがぼうっと浮遊しているようだ。そうこうするうちに人が少しずつ集まり、メインブースで開会式がはじまろうとしていた。
DJがターンテーブを回し、スピーカーから音が鳴りはじめると、ダンスミュージックが流れる魚市場はもう立派なパーティー会場だった。2つのブースを行き来して音楽はスムーズにつむがれ、会場に慣れはじめた人びとの振動と賑わいがゆっくりと市場を浸潤していく。魚市場の関係者から差し入れられた鰤の刺身や、出店しているにほん酒やの日本酒で会場は少しずつヒートアップ。日本の音頭や民謡を取り入れたトラックメイカー・Jap Kasai(現・JPN Kasai)の演奏に続いて登場したのが宝龍会。
宝龍会の浴衣を着た一団がメインブースの奥に並ぶ。太鼓が鳴り響き、音頭取りに先導されるように浴衣を着た踊り子が輪になって踊り出す。宝龍会の踊り子のなかに私服姿のお客さんも入り込んで、さらに会場の一体感が増す。音頭取りの声の迫力、流れるような踊り子の所作。魚市場で音頭というのは場違いなようであるが、本来、祭事と商売は密接につながっているものなのではないか。今回は櫓を組まず、エレキギターや三味線を排した「太鼓と音頭取りの唄だけ」の小規模なセットだったが、その理由を主催者のSoi48はこのように語った。
河内音頭は90年代にワールドミュージック・ファンで流行したことからサウンドシステム、レゲエ文化と一緒に語られることが多いです。しかしサウンドシステム云々の前にそもそも語り芸。低音やギターのループではなく一番重要なのは「言葉」=「語り」なのです。今回宝龍会さんに太鼓と語りだけのプリミティブなセットを披露してもらうことで泉州音頭の魅力を伝えたいと思います。
泉州音頭の太鼓と語りに続いて登場したのが、Monaural mini plug。タイの東北地方・イサーン発祥の「ピン・プラユック」を演奏する日本唯一のバンドで、楽器隊がサウンドシステムを引き連れて市場内を行進する。泉州音頭を踊っていた足がバンドの行進とともに闊歩し、会場のエネルギーの密度が高まっていく。Monaural mini plugとバトンタッチするように、BOOGIE MANが鮮魚店の店内ステージに登場する。マイクを握るその姿は売り子の掛け声のように威勢がいい。このイベントの流れでレゲエサウンドが絶妙にマッチしている。BOOGIE MANが所属していたクルー・近藤組と大阪のレゲエ文化について同じくSoi48はこのように解説する。
日本最初期のサウンドシステムが英語の名前ではなく漢字で近藤組、標準語ではなく大阪弁を使ったということはすごいことだと考えています。富裕層やインテリ層が多かったヒップホップ勢と異なり大阪のレゲエ・シーンは確実にストリートとつながっていて、それ故にアーティストが育ち世界稀に見るレゲエ文化を生み出しました。アジアのレゲエ・シーンはUK、ヨーロッパから影響を受けたものがほとんどです。一方、大阪は本場ジャマイカから影響を受け、自らの文化をつくり上げた独自のスタイル。ジャマイカプレスの日本語レゲエが存在していること自体が世界のレコード流通事情から見ると特筆すべき現象です。
BOOGIE MANに続いて、宝龍会が本日2回目の音頭を披露する。かつてBOOGIE MANと活動をともにしていた近藤組のメンバーが現在、泉州音頭の宝龍会に在籍していることは本イベントの告知文ではじめて知った。レゲエと泉州音頭というルーツの違う音楽が南大阪で邂逅し、「昔、近藤組 今、宝龍会」というイベントタイトルがここでつながる。オンラインでも配信される今回のイベントでは、宝龍会の演奏中に支援者の名前が音頭のなかで読み上げられる御花プランも用意されていた。伊勢音頭に乗せて御花が読み上げられるライブ感のある演出は、距離が要請される社会状況を逆手にとった、ネットの向こうの人びとの名前を現場に召喚する試みで、現場にいる人数以上の人びとの関わりをリアルタイムで感じることができた。
宝龍会の流れを引き継ぎ、日本民謡DJユニットの俚謡山脈が民謡のレコードをターンテーブルに載せる。今回、Soi48と泉州音頭 宝龍会が結びついたのは全国津々浦々の民謡を研究する俚謡山脈のリサーチのおかげだという話を聞いた。すでにこの時点で、現場では、タイ、ジャマイカ、日本とさまざまな国の音楽が演奏されている。さまざまな点と点が1日の間に何度も交錯している。
日が落ちてイベントも終盤にさしかかると、市場の一隅に地元の人らしき集団がどこからともなく続々と集まってきた。市場内の居酒屋が営業をはじめたのだ。非日常のイベントに市場の日常が入り込む。ただし、部外者のわたしたちにとってはその情景も新たな非日常への入口だった。イベント終了後に、その店に寄ろうと思ったけれど、満席で入ることはできなかった。どの現場でも一度では全体像をつかむことはできない。何度も通い続けないとわからないことがあるというおぼろげな実感、具体的であるがゆえにつかみきれない言葉と語りを伴ったこの日の光景を今でも反芻している。
SOI48 VOL.45 南大阪「昔、近藤組 今、宝龍会」SPECIAL
日時:2021年12月12日(日)14:00〜21:00
会場:大阪某所(堺魚市場)
SPECIAL LIVE:泉州音頭 宝龍会、BOOGIE MAN、MONKEYKING420 from Isan
SPECIAL DJ:DJ紫式部(DJ文化活動委員会)
LIVE:Monaural mini plug、Jap Kasai(現・JPN Kasai)
DJ:Ascalypso、Young-G(stillichimiya)、MMM(stillichimiya)、俚謡山脈、AOKI LUCAS、RICH & BUSY、DJ HONEYPANTS、DJ カレー、KUNIO TERAMOTO aka MOPPY、Soi48
日本酒:にほん酒や
※文化庁「ARTS for the future!」補助対象事業