2022年の年明けから、LVDB BOOKSで写真家・中村寛史さんの個展が行われた。店主の上林さんが中村さんご本人の在廊日を教えてくれ、店に赴いたのは1月22日（土）。DJ威力のミックス『Grandpapa』が静かに聞こえる店内には、壁面の高い位置にかかった大判作品を見上げる人、訪れたお知り合いと談笑する中村さんの姿があった。

展示された大小さまざまな写真の前に立ってみる。額装されたものもあれば、テープでそのまま貼られたものもある。本棚の柱にかかった作品は、もはや以前から店にあったかのように場に馴染んでいる。写っているのは、テレビのリモコンやはさみとともに、何気なくテーブルに置かれた部分入れ歯や、一部が枯れた竜舌蘭らしい植物。どこかの部屋の窓をとらえた写真には、カーテンの合間からその奥にかかる別の窓のカーテンが覗く。暗い水中を漂うクラゲのような、白く透けたきれいな薄膜はなんだろうか。砂利の上を枯れ草が這う光景は、巨人が干からびた痕跡のようにも見える。どの写真も日常の一瞬を切り取ったものだが、生活の営みをまなざしたというよりは、あらゆる場に生じた、気づかないほどのミスマッチに肉薄したという印象だ。

写真を撮る視点について尋ねたくなり、お知り合いを見送った中村さんに声をかけた。すると、「テーマというテーマはないんです。テレビの画面を撮ったものもあるし、あれ（白い薄膜が水中に漂う写真）は洗い物をしていた鍋のなかなんですけど。牛乳とか、加熱したら膜ができるじゃないですか」と言う。写されたものの予想外の背景に驚くと同時に、現実の文脈からはずれた像が、また別の認識を生み出していることが新鮮だった。

「何かを撮ろうというよりは、その時々に反応して撮る感じ。違和感というか、普通だと思って見ている対象から、何か溢れてしまっているものに興味があるのかもしれません。チャンネルを切り替えられたら、いろんなものごとがもうちょっと解像度高く見えたり、違うレイヤーでとらえられたりすることはあるなと」と中村さん。どこか即物的にも映る光景に、現実を一歩引いて眺める姿勢が表れているように思われた。

中村さんは大阪で写真を学び、現在は東京と大阪の2拠点で活動する。アーティストやファッションブランドのポートレートなども手がけるが、これまで行ってきた作家としての展示では、学生時代から十数年以上にわたって撮り続けているという写真群を並べてきた。本展も、そうしたライフワークとも言える行為の蓄積を再編集したものと言える。しかし、「テーマというテーマはない」なかで、どのように作品を選んでいくのだろうか。その軸となるものは、タイトルとなる言葉を見出す過程にあるようだ。

「写真を撮るときと同じで、あんまり考えずにたまたま出会った言葉を付けることが多いですね。日本語をランダム検索したりとか。あと、今回の場合は、上林くんが『初孫』とかいろいろ案を送ってきたんですよ（笑）」と中村さんは言う。上林さんから展示の誘いを受け、候補としていくつか写真を見せたときの反応はどうもいまいちだったそうだ。そこで、作品のもつ特性や面白さは、物量をもたせることでより顕在化するのではないかと、展示に先行して写真集の制作がはじまった。ちなみに、前回の個展名は「何かの正確な位置」。どこか意味に広がりのある、宙に浮いたような独特な響きだ。そうした言葉に、写真をとらえる軸が抽象化していく感覚も覚えたという上林さんは、思い立ったときに中村さんへ、Messengerでタイトルのアイデアを送るようになる。そのなかのひとつが「中史」だった。

「周囲のみんなが、中村寛史の“中”と“史”で僕自身の歴史みたく言うから、抵抗もあって最初はなしにしていたんですよ。でも、だんだんDMもつくらなあかんしと時間も迫ってきて、いろいろ言葉を探すうちに、あれ？　『中史』でいいやん、と腑に落ちて。なんやかんや一周まわってしっくりきました」と中村さんは振り返る。同じような四角形が連なりつつも、同形状ではない2文字の並び。そうした抜け感のある差異は、現実から逸脱した光景をとらえる中村さんの写真にも似ている、と言うとこじつけになってしまうだろうか。店内に置かれた写真集サンプルの奥付には、“中”と“史”を縦につなげたオリジナルロゴのようなサインまで記されていた。書いてもらったらよかったかもしれないと、自宅に買って帰った写真集をめくりながら思う。