2022年7月6日(水)〜23日(土)にかけて、画家・安藤智の個展「ガーデンズ」が靭本町のLE PRIEURÉで開催された。会期中の8日(金)には、通常営業終了後、Wine Shop SAPOと料理ユニットLettuce Warriorsが特別出店する「ナイトガーデンズ」も行われた。
21時頃に到着すると、会場はすでにワインを片手に談笑する人びとの声で賑わっていた。天井の高いLE PRIEURÉの白壁一面には、安藤の絵が飾られている。花や樹木、うさぎや犬などの小動物、家、空にかかる虹を描いたものもあれば、抽象的なイメージもある。一見すれば“庭”にひもづくモチーフが並んでいるが、「ガーデンズ」という個展名が、率直に“庭”を表しているとも限らない印象を受けた。
4年前まで大阪を拠点としていた安藤は、現在では東京で活動している。今回の展示開催の背景と、「ガーデンズ」というタイトル。そして、会場で会話した際に感じた、言葉の節々に表れる作家の芯のようなものをより具体的に知りたいと思い、後日、近況も含めて話を聞いた。
——ナイトガーデンズに出店していたWine Shop SAPOとLettuce Warriorsについて少し紹介していただけませんか?
Wine Shop SAPOは谷六(谷町六丁目)にあるワインショップ。すぐそばにはカウンターでワインを楽しめる(系列店の)シャンパーニュと自然派ワインhapoもあります。私はここでたくさんワインを飲ませてもらって、ワインが好きになりました。Lettuce Warriorsは、デザイナーでエッセイストの山田かおりさんと、漆芸家の小西ななこさんによる野菜料理ユニットで、中崎町にある山田さんのアトリエ STUDIO.V.Cから誕生したそうです。オープニングパーティーしたいよねってことになって、LE PRIEURÉ店主の提案で共通の好きな人たちに出店をお願いしました。
——2018年から東京に移転されましたが、そもそものきっかけは?
展示を見に行ったりとかで、大阪と東京を頻繁に行き来していました。東京の友だちが住んでた家が気に入ってたんですけど、そこが空くということで、東京への引っ越しを考えるようになりました。どこかに引っ越したいとか、移動したいという想いはあったと思います。結果的にその家に引っ越す話はなくなったんですが、動きたいモードにスイッチが入って自分で都内の物件を探しはじめたところ、別の友だちが住んでいた一軒家のシェアハウスが一部屋空くことになってそこに引っ越しました。その家に1年半くらい住んで、今はまた別のところを見つけて暮らしています。
——拠点を移すことで変化はありましたか?
4年の間にいろいろ変化はあったと思います。ちょうどそれについて考えてたんですけど、東京に来たせいなのか、ただ年を取って自分が変わっただけなのか、どっちかわからないなって思いました。多分両方ですよね。
——大阪での個展は2020年に天神橋5丁目のhitotoで開催された「popping」以来2年ぶりです。今回、LE PRIEURÉで個展を開くことになった経緯は?
店主が知り合いで、声をかけてもらったことがきっかけです。LE PRIEURÉの展示はこれまでもたくさん見ていたし、すぐに「やりたい」って返事しました。いつもお客さんがたくさん入っているカフェで、絵を見てもらえる展示にするのは難しいだろうなとは思ったんですけど、自然光がたっぷり入る高い天井がある場所で展示してみたかったんです。近い時期(2022年6月)に代官山の蔦屋書店からも誘っていただいたので、東京と大阪で「ガーデンズ」を開催することになりました。
——今回の展示構成はどのように考えましたか?
LE PRIEURÉでは、結構店主のアドバイスを取り入れました。大まかに考えていた展示構成と大差がなかったし、途中で違和感を感じることがなかったからそれができたんですけど、こういう進め方を面白いなと思ったのははじめてではなかったです。普段から店主が場所をつくっているところだったからできたのかもしれないけど、機会があれば時々試してみたいです。搬入中に私が何度か言ったのは「この絵は(見えなくなるから)そんなに上にしたくない」ってことくらいだった気がします。
——「ガーデンズ」「ピクニック」など軽やかな展覧会のタイトルが印象的です。
タイトルは描いてたまった絵を見てから探しています。作品のことを言葉に置き換えるのってすごく難しいと思ってるので、ずっと考えているけど、決めるのはだいたい後回しになってしまう。私の場合は先に絵について説明しておかないとということも特にないと思うので、こんなふうな言葉にたどり着くことが多いんじゃないかと思います。
——新しい作品集(『安藤智作品集』)も制作されていましたね?
期限を決めずにずっとつくっていた本がちょうど完成して、ようやく発表できました。この本は展覧会が中止になったりして、これから展覧会ができなくなったらどうするのかとかを考えていた2020年につくりはじめたんです。学生の頃から自分でつくっていたポートフォリオはずっと更新できていなかったし、これを機にこれまでの絵を整理してみようと思って。作品がバラバラでたくさんあったことと、ポートフォリオっていうキーワードが最初にあったことで、構成を決めるまでにずいぶん時間がかかってしまいました。歴代の作品をつらつらと並べて自己紹介みたいな本が完成したとして、それが楽しいものになるのか全然想像できず苦労しましたね。いろいろ試してみたんですけど、結局は絵以外のものをなるべく削ぎ落としたら落ち着きました。サイズや装丁は、デザインと製本を担当してくれた村上亜沙美さんのアイデアです。こんなに小さくなることは予想してなかったけど、今回は手軽で気軽な本に仕上げたかったので、ちょうどよくて気に入ってます。
——最近は武井麻子『思いやる心は傷つきやすい パンデミックの中の感情労働』(創元社、2021年)、松村圭一郎+コクヨ野外学習センター編『働くことの人類学【活字版】 仕事と自由をめぐる8つの対話』(黒鳥社、2021年)など本の装画の仕事が活発です。
ずっとやりたかったことなので装丁の仕事は嬉しいです。「楽しんで好きなように描いて」と言って仕事を依頼をしていただけることがあるんですけど、どちらの本も展示や絵を何度も見てくれてる方がそんな感じで依頼してくれました。『働くことの人類学』のときはひたすらドローイングを描いて、束で渡したら全編に詰め込んでくれていて面白かった。『思いやる心は傷つきやすい』のときは、すでに完成している作品のなかから絵を選んでもらいました。描き下ろして文章に引っ張られることを避けたいと思ったんです。いろいろ意見も聞いていただいたので「内容に寄り添いすぎていない絵がいいんじゃないか」「誰でも手に取れる本になってほしい」ということを伝えました。どちらもありがたいメンバーで、関わっている間ずっと楽しかったです。
——今後やりたいことなど予定はありますか?
まだ2冊だけなので、本の仕事をもっとやりたいです。絵を描いて展覧会で発表するっていうことをずっとしているけど、そうじゃない方法で絵を見てもらうなら、本はすごく良いなと思ってます。ほかには、今は巡回展のことを考えてます。作品集ができたばっかりなので、新しい絵を用意して次の展示に備えたいです。次は遠くに行きたい。
安藤本人は言語化して説明することがあまり得意ではないと言っていたが、どちらかというと自身の作品と向き合う言葉を丁寧に探しているようだった。「ある作品を見たときに、その場ですぐにわからなくてもいい。すぐに答えを決めずに持ち帰って、また次の展示でなにか腑に落ちるような感覚があってもいい」という言葉が特に印象に残っている。やわらかく広がる「ガーデンズ」の世界を支える、作家がこれまで蓄積してきた土壌には、控えめではあるが確たる信念が深く根ざしていて、そこから新しい種がこれからも次々と芽吹いていく。そのような風景を想像した。
画家。大阪府生まれ。東京都在住。
京都嵯峨芸術大学短期大学部専攻科混合表現コース卒業後、同校附属芸術文化研究所研究生修了。
油彩、ドローイングを中心とした制作。個展や、書籍の装画などイラストレーションとして作品を発表。
作品集は『DOG DOG DOG DOG』『安藤智作品集』など。
会期:2022年7月6日(水)~23日(土)10:00~19:00
会場:LE PRIEURÉ(ル・プリュー)会期中イベント
ナイトガーデンズ
日時:2022年7月8日(金)19:00~22:00