本特集では、ドキュメンタリーとフィクションの関係やその境界について向き合いました。それは、「事実」「作為」「理解」というような言葉の定義や、それらに付随する葛藤の輪郭をなぞっていくような作業であり、あらためてドキュメンタリーとフィクションの境界というものがいかに流動的で、相互的関係にあるかを感じています。 人が食べるという行為をインタビューを通して観察・分析してきた独立人類学者の磯野真穂さんとの対談では、他者を理解することについて言葉を交わしました。また、現代フランス哲学、芸術学、映像論をフィールドに文筆業を行う福尾匠さん、同じく、映画や文芸を中心とした評論・文筆活動を行う五所純子さん、そして、劇団「ゆうめい」を主宰し、自身の体験を二次創作的に作品化する脚本&演出家・池田亮さんの寄稿では、立場の異なる三者の視点からドキュメンタリーとフィクションの地平の先になにを見るのかを言葉にしていただきました。 対岸の風景を可視化していくこと、まだ見ぬ世界を知覚すること、その先に結ばれた像が唯一絶対の真実から開放してくれることを信じて。そして、今日もわたしは石をなぞる。 小田香 Kaori Oda ー 1987年大阪生まれ。フィルムメーカー。2016年、タル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factoryを修了。第一長編作『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門にて特別賞受賞。2019年、『セノーテ』がロッテルダム国際映画祭などを巡回。2020年、第1回大島渚賞受賞。2021年、第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
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2022.09.30
#後藤哲也#DESIGN#GRAPHIC#REVIEW

REVIEW|つかの間の「私らしさ」に向かって
——後藤哲也とアジアのデザイナーの実践から

仲村健太郎
文: 仲村健太郎 [デザイナー]

本稿では、グラフィックデザイン・編集・教育と幅広い領域で活動するグラフィックデザイナー・後藤哲也の仕事を取り上げ、主にアジアのデザイナーとの交流や、そこから展開される取り組みを紹介する。

誰かと誰かの「中間になる場所」をつくる

まずはじめに、後藤が企画・構成に関わった、ここ10年間のプロジェクトを紹介したい。クライアントワークではなく、アジアを中心とした国外のデザイナーを紹介したり、彼らと協働したりしたプロジェクトにフォーカスし、以下にリストアップする。

主な雑誌・書籍・メディア

『typographics ti:』 No.263–270(2011年4月〜2013年1月)|特集「Type Trip to Asia」(企画・文・構成)
『アイデア』No.362(2013年12月)|「タイポジャンチ2013」レポート「スーパーテクストについてのスーパーテクスト」(構成・文)
『アイデア』No.363(2014年2月)|展覧会レビュー「Type Trip 字旅 : The New Asian Graphic Design Exhibition」(取材・文)
『アイデア』No.365–372(2014年6月〜2015年12月)|連載「Yellow Pages」(企画・文・構成)
『アイデア』No.383(2018年8月)|特集「YELLOW PAGES 東アジア グラフィックデザインプロジェクトの現在地」(企画・構成)
『アイデア』No.392–(2020年12〜–連載中)|連載「MIRROS 鏡の国のグラフィックデザイン」(企画・文・構成)
Webメディア「The Graphic Design Review」(ボードメンバー)

 

主な展覧会

第190回企画展「GRAPHIC WEST 5|type trip to Osaka typographics ti: #270」(2013年1月18日[金]~3月2日[土])
京都dddギャラリー第216回企画展「Graphic West 7: YELLOW PAGES」(2018年4月10日[火)~6月23日[土])
京都dddギャラリー第227回企画展「GRAPHIC WEST 9: Sulki & Min」(2021年1月16日[土]〜3月19日[金])
京都dddギャラリー第232回企画展「ddd DATABASE 1991-2022」(2022年7月23日[土]〜9月25日[日])
A-Lab Exhibition vol.31「ニューアイデンティティ」(2021年12月27日[月]〜2022年2月13日[日])
ポスター展「Asia as Fiction」(2019年9月27日[金]〜29日[日])

関西に在住しているか、あるいはグラフィックデザインに興味がある読者であれば、いずれかのプロジェクトは目にしたり、訪れたりしたことがあるのではないだろうか(尼崎のあまらぶアートラボ「A-Lab」で開催された「A-Lab Exhibition vol.31『ニューアイデンティティ』」の模様は、本Webサイトでもフォトレポートされているので必見だ)。

今回の執筆は、後藤への取材をもとに構成している。まずはじめに、こうした国外のデザイナーとの活動のきっかけとなったプロジェクトについて聞いた。

近くて、少し遠い、アジアへ——『typographics ti:』

REVIEW|つかの間の「私らしさ」に向かって——後藤哲也とアジアのデザイナーの実践から

『typographics ti:』という雑誌がある。と言っても、広く全国の書店で一般販売されている雑誌ではない。NPO日本タイポグラフィ協会が発行する協会誌で、本稿執筆時(2022年9月)までに発刊302号を数え、創刊39年を迎える。

この歴史あるタイポグラフィのための協会誌で、後藤は2011年から2013年まで、263号から270号までの8号、関西の協会員とともにチームをつくり、編集長をつとめた。そのとき立案したのは、「type trip to Asia」と題した、アジア7ヵ国の動向を紹介する企画。デザイン雑誌などを通じて、モダニズムの中心地である欧米の動向は日本に伝わりやすかったが、当時アジアのデザインに着目したメディアは少なかった。取材でも、「欧米はよく取り上げられていたし、自分たちが企画を立てる意味を見出せなかったんです。でも、アジアならできるかもしれないと思った」と語っている。

各号の特集では、「デザイナー」や「デザイン組織」、その活動を伝える「メディア」、さらに彼・彼女らを育てたであろう「教育・学術研究」の3つの視点から、その国のタイポグラフィにまつわる事象を浮かび上がらせている。

誌面を通して紹介されているデザイナーやクリエイターの実践からは、欧米で500年かけて形成されたタイポグラフィ史とは別の歴史が垣間見える。英語と、英語とは異なる言語が混在する各国における2つの異なる表記体系をいかに相克させていくか?といった、デザイナーの格闘が見えてくるのだ。モダニズムの植民地としてのアジアではない、別の姿が見えてくるような特集であったと思う。

展示と誌面——コラボレーションのためのプラットフォーム

REVIEW|つかの間の「私らしさ」に向かって——後藤哲也とアジアのデザイナーの実践から

そして、7号にわたるアジア諸国への旅を経て、企画は最終の8号目を迎えるが、これが雑誌の形だけにとどまらなかった。実空間へとそのフレームは変容し、今度は現地のデザイナーが大阪へと旅をした。大阪のdddギャラリーにて「第190回企画展 GRAPHIC WEST 5|type trip to Osaka typographics ti: #270」と題した展示を行ったのだ。7号の誌面で紹介されたデザイナーの作品展示に加え、会期中の週末には「InterView」と題したイベントを開催。各デザイナーをゲストに迎え、ホストも観客も等しくインタビュアーとなる本イベントでは、誌面に見た議論を実態として目の当たりにした。こうしたフレームの設計について、後藤は「モノ・人・出来事を媒介にして、見る人と対話をしたかった」と語ってくれた。「type trip」は、単にデザイナーがデザインしたものを一方的に提示するのではなく、それらを通し、相互作用を生み出すためのプラットフォームとして企てられた。このプロジェクトを終えた後も、アジアのネットワークをつなぐような試みは続き、グラフィックデザインの雑誌『アイデア』の連載「Yellow Pages」へと展開していく。

REVIEW|つかの間の「私らしさ」に向かって——後藤哲也とアジアのデザイナーの実践から

「Yellow Pages」は、「type trip」と比べると、取り上げるデザイナーは少なくなったものの、デザイナーの協働者(印刷所やクライアント、ほかのデザイナー)を一緒に紹介することで、活動状況をより細やかに浮かび上がらせようとしている。同連載も、2018年4〜6月に京都dddギャラリー第216回企画展「GRAPHIC WEST 7|YELLOW PAGES」として再構成され、同年8月に刊行された『アイデア』383号では、その模様とデザイナーの仕事とが、特集「YELLOW PAGES 東アジア グラフィックデザインプロジェクトの現在地」にてまとめられた。企画・構成を担った後藤は、その巻頭言で次のように書いている。

「アジア」という言葉は、そもそもヨーロッパ以外の東方地域を意味したもの。つまり、非西欧文明の地をひとまとめにした言葉。私たちは、自らが住む地域を、西欧の視点からよび、その適切な翻訳をいまだ持たない。同じことは「デザイン」や「タイポグラフィ」にも言えるだろう。西欧的な概念であるそれらを、正確な意味では、日本語に翻訳できないままでいる。しかし、造形や手法のレベルにおいては、これまでにさまざまなデザイン的翻訳が試みられ、日本ならではの型が生まれた。では、他のアジアの国々ではどうだろうか。日本を含めたアジア各国は、敗戦や植民地など、それぞれに歴史的断絶を経験し、またグローバル化の波を受け、伝統的な文化と西欧/現代的な文化との間で、言わば文化的分裂症にかかっている。それらをつなぐ翻訳作業は、いかに試みられているのだろうか。「イエローページ」は、このような課題を扱う展覧会である。(『アイデア』No.383 特集「YELLOW PAGES 東アジア グラフィックデザインプロジェクトの現在地」p.3)

西欧で生まれた「アジア」「デザイン」「タイポグラフィ」という言葉の適切な翻訳を知らないまま、私たちは「アジア」で「タイポグラフィ」を用いて「デザイン」している。そして「文化的分裂症」というキーワードは、決してデザイナーだけの問題だけではなく、グローバル化した世界を生きる私たちのアイデンティティの危うさや揺らぎを見事に表現している。

「韓国らしいデザインとは?」の問いの無意味さ

ニコラ・ブリオーは著書『ラディカント グローバリゼーションの美学に向けて』(フィルムアート社、2022年)のなかで、こうしたグローバル化・群島化した世界において、どのような美学が求められるのか、「ラディカント」という言葉で提言する。

まず、この本の内容についておおまかに整理したい。モダニズムは普遍主義・純粋主義的に根源を求め、ポストモダンは相対主義・多文化主義的にリゾーム状の根をかたちづくろうとした。モダニズムの時代には、「境遇」や「身分」、「出身」といった「みずからの出自となる伝統に閉じこめられる」側面があったとブリオーは指摘する。また、ポストモダンはモダニズムを乗り越えようとしたものの、多文化主義が「あらゆる場所において、文化的投錨や、民族的に根を張ることを再現」してしまい、結果としてポストモダンはモダニズムを乗り越えられなかったとしている。本来、アイデンティティは帰属によって語り得ないはずなのに、私たちは個々のアイデンティティを見出すために、その人が何に帰属しているのか、知りたいと欲望してしまう。

こうした帰属への欲望に無自覚な問いかけについて、「YELLOW PAGES」展を共同企画・キュレーションした韓国のデザイナー、スルキ & ミンのチェ・ソンミンは次のように語っている。

「韓国のデザインとは何ですか?」「日本らしいデザインとは?」といった問いは、あまり意味がないと思っています。そのような質問自体が、答えを内包していることが多い。(中略)ある意味「あなたは韓国のデザイナーとして十分ではない」と言っているようなものです。(中略)現代ではこのような問い自体に、デザイナーの関心は無いと言えます。それよりも、現代の私たちの文化の中から、新しい「らしさ」を知る方法を考えるべきだと思います。(『アイデア』No.383 特集「YELLOW PAGES 東アジア グラフィックデザインプロジェクトの現在地」p.62)

しかし、世界において複数の文化の間で揺れるのは、決してアジア人だけではない。移民、亡命者、そして観光客など……移動し放浪する人々。そうした存在こそが、現代文化においては主要な人物像だとブリオーは言い、次のような植物的なアナロジーでとらえている。かつてのモダニズムのように根を深く張るのではなく、新しい土地に移動しながら受け入れる地面に応じて発育し、その新たな土地の構成要素や表面のテクスチャに自身を変容させながら適応する存在だと。

動的であると同時に対話的なその意味作用によってラディカントという形容詞は、環境との結びつきの必要性と根こぎの力とのあいだで、グローバリゼーションと特異性のあいだで、アイデンティティと〈他者〉を見習うこととのあいだでさいなまれる現代の主体を形容するものとなる。それは主体をさまざまな交渉の客体として定義するのだ。(『ラディカント グローバリゼーションの美学に向けて』pp.70–71)

つかの間の「私らしさ」——どこへゆくのか?

後藤のプロジェクトでは、観客や読者を、知っているようで知らない、近くて遠いアジアのデザイナーとの出会いに誘い出すことが企図されている。それを見る私たちは、新しい他者との出会いを通して、自身のアイデンティティを問われることになる。もしかすると、インターネットを通してほとんどすべての事象と接続できるように思える現代に、何も自己変容なんかせずに——デザインサンプルのカタログを参照しながら——デザインすることもできるのかもしれない。しかし、「スタイル」だけがデザイナーを定義づけるのではない。スタイルは挿げ替えることができてしまうのだから。

関係が流動化し、複雑化する現代において、さまざまなものの「あいだ」でわたしたちは絶えず揺れ続ける必要があるのではないだろうか? それは決して「アジア」の「デザイナー」たちだけの問題ではない。今を生きる私たち全員が、揺らぐ時代のなかでアイデンティティを求めている。しかし、「境遇」や「身分」、「出身」に、その答えはないだろう。後藤のプロジェクトに視点を戻すと、アジア各国におけるデザイナーの、西欧文化と自国の文化、過去の文化と現代の文化、クライアントからパートナー……などの、「自己」とそれを取り巻く「他者」との「あいだ」における奮闘が示されている。流動的な現代を生きるデザイナーのアイデンティティは、決定的な姿としては現れない。放浪し、揺れる、奮闘と探求のなかにつかの間の「私らしさ」が現れるのだと思う。

後藤や、アジアのデザイナーの実践が、それを見る私たちを写し鏡のように逆照射し問いかけている——何に帰属し、どこから来たのかではなく——どこにゆくのか?と。

仲村健太郎 / Kentaro Nakamura

1990年福井県生まれ。2013年に京都造形芸術大学情報デザイン学科を卒業後、京都にてフリーランス。大学ではタイポグラフィを専攻。京阪神の芸術・文化施設の広報物や書籍のデザインを中心に取り組む。タイポグラフィや本のつくりを通して内容を隠喩し、読む人と見る人に内容の新しい解釈が生み出されることを目指している。

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