「paperC」を運営するおおさか創造千島財団が、拠点としている大阪・北加賀屋のまちの変遷や、主宰する取り組みを紹介する本コンテンツ。第1回は、北加賀屋が芸術・文化(の担い手)を応援するまちへと変わっていく、その経緯に触れながら、2024年6月1日(土)に行われた北加賀屋5丁目の現在とこれからを考えるトークイベント「ごちょ考」をレポート。
北加賀屋の変化をたどる
大正時代から1970年代まで造船のまちとして栄えた北加賀屋は、今ではアーティストやクリエイターが多く活動する「アートのまち」として知られるようになった。まちの変化は、最もシンボリックな建物である名村造船所からはじまり、北加賀屋のまちへと伝播していったと言えるだろう。
造船からアートへとまちの役割が大きく変化することになった最初のターニングポイントは、1988年。それまで株式会社名村造船所大阪工場として利用されていた木津川沿いの敷地が、ドック(船渠)や工場、クレーンなどを残したまま、土地を所有する千島土地株式会社に返還されたことにさかのぼる。
それから、2004年に名村造船所大阪工場跡地を舞台に、30年にわたるアートプロジェクト「NAMURA ART MEETING ’04-’34」がはじまったことで、その機運が大きく高まっていくことになる。その翌年には、旧事務所棟を改装して名村造船所跡地を恒常的な創造の場として活用する「クリエイティブセンター大阪(CCO)」がオープン。造船のまちからアートのまちへ、北加賀屋を象徴する建物が生まれ変わった。
クリエイティブセンター大阪の誕生からしばらくして、その周辺にも本格的な変化が現れはじめる。2009年、「北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ(KCV)構想」が始まったことはその大きな出来事のひとつだ。KCV構想は、アーティストほかクリエイティブな活動を行う人に限り比較的低価格で北加賀屋に点在する空き家を賃貸するもので、物件の改装は自由とし、退去時の原状回復も不要としている。これにより現在では約50の物件がアトリエやギャラリー、オフィス、ショップやバーなど、 クリエイティブな場へと生まれ変わってきた。その変化はさらなる効果をもたらし、まちなかには約40の壁画やアートが生まれ、まちめぐりも楽しめるようになった。
北加賀屋のまちのなかで、とりわけアートの土壌が育ってきたのは「北加賀屋5丁目」。クリエイティブセンター大阪を目の前にした一帯である。
北加賀屋のうち5丁目は工業地域と準工業地域がほとんどを占めており町工場や倉庫が軒を連ねる一方で、人口は2,706人(令和2年)と、住所に北加賀屋とつく地域の中で最も多くの人が住むエリアである。KCV構想に伴い、さまざまなクリエイティブ拠点がオープンしてきた場所でもあり、「千鳥文化」(2017年~)もそのひとつだ。もともと造船会社に勤務する人々の住居だった築60年の木造住宅を、dot architectsがリノベーションしたもので、文化複合施設として食堂やバー、個性豊かな小売店舗が入居するほか、現代美術家・金氏徹平の常設展示作品や劇団維新派の主宰・故松本雄吉の蔵書の一部や台本、映像などが閲覧できるアーカイブルームを公開する「部屋プロジェクト」もある。また「千鳥文化ホール」では、アートの展覧会や音楽イベント、パフォーマンス、トークなど、さまざまなイベントが開催されている。「アートのまち」北加賀屋の象徴的な施設となっている。
この8月、5丁目に新たな拠点が生まれる。株式会社ウィファブリックがオープンさせる「SMASELL Sustainable Commune」だ。同社は、クリエイティビティとテクノロジーを駆使して地球温暖化の課題と向き合うベンチャー企業で、今回が初の実店舗となる。
ファッション産業全体では、年間3,000億着以上の服を廃棄しているほか、製造・廃棄過程でのCO2排出量も膨大だ。ウィファブリックは、一度も着られずに廃棄される衣類を減らし、CO2排出量を削減するべく、オンライン上でサスティナブルアウトレットモール「SMASELL」を展開する。商品を届けたい企業とお得に購入したいユーザーの共創型プラットフォームとして運営し、25万人のユーザー登録数を誇る。
元工場をリノベーションした2階建ての店舗には、有名ブランドのアウトレット、ヴィンテージ商品のセレクトショップのほか、アダストリアや三陽商会等の大手アパレル企業からサステナビリティをテーマにしたブランドの出店が予定されている。北加賀屋のまちから見れば、これまで「アート」に焦点を当ててきたまちづくりの歩みに、「ファッション」という新たな切り口が提示された格好だ。
トークイベント「ごちょ考」
この新拠点の誕生を踏まえ、北加賀屋5丁目が芸術・文化のまちとしての北加賀屋を生き生きと引っ張っていくにはどうすればよいか。千鳥文化ホールにて、2024年6月1日(土)に「ごちょ考。―5丁目から考えよう そうしよう―」と題したトークイベントが開催された。主催・司会は千鳥文化を運営するadandaの小西小多郎、トークゲストに株式会社ウィファブリック代表の福屋剛、千島土地株式会社代表取締役社長の芝川善行を迎えた。
北加賀屋5丁目には野球場や遊具等を備えた「北加賀屋公園」があり、地元の人々には「5丁目の公園」を略して「ごちょこ」という愛称で親しまれている。この愛称から着想したトークイベントのタイトルにも表れるように、今まさに5丁目で起きようとしている変化に焦点を当てつつ、「北加賀屋5丁目は今後どうなっていくのか」を参加者とともに考えるという、いわばローカルな文脈から企画されたイベントとなった。一方で、北加賀屋5丁目や北加賀屋内にとどまらず、西加賀屋や玉出などの近隣地域からの参加もあり、注目度の高さがうかがわれた。
ウィファブリック代表の福屋は、住之江区出身で北加賀屋にも馴染みが深く、北加賀屋のまちのもつポテンシャルの強さに着目する。福屋によれば、北加賀屋の街並みは、東京では20年ほど前の「蔵前」や「新木場」、海外では「ブルックリン」を想起させるそうだ。倉庫や工場が多いことはいかようにも変化できる可能性がある。それもあって、SMASELL Sustainable Communeでは東京やロサンゼルスのデザイナーによる出店など、新たな変化を生み出すつくり手の視点を取り入れることにも力を入れようとしている。さらに、造船業で栄えた労働者の土地であることや、それに根付いた文化がロサンゼルスのストリートカルチャーと融合することで、唯一無二の文化発信拠点となるのではと期待も大きい。
千島土地株式会社社長の芝川も「SMASELL Sustainable Commune」のオープンを期に「北加賀屋で一番盛り上がっている場所をつくりたい」と想いをあらわにした。「これまでアートを軸に、北加賀屋のまちづくりに取り組むなかで、まちの“色”がついてきたと感じている。これからは、もう少し広義のカルチャーで一般の方が興味をもつようなものとの融合を図っていく必要がある。せっかく『北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ(KCV)』という良い名前があるので、クリエイティブな領域を広げつつ、ファッションなどの新たな分野にアプローチしていく必要がある」。感度の高い人が集まり、面白いことが起きるまちへの期待値が高まる。
いまある文化と新たな活動をどう結ぶか
トーク後のフロアからの質疑は、改めて北加賀屋のまちに根付く多様な文化や近隣地域との関係性を考える機会にもなった。
住之江で音楽イベントを主催する男性は、「この地域の出身者として、地域活性化をコンセプトに音楽を主体にしたイベントを行う中で、北加賀屋がアートのまちとして発展していく様子を横目で見てきたが、ここ(千鳥文化)に来たのは初めて。地元のいわゆる『労働者』や『ヤンキー』と呼ばれるような人たちから見ると、(北加賀屋の施設は)おしゃれだな、入って良いのかなという感覚がある。アートのまちの動きに関わりたい、コミュニケーションを取りたい、できれば一緒に何かしたいという想いに応える取り組みはあるのか?」と問いかける。
対して福屋は、「たとえば、30年前のブルックリンは荒廃し不良しかいないような状況だったが、そこで培われてきたストリートカルチャーが現在のまちの豊かな土壌をつくっている。それを北加賀屋に重ねてみると、このまちもストリートカルチャーが根ざしやすい地場が整っているのではないか。すでにあるグラフィティ、造船所跡、空き家などの街並みを生かしつつ、いかにストリートカルチャーを取り入れ、育んでいけるかが大事だ。今回SMASELLの中にも、スケートボードをアップサイクルした家具などのテナントが入る。ゆくゆくは少し前にストリートを楽しんでいた世代の方が、若い世代の方と集いコミュニケーションするような場になればと考えている。まちに血気盛んな10代を増やしていけたら面白い」と答える。
小西も、自身の実感と合わせて言葉を添える。「千鳥文化でいえば、バーの時間はスケートボーダーも含めて地元の20代前半の人たちが集う時間になっている。そこでのコミュニケーションをきっかけに千鳥文化ホールでのイベント開催につながったことは、千鳥文化をやっていて非常に良かったことのひとつ。まちづくりを考えたときに、外から持ち込んでくるだけでなく、まちの人たちと一緒になってつくっていけると良いのではないか」。
北加賀屋の下町らしい雰囲気が気に入って移住したという女性は、「地域のおじいちゃん、おばあちゃんたちが居る銭湯や喫茶店によく行くが、盛り上がっているアートやいろいろなお店ができる動きなどと、おじいちゃん、おばあちゃんたちが近づいたらいいのにと思う。私自身、千鳥文化のバーにもたまに来るため、そこでは地元の人とともに営んでいくような動きを実感している。おじいちゃん、おばあちゃんたちとも一緒にやっていこうという予定はあるか?」と問う。
「SMASELLに関しては、もちろん年配の方にも来てほしい」と福屋。「そのためにファッションだけではなく、食やライフスタイルなども幅広く扱っている。一部の人たちが来られないということはサステイナブルではないので、年配の方へのケアや楽しみを提供していかなければならないと考えている」と続けた。
一方、芝川はまちづくりの視点で次のように語る。「いかにこのまちの雰囲気を残しながら面白いまちづくりをしていくかが肝心。建物なども新しいものを建てるのではなく、もともとあるものをうまく使う。将来的にまちの核となるような建物1軒の新築は検討するかもしれないが、基本的には今あるまちの雰囲気を壊していくつもりはない」。
また、近隣の子育て世代にとって足をのばしたいまちになれるかという点もこれからの課題であり、特に核となるのが「公園」だ。
西加賀屋で子育て中という男性は「アートのまちといったとき、アートは鑑賞者にも専門性が求められるなど、家族連れや子ども連れが入りにくいイメージがある。そのあたりに刺さるような施策などはあるか?」と質問。
「SMASELLでは、まさに家族連れをターゲットにしたコンテンツを検討している。楽しみながらファッションロスをなくせる『古着の釣り堀』なども考えているので、家族でぜひ遊びに来てほしい」と福屋。
芝川は、「これまで、子どもが日常的に来られるまちという視点で議論をしてこなかったのが正直なところ。おそらく公園がポイントになってくる」と話す。子ども連れで遊びに行く場所の候補に、「ごちょこ」こと「北加賀屋公園」はまだまだ候補に挙がりづらいという課題が浮き彫りになった。公共施設である公園は、所有する不動産を活用した施設のように自在な施策を取ることは難しいが、より多くの人々を受け入れるまちづくりの観点から近く向き合うこととなるのかもしれない。
「パークPFIの制度を活用するなどして、民間と行政が連携しながらまちの憩いの場にしていくことができれば」と芝川。福屋・小西からも「お祭り」や「野球場で盆踊り大会」など「ごちょこ」のポテンシャルを踏まえた楽しいアイデアが出された。SMASELL Sustainable Communeからまちなかへ、どのように活動を拡げ、盛り上げていけるかが次のステップとして期待される。
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多様な立場の人たちとともに、すでにあるまちの文化・営みを尊重しながら新しい文化を呼び込み、どのように豊かなまち、変化し続けるまちをつくっていくか。今回のトークイベントを通して見えてきた課題を、今後もさまざまな人たちと議論しつつ、千島土地・おおさか創造千島財団、それぞれの活動につなげていきたいと思う。
日時:2024年6月1日(土)
会場:千鳥文化ホール【登壇者】
ゲスト:
芝川善行(千島土地株式会社代表、一般財団法人おおさか創造千島財団役員)
福屋剛(SMASELL Sustainable Commune 主催、株式会社ウィファブリック代表)聞き手:
小西 小多郎(千鳥文化運営、株式会社adanda代表)【ゲストプロフィール】
芝川善行
新卒で都市銀行に入行後、2011年㈱MUGENUPの共同創業メンバーとして参画。翌年2012年より千島土地㈱の非常勤取締役に就任。約10年間MUGENUPをメインに活動。取締役COOとして営業、資金調達、新規事業の立ち上げまで幅広く業務を行う。2022年、千島土地㈱の常勤取締役2023年に就任。メインの活動が千島土地になる。2023年、千島土地㈱の代表取締役社長に就任。福屋剛
繊維商社にて約10年間の勤務を経て、業界内の大量廃棄を中心とする環境問題に対して疑問を感じ同商社を退職。繊維ファッション業界が抱える課題解決のため2015年3月に起業する。2017年7月にローンチしたサスティナブルアウトレットモール「SMASELL(スマセル)」は出店社数1200社、ブランド数7000ブランド、ユーザー数約25万ユーザーを超え、「ガイアの夜明け」「スッキリ」等で話題となり、2018年には「循環型社会形成推進功労者環境大臣表彰」「日経優秀製品・サービス賞優秀賞日経産業新聞賞」等を受賞。2019年には自身がForbes Japanの「日本のインパクト・アントプレナー」にも選出され、現在、繊維ファッション業界の廃棄課題の解決に最も情熱を燃やす起業家として注目を集めている。