
大阪在住のフィルムメーカー・小田香の最新長編『Underground アンダーグラウンド』が、2025年3月29日(土)より、九条のシネ・ヌーヴォにて上映される。
小田はこれまで、ボスニア・ヘルツェゴビナの炭鉱とそこで働く坑夫たちをとらえた『鉱 ARAGANE』、メキシコ・ユカタン半島北部の洞窟内の泉をめぐる集団的記憶や原風景を映像として立ち上げた『セノーテ』など、地下世界を題材とするドキュメンタリー映画を手がけてきた。
本作で小田は、日本の地下世界にカメラを向ける。3年かけて日本各地をリサーチし、その土地に宿る歴史と記憶を辿り、土地の人々の声に耳を傾けながら、地下の暗闇を16mmフィルムで撮影した。
映像の中で、映画作家・ダンサーの吉開菜央が「シャドウ(影)」という存在を演じる。地下の暗闇から現れたシャドウはある女の姿を借り、時代も場所も超えた旅に出て、かつてそこで起きたことをトレースしていく。そしてふと訪れた映画館で目にした映像に導かれて湖の底に沈んだ街へと向かう。
これまでとは全く異なる撮影体制で臨んだという本作。小田が描き出す、ドキュメンタリーを超えた異形の空間を、劇場で体験したい。
なお、『Underground アンダーグラウンド』の公開を記念して、同劇場にて、「小田香監督特集2025」が開催される。デビュー作『ノイズが言うには』(2010)から、劇場初上映となる最新作『母との記録「働く手」』(2025)まで、小田の15年にわたるフィルモグラフィーを6プログラムに分けて一挙上映する。
監督の言葉
「きっと思い出せるから」と本編を結んだ初作品『ノイズが言うには』(2010)から、「思い出せる一番最初の記憶はなんだろう」と問うた短編『フラッシュ』(2015)を経て、わたしは人間の記憶というものに対する探求を続けてきた。記憶という無形のものを、物質的な石炭鉱石やその掘削にみた『鉱 ARAGANE』(2015)や、時を超えた記憶の集団性を水中に捉えようとした『セノーテ』(2019)は、主な所在が地下だった。地下に行けば、記憶というぼんやりとしたものの手がかりがあるかもしれないと感じていたのだと思う。
今作『Underground アンダーグラウンド』では、記憶に対する探求をより深めていった。その集団的で相互構築的な性質や、「時間」というこれもまたよくわからないものとの関わりに加え、映画という記録メディアを通してなぜ記憶を繋いでいきたいと願っているのか、他者との関わりを通して自身に問うような制作プロセスだった。人類はいつか滅ぶのだろうし、人間である限りわたしもあなたも必ず死ぬが、無数のひとりひとりがここに生きたということを肯定したい。そのために、生痕としての映画を残したいのだと今は思う。
太古から現在、遠い未来の生痕を旅する役目の者を、我々はこの映画の中で「影」と呼んだ。地下と地上、失われたものとまだあるもの、生者と死者、双方を影によって繋ぎ、「わたしたち」の像を立ち上がらせたかった。死、失われた者、遺された物、それらの気配が漂う地下空間で、束の間、映画という装置によって静止していた時間を動かす。隠したり、隠れたり、隠されたりする空間が、生者の眼差しによって感光する。生者とは、この映画に関わった我々作り手たちを指すと同時に、スクリーンを見つめる観客でもある。
映画を通して眼差され、感光した生痕は、集団的な記憶になる。
集団的な記憶が新たな地層を得ることで、「わたしたち」という奇妙な事象が更新される。願わくば、「わたしたち」を革(あらた)めるように。
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小田香(おだ・かおり)
1987年大阪府生まれ。フィルムメーカー。2011年、ホリンズ大学(米国)教養学部映画コースを修了。卒業制作である中編作品『ノイズが言うには』が、なら国際映画祭2011 NARA-wave部門で観客賞を受賞。東京国際LGBT映画祭など国内外の映画祭で上映される。2013年、映画監督のタル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factory(3年間の映画制作博士課程)に第1期生として招聘され、2016年に同プログラムを修了。2014年度ポーラ美術振興財団在外研究員。2015年に完成されたボスニアの炭鉱を主題とした第一長編作品『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭2015・アジア千波万波部門にて特別賞を受賞。その後、リスボン国際ドキュメンタリー映画祭やマル・デル・プラタ国際映画祭などで上映される。映画・映像を制作するプロセスの中で、「我々の人間性とはどういうもので、それがどこに向かっているのか」を探究する。また世界に羽ばたく新しい才能を育てるために2020年に設立された大島渚賞(審査員長:坂本龍一、審査員:黒沢清/荒木啓子[PFFディレクター]、主催:ぴあフィルムフェスティバル)では第1回の受賞者となった。2021 年、第 71 回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。『セノーテ』は2020年に劇場公開され、国内で30ヶ所を超える映画館などで上映された。2021年からは青森県立美術館が地域とアートのこれまでにないつながりを生み出すことを企図したアートプロジェクト「美術館堆肥化計画」に3年間にわたって招聘され、青森各地をテーマとしたインスタレーションや映像作品を制作した。2021年には札幌の“西2丁目地下歩道”に作品を展示する映像制作プロジェクト「西2丁目地下歩道映像制作プロジェクト」に参加し、巨大な構造物のある札幌の地下空間をとらえた9分のインスタレーション作品「Underground」を発表、後に製作する“地下世界”を通して人間の記憶に迫る長編『Underground アンダーグラウンド』の礎とも言える作品となった。さらに2022年には豊中市立文化芸術センター「とよなかアーツプロジェクト2022 リサーチ企画」の委嘱を受け、太平洋戦争・沖縄戦で多くの住民が命を落とした自然洞窟ガマをテーマにした中編『GAMA』を製作。山形国際ドキュメンタリー映画祭、シネマ・ドゥ・リール(フランス)など国内外の多くの映画祭を巡回している。2024年、3年にわたり、日本各地の地下世界をリサーチし制作した、最新長編『Underground アンダーグラウンド』が遂に完成、10月に第37回東京国際映画祭Nippon Cinema Now部門でワールド・プレミア上映された。
『Underground アンダーグラウンド』
2024年/日本/83分
監督:小田香
テクニカルディレクション:長崎隼人/撮影:高野貴子/照明:平谷里紗、白鳥友輔/録音:長崎隼人/整音・サウンドデザイン:山﨑巌/グレーディング:長崎隼人
音楽:細井美裕
出演:吉開菜央、松永光雄、松尾英雅上映期間:2025年3月29日(土)〜4月24日(木)
会場:シネ・ヌーヴォ
※上映時間等詳細は、劇場Webサイト参照料金:一般1,900円、シニア1,300円、会員・学生1,200円、高校生以下・ハンディキャップ1,000円
トークショー
3月29日(土)18:10の回上映後
ゲスト:菅野優香(映画研究、『クィア・シネマ』著者)、小田香監督3月30日(日)18:10の回上映後
ゲスト:堀潤之(映画研究、表象文化論、関西大学文学部教授)、小田香監督※『Underground アンダーグラウンド』はUDCastアプリによるバリアフリー上映に対応
『Underground アンダーグラウンド』公開記念 小田香監督特集2025
期間:2025年3月29日(土)〜4月18日(金)
会場:シネ・ヌーヴォ
※上映時間等詳細は、劇場Webサイト参照
料金:一般1,600円、シニア1,300円、会員・学生1,200円、高校生以下・ハンディキャップ1,000円※オンラインチケット購入サイト http://www.cinenouveau.com/ticket/ticket.html
大阪市西区九条1-20-24