2021年11月21日(日)、田辺のLVDB BOOKSを出発点に詩人・辺口芳典さんとまちを歩く「2221.11.21」に足を運んだ。田辺駅前の長居公園東筋を南へ下り、住宅街の一角へ。細い路地を曲がると、すでに店の前には辺口さんや参加者が集っていた。
16:30の出発まではまだ時間があり、店内ではあちこちで本を物色する人の姿が見られた。10人以上はいるだろうか。LVDB BOOKS店主の上林さんに尋ねると、2021年4月に行われた前回「2221.田辺桃ヶ池阿倍野飛田山王新世界天芝天王寺歩き」の倍くらいの参加人数とのこと。単独で参加した筆者にはどことなく心もとなさもあったが、大人数の歩みの波に便乗させてもらい、馴染みのないまちを行くというのは新鮮でもある。「もうそろそろ店を閉めて出発します」という上林さんの声に促されて外に出ようとしたとき、ひとりの男性から「これから何かあるんですか?」と尋ねられた。はじめて店を訪れ、このイベントの実施は知らなかったらしい。おおまかにルートや内容を伝えると、迷う様子を見せながらも、「行けるところまで」と時間の許す限り彼も一緒に歩くことになった。
前回開催で、辺口さんは「2021年、歩くことが詩になりました。2221年、歩くことは言葉と呼ばれているでしょう」と掲げた。その「歩くことが言葉になる」をイメージするため、喋らずに歩き続けるというのがこのイベントのゆるやかなルールでもある。とはいえ、居合わせた人との会話が弾み、道中は賑やかだ。ベビーカーを引いた家族連れから若い層、年配の方まで顔ぶれは幅広い。筆者も先の男性、Sさんとお互いの出身や年齢などあれこれ話した。20代前半で、平野区に住んでいる会社員らしい。すこし離れて辺口さんが黙って先頭を行く。雪虫を手で掬ったり、周囲を見渡したりしながらゆったりと歩みを進める姿は、どことなく踊りのようにも見えた。
時折、筆者も列をはずれ、住宅の塀すれすれを歩いたり、立ち止まって軒先や窓の格子、表札などを眺めたりした。普段はわざわざしない行動だが、大所帯のひとりという状況がそれを許容するような開放感がある。大きく実った黄色い柑橘のなる木。小ぎれいな玄関の戸の奥に灯る電気。年季の入ったアパート。誰かが植え込みにかけたゴミの詰まったビニール袋。目の前に剥き出しになっている風景をどう見るか、どこをいつまで見るか。誰に反応や応答を求められるわけでもなく、それでいて自分自身の感覚が試されるような時間のさなかで、場をともにしている人々の流れに合流し、離れてを繰り返しながら次の動作を生んでいく。はじめて訪れる北田辺一番街の花屋さんでは、黄色い小花を買った。馴染みのないまちで花を持って歩く体感は、場の日常性と余所者である筆者自身の差異をより際立たせるようだった。
途中、川べりの暗い水の流れを見ながらのろのろと歩いていると、いつの間にか一行からはぐれてしまっていた。近くにいた上林さんと写真家の江村仁太さんについていき、早足で辺口さん率いる前陣と合流。その頃には、Sさんはいなくなっていた。筆者と同じように心もとなさそうにしていた姿と、この日たまたま交差した互いの歩みの痕跡が途切れたことを思うと、挨拶できなかったのは残念でもあった。さらに東部市場へと足を進め、古家具・古道具を扱うつむぎ商會に立ち寄り、最終地点である田島の中華料理店・宇宙を目指す。
だが、宇宙は予想外に早めの店じまいをしていた。ひとまず場はおひらきとなったが、一行は辺口さんの弟さんが営む寺田町の居酒屋へ向かうことに。ここからの道行きが特に印象に残っている。田島からJR寺田町駅方面へ、夜の横断歩道を渡り、生野銀座商店街から生野本通商店街と、連なる道をひたすら歩いた。白々とした灯りが行き渡った、軽快な音楽が流れる通りには、自転車で走り行く人や連れ合いと歩く人がぽつぽつと往来している。ふとアーケードの上部に設置された時計を見ると、20:30を回っていた。もうそんなに時間が経ったのかと不思議に思い、スマートフォンを表示させる。しかしまだ19:00台だ。ただ時計が止まっているのだとすぐに理解するが、同時にこの20:30はいつの20:30なのだろうという思考がうずまく。停止している針が、この場所の過去の存在を証明している。通りから時折覗く、暗くひっそりとした路地裏の家並みが、現在まで時間を重ね続けるこの土地の正体とでもいうような様相に見えはじめる。
辺口さんが商店街の脇道に曲がった。そして、シャッターの閉まった店の連なる一角を進み、人ひとりがなんとか通れるほどの小道(というより、家と家の隙間と言っていい)へ駆けるように入っていく。自分の身体のすぐ横に他人の生活を隔てた建物の壁があり、炊事の音が聞こえる。ここがどこなのか、どこに続くのかもわからず、暗がりと漏れた灯り、歩みの振動とせわしい目の動きによって現れるめまぐるしい風景のなかを通り抜け、ついに出た先は大通り沿いの歩道だった。
JR寺田町駅前に到達し、辺口さんが39年間の営業の末に閉店したというマクドナルドの前に立つ。どうやらここが本来の終着地点だったようだ。「M」を象った店の電灯看板には白いカバーがかけられ、よく見ると「2221.」の文字が書かれている。
「2021年、歩くことが詩になりました。2221年、歩くことは言葉と呼ばれているでしょう」。この一節の意味を探りたくなり、弟さんの店でなぜ2221年なのかと辺口さんに尋ねると、「100年後はまだ近いなって。200年後くらいがちょうどいい」と返ってきた。雲を掴むような響きだが、このとき筆者には、「100年後」「200年後」という言葉が、単に時間の経過ではなく、「今ではない別の時間」を感じ取るためのチューニングレベルであるかのように聞こえた。近い未来は現実の延長だが、遠い未来は想像が自由にめぐる時空ともとれる。
マクドナルドの看板の「2221.」は、事実として2021年11月21日より以前の近い過去に綴られたものだが、ともすると、この先に存在する2221年のある日から放たれたメッセージ、あるいは記録のようにも思える。
辺口芳典 / Yoshinori Henguchi
1973年大阪阿倍野生まれ、新世界かいわいの下町で育つ。2000年 阿部カウチ名義でWasteland誌にて詩人デビュー。2001年 詩集『無脊椎動物のスポーツ・メタル』を刊行。2006年 辺口芳典に改名、キヤノン写真新世紀優秀賞。2010年 nobodyhurtsから『女男男女女男女女女男女男男女男女女』を刊行。2011年 ドイツ、デュッセルドルフのゲスト・アーティストとして選出され、「ANTI FOTO」「Photo Battle」に参加。2014年 アメリカ・シアトルのChin Music Pressから『Lizard Telepathy Fox Telepathy』を刊行。2017年 edition.nordから写真集『mean』を刊行、翌年にブルノ国際グラフィック・ビエンナーレ入選。2019年 edition.nordから大阪此花区の六軒家川を写した『peels』を刊行。2020年 Forget Publishingから詩集『水の家』を刊行。
http://yoshinorihenguchi.com/
https://twitter.com/shibataie
角木正樹 / Masaki Tsunoki
1980年、兵庫県生まれ。大阪府在住。2010年 個展「カギっ子の部屋 写真展」(ビバビルディング1F/大阪)、2011年 ミオ写真奨励賞2010 作品展(天王寺ミオ12階ミオホール/大阪)、2012年 MIO PHOTO OSAKA 公開ポートフォリオ・レヴュー選考(美術家 森村 泰昌選)、2013年 個展 「カギっ子の部屋」 MIO PHOTO OSAKA「ミオフォトアワード・プライム」(天王寺ミオ12階ミオホール/大阪)、2014年 個展「タベサシ」FOTO PREMIO入賞(コニカミノルタプラザ ギャラリーB/東京)、2018年 個展「Jaguar」(692/GALLERY/大阪)、2018年 展示「我が子は鬼をも困らせる」(Document CORE Osaka/富士ゼロックス/大阪)、2019年 個展「ピュア」(オソブランコ/大阪)、2021年 個展「むにゃ、むにゃ、むにゃ、む」(オソブランコ/大阪)。
http://tsunokimasaki.qee.jp/photo/
https://www.instagram.com/m.tunoki/
日時:2021年11月21日(日)
集合場所:LVDB BOOKS
時間:16:00集合、16:30出発