パフォーマンス・アート集団ANTIBODIES Collectiveのダンサー・振付家として活躍する東野祥子が、約10年ぶりとなる単独ソロ公演を開催。『A Perfect Storm』と題された新作は、2024年1月6日(土)〜8日(月・祝)の3日間にわたってTHEATRE E9 KYOTOにて上演された。
現在京都を拠点に活動する東野祥子だが、ANTIBODIES Collectiveの前身「Dance Company BABY-Q」発足につながるダンサーとしてのキャリアを大阪で築いたのち、東京で2015年に「ANTIBODIES Collective(通称アンチボ)」を音楽家のカジワラトシオとともに結成するに至った経緯がある(詳細はpaperC「Co-Dialogue」の東野祥子×水野大二郎対談「寛容な場のあり方」でも語られている)。
アンチボ作品の舞台は、劇場ではなく島全体や野外、工場などの空間であったり、時には数週間前から美術班が仕込みに入って廃材などを使いながら大がかりなインスタレーションをゼロから組み立てていくスタイル。ジャンルレスなアーティストたちが全国から集い、出演者だけで数十人という“現代芸術界のサーカス団”のようなアーティスト・コミュニティこそがアンチボであると、「BABY-Q」時代から彼らの活動を身近に観てきた私は勝手に思っている。
彼らのパフォーマンスの基礎にはいつも明確なコンセプトがあり、それは犬島公演『エントロピーの楽園』(岡山県・犬島/2018、2019年)における地方過疎化への提議であったり、コロナ渦中の公演『あらゆる人のための、誰のためでもない世界』(兵庫県・淡路島ダントータイル工場/2021年)におけるメディア社会との対峙であったりと、自らの芸術表現を一種のメディアとしてとらえ、発信するメッセージが印象的だ。
今回の公演に至った経緯について、東野と構成・演出を担当するカジワラトシオに話を聞くと、2021年3月に京都市・東九条で行われた公演作品『A Decade of Regression and Regeneration』が、本公演『A Perfect Storm』へと導く大きなきっかけとなったと返ってきた。
東九条エリアは、もともと在日朝鮮人や廃品回収で生計を立てる人たちなど、差別的な扱いを受けていた人たちが多く住んでいた。独自のコミュニティをもち、戦後の波乱な歴史を歩んできたこの地区では現在「芸術の発信地」という都市計画のもと再開発が進められている。『A Decade of Regression and Regeneration』こそまさに、その再開発で取り壊されたマンモス団地の跡地で行われた公演であったが、そこから目と鼻の先にある劇場で上演された今回の作品『A Perfect Storm』もまた、東野やカジワラトシオがこの東九条という特別な場所へ捧げるオマージュとして、再びたどり着いたプロジェクトであったと言える。
1月8日、小雪が吹き散る東九条。会場は超満席のなか『A Perfect Storm』の最終公演が幕を開けた。
作品は複数のシーンで構成されていて、シーンごとに東野祥子が異なる人物に扮して登場する。綿密に計画された完璧な舞台演出によって、夢と現実を彷徨うかのような感覚に観客を誘いながら、ストーリーが次々と展開していく。
軍服のような衣装を身にまとった東野が回転椅子に座っているところからはじまる冒頭のシーン。暗闇のなか、衝撃音と扉を開け閉めするような鋭い音が鳴り響く。彼女の両手首と両足首に取り付けられた赤く光るセンサーが、微細な動きに合わせて音を発生させる仕組みになっていることが徐々に認識されていく。観客の目が暗闇に慣れてくると、舞台上に2枚の木扉、そして空中にぶら下がる1枚の紙が視界に浮かび上がる。彼女はその紙を手に取ると、何かのメッセージを察知したように、暗い扉の奥に立ち去り、物語は不気味な幕開けを告げる。
続いて、女性が扉から顔を覗かせる。彼女は扉の前に置かれたゴミ袋を見つけると、果敢にも、もう1つの扉にいる隣人に苦情を訴えにいく。扉をノックをするも何度も無視され、ついには勢いよく手を引かれて彼女は扉の先に姿を消してしまう。しばらくすると、彼女はゴミ袋に巻かれた状態で、扉からゴミのように投げ捨てられる。現代社会における他人との希薄なコミュニケーションが生む孤立や分断の現実が、扉というシンボリックな存在を使って表現される。
今度は、赤いカーテンが付いた窓越しに、色気を感じさせる娼婦のような女性。窓の奥から徐々に煙が立ち上がると、舞台の雰囲気は一変する。アパートが燃えだすかのような火事の様子が演出され、その急激な展開は、日常生活が突如として奪われる状況を、女性の美と対照的に映し出す。戦争や地震などの自然災害が引き起こすリアルタイムな悲劇が頭をよぎる。気が迫られるような空気感のなか、BPMの高いサウンドに合わせて、赤い衣装をまとった東野が迫真のダンスを披露する。
そして、大きな箱を積み上げた荷台を重そうに引きながら、舞台に登場する女性。頭にスカーフを巻き、身体より大きな荷物を抱えたその姿は、かつてこの東九条で多く存在していた「バタヤ」と呼ばれる廃品回収をして暮らしていた人たちの姿を想像させ、同時に、今まさに侵攻から逃れるために南へと移動するガザの人々や、地震で住む場所を失い避難を強いられる能登半島の被災者の姿に重なる。
静寂のなか、天井から水滴が降り始め、水滴が複数の金属製のバケツに落ちていく高低音が、まるで楽器のような美しい音響効果を生み出す。ガザの爆撃で命を絶たれたジャーナリスト、ラファート・アラリア氏の最期の詩の朗読が流れ、重みのある詩の一語一句と激しいダンスが胸を締め付ける。そして、舞台はそのままラストシーンへと続き、「ずっと雨が降り続く」と歌う軽快なスイングの名曲「Stormy Weather(嵐のような天気)」に合わせて、東野が感動のラストダンスを飾る。
いくら嵐を受け止めて 笑い飛ばそうとしても
必死に大地を踏みしめることが精一杯
ただ この震える脚で踊り
泣きながら唄うことが出来る限り
生き耐えられるような そんな気がする
(作品ノートより抜粋)
世界は今、まさしく「嵐」の渦中にある。この公演まであと1週間を切ったという頃、能登半島を襲った大地震。長期化するウクライナ戦争に、終わりの見えないガザ地区への侵攻。悲鳴をあげる世界を前にして、自分に何ができるのかもわからず、私たちは未来への希望すらも失いそうになる。しかし「嵐」というのは必ずしもネガティブなものではなく、時に私たち人間の強さを引き出してくれるものでもあると、東野祥子のダンスは私たちに語りかける。嵐が来ても、雨が降っても、悲しみに襲われても、東野にダンスという表現が許されるように、私たち一人ひとりにも立ち向かう舞台は用意されている。本作の各シーンが物語るように、私たちの生活の断片に散らばる「嵐」を受け止めながら精一杯生き続ける限り、人間は強く美しく光輝く。あの日、そんな新たな希望を生んでくれたこの作品こそきっと、今の私たちに必要な「パーフェクトな嵐」だったのだろう。
日時:
2024年1月
6日(土)19:30
7日(日)14:00/19:30
8日(月・祝)15:00【Project MEMBERS】
出演・振付・衣装・演出:東野祥子
構成・音楽・演出:カジワラトシオ
照明:藤本隆行(Kinsei R&D)
装置:関口大和
舞台美術:山本將史
演出助手:松木萌
テキスト提供:大河真弓
舞台監督:串本和也(RYU)
音響:Polar Gradation
写真記録:井上嘉和、Yoshihiro Arai
映像記録・編集:小川櫻時
記録撮影:Idargo Soto Franco、佐伯龍蔵
宣伝美術:関根日名子
制作:滝村陽子
広報:高橋理恵
制作アシスタント:小宮有加
協力:渡辺明日香、waccafarm
主催・企画制作:一般社団法人 ANTIBODIES Collective
提携:THEATRE E9 KYOTO
京都芸術センター制作室支援事業