上本町を拠点に、カーテンなど布の意匠計画を行うデザイン事務所「fabricscape(ファブリックスケープ)」の個展「12/12 unbeautiful end.」が和歌山のnormにて2022年2月22日(火)から28日(月)まで開催された。
fabricscapeは建築家やデザイナーと協働で布のデザインを手がけている。以前紹介したtuuliや此花区のTHE BLEND INN・THE BLEND STUDIOなどにも採用されており、大阪のみならず全国各地で展開されているため、実際に見たことがある方も多いかもしれない。私が一番印象に残っているのは、奈良のNEW LIGHT POTTERYのショールームのカーテンだ。アルミ蒸着加工が施された真鍮色の布で、表面には揺らぎに合わせて変化する光のプリズムが浮かび、ほかに類を見ない独特の表情を見せる。
そんな布を用いて空間の可能性を探求し、建築家・デザイナーから厚い信頼を得るfabricscapeの個展。期待に胸を躍らせ和歌山へ向かった。会場となるnormは、大正後期に建てられ、国の登録有形文化財に登録されている旧西本組本社ビルの1階にある。歴史を感じる建物にも心惹かれながら、やわらかな光の差す布を掻き分けて店内へ。
目の前に広がる不思議な光景に、一瞬思考が止まる。部屋の壁すべてが布に覆われているはずなのだが、壁も窓も家具も見える。なんと会場の風景写真を1/1スケールでプリントアウトした布が、元の位置に合わせて配されているのだ。
薄くて軽いハリのあるオーガンジーに、撮影した写真を精密にプリント。それらを144(12×12)mm幅の短冊状に細く切り、3層にわたり覆い被せているのだという。
活動12周年を迎えたfabricscapeの節目となる本展だが、華々しさや派手さはない。空間には静かな時間が流れていた。これまでとこれからの局面に立つタイミングながら、現地調査のためにnormに足を踏み入れたときの代表・山本紀代彦氏の心情は、不思議なほどに静穏だったそうだ。むしろ、場に手を加えることへの不自然さを覚え、その感覚の乖離をそのまま展示に表そうと考えたという。
空間に大きな変化はなく、ただ静かに、そこにあったものがそのまま存在している。しかし、展示を細かく見てみると、ありのままを表現するために多様な仕掛けが施されていることに気づく。カットされた布を1枚手に取れば、まずその薄さに驚かされる。一つひとつは繊細かつ軽やかに透け、プリントされた像はおぼろげだ。しかし、複数枚が重なることで、その像はより鮮明に浮かび上がる。
布は意図的に、実際の風景と少しずらして配置されている。そこに現れる曖昧なイメージは、まるで絵画のようにも見える。また、会場の柱には数カ所鏡が設置されており、覗き込むと虚像(鏡)の奥にさらに虚像が続き、まるで別世界につながっているかのような感覚を覚えた。
本展のタイトルは「12/12_unbeautiful end」と名付けられた。めくるめく光景を「美しくない終わり」と呼ぶには、どこかそぐわなさも覚える。しかし、布にプリントを施してカットし、重ねていくという複雑な工程と時間の先に現れるのは、手数の痕と場の変わらなさでもある。それを「美しくない終わり」と表現したのだ。
普段のデザインでは、空間に沿った提案や新たな体験を生み出す設計を行うfabricscape。本展はまさにその逆を突き詰めている展示と言えるかもしれない。山本氏に話を聞くと、「デザインをするなかで、結局何もできなかったり、やり切ったのに虚しさが残ることがあるんです。今回の展示はまさにその虚無感をそのまま表していますね」と笑いながら語ってくれた。少し毒のある、ウィットに富んだ言葉の裏には、空間や内装設計など多くのプロジェクトを成功させながらも、まだ布の意匠設計という業種の価値やデザイン・技術を伝えきれていないもどかしさがあるのかもしれない。fabricscapeがつくるプロダクトは、一口に「カーテン」とは言い表せない。これまでの概念を超えているものだ。
「美しくない終わり」は、膨大な工程を経て、これまで見ることのできなかった空間の要素を細やかに抽出し、この場所に新たな風を吹き込んだのではないだろうか。布に透けるやわらかな光や、イメージの揺らぎ、空気を取り込む布のはためきによって浮かび上がった”ありのまま”の風景を、筆者は美しいと強く感じた。
fabricscape個展「12/12 unbeautiful end.」
会期:2022年2月22日(火)~28日(月)10:00〜17:00
会場:norm