福島区の設計事務所DRAWERSが展開するプロダクトブランド「wa/ter」のインセンスシリーズHEARより、「SUNSET」が2022年6月17日（金）にリリースされた。第1弾で発表された「SUN」「MOON」に続く3種類目のインセンスとなり、香りのデザイン・ディレクションは和泉侃が手がける。

wa/terは、「人や環境とともに循環していく」ことをテーマに2020年7月より活動をスタート。DRAWERS代表の小倉寛之が、自身の仕事を通してスクラップ&ビルドを繰り返す空間デザインに対し、「そもそも私たちデザイナーが大切にされるべき価値を創造できていなかったのではないか」と疑問をもったことがきっかけだという。

wa/terが提案するプロダクトには、2つの特徴がある。ひとつは必要のなくなってしまった物質に新たな価値を見出すこと、もうひとつは時代問わず長く愛されるデザインの提案だ。前者の例としては、たとえば上の写真にあるガラスのプロダクトシリーズが挙げられる。ブラウン管テレビのディスプレイのガラスや、LEDによって社会から消えていく蛍光灯の再生ガラスを用いてつくられたもので、製品のライフサイクルにデザイナーの視点が加わり、私たちの生活を彩るアイテムへと生まれ変わったプロダクトだ。

一方、今回紹介するインセンスシリーズのHEARは後者の例にあたる。江戸後期から続くお香の産地である淡路島でつくられ、天然由来成分のみを使用した柔らかな香りは鼻あたりも優しい。一般的なお香より少し短い佇まいは、生活のさまざまな場面で楽しめるように、燃焼時間を15分に設計しているからだという。そもそも、香りには過去の記憶を蘇らせる効用があるように思う。嗅覚は五感のなかで唯一「情動」に伝わると言われ、心地よい香りは人の心をリラックスさせる。wa/terでは、この実態のない香りと時間の結びつきを大切にすることが、生活の豊かさを生み出すと考え、香りのプロダクトを提案している。

新たにリリースされた「SUNSET」は、その名前の通り夕暮れの情景を表現した香りとなっている。インセンスとセットになっているポストカードには淡路島の海に日が沈む風景が写り、赤、オレンジ、青色のグラデーションが印象的だ。インセンスの原料はアオモジ、ローズゼラニウム、ラベンダー、シナモン。箱から取り出すと柑橘のような上品な香りが広がる。さっそく火をつけてみると、柔らかな煙とともに甘酸っぱい香りが漂い、その奥にあるスパイシーさに、夜になる前のまったりとした時間を感じる。

wa/terブランドマネージャーの藤田季沙に、独自のものづくりの考えについて話を聞くと、次のように返ってきた。「wa/terでは余白をつくることを大切にしています。あまり言葉で語りすぎず、感覚的にいいなと思っていただけるところまでをデザインし、あとは使う人の想いを乗せて使ってほしいと考えています」

「SUNSET」という言葉のイメージと香りを結びつけながら、目を閉じて自分の記憶を辿ると、さまざまなシーンや色がぼんやりと浮かび、すこしずつノスタルジーが湧いてきた。これはあくまで筆者自身の感覚であり、使い手によって変わるかもしれない。ただ、この香りと向き合う時間は、どんな人の心も身体も、忙しい日々からすこしの間、解放してくれるだろう。藤田は「香りには、空間のもつイメージを変化させ、使う人の気持ちを整える力があります。心に余裕をつくることで、私たちの身のまわりにあるさまざまな環境や自然に意識を向けることができ、普段見落としてしまっている愛おしさに気づくことを願っています」と語ってくれた。

wa/terでは、HEARを含め、今後もオリジナルプロダクトの発表を予定している。本稿の取材のためにDRAWERSを訪れた際には、2022年6月22日（水）に発売されたばかりの布草履を見せてもらった。内装設計をする際にストックしていたインポートのカーテンを、京都岩倉の地であらゆる履物を専門に手がける「履物関づか」に依頼し制作。もちろん、このために原料を仕入れてつくっているわけではないため、数量限定だ。

ほかにも、古物やヴィンテージの家具など手仕事が感じられる商品や、よく知られてる家具にwa/terらしいアイデアを加えた思案中のプロダクトなどが並び、事務所内には心惹かれる品々があふれていた。

伝統的な技術や歴史あるものづくりに対し、新たな視点を加えて、より長く愛される形を生み出すこと。使い手の感性を拓き、身のまわりのものを愛すること。wa/terのものづくりは、物や空間、人との関係性を豊かにする活動なのかもしれない。

なお、wa/terは、2022年7月4日（月）から7月12日（火）まで、阪急うめだ本店4階にてポップアップを開催中だ。実際に商品を手に取りながら、自身の感性に触れるものを発見してみてほしい。