本特集では、ドキュメンタリーとフィクションの関係やその境界について向き合いました。それは、「事実」「作為」「理解」というような言葉の定義や、それらに付随する葛藤の輪郭をなぞっていくような作業であり、あらためてドキュメンタリーとフィクションの境界というものがいかに流動的で、相互的関係にあるかを感じています。 人が食べるという行為をインタビューを通して観察・分析してきた独立人類学者の磯野真穂さんとの対談では、他者を理解することについて言葉を交わしました。また、現代フランス哲学、芸術学、映像論をフィールドに文筆業を行う福尾匠さん、同じく、映画や文芸を中心とした評論・文筆活動を行う五所純子さん、そして、劇団「ゆうめい」を主宰し、自身の体験を二次創作的に作品化する脚本&演出家・池田亮さんの寄稿では、立場の異なる三者の視点からドキュメンタリーとフィクションの地平の先になにを見るのかを言葉にしていただきました。 対岸の風景を可視化していくこと、まだ見ぬ世界を知覚すること、その先に結ばれた像が唯一絶対の真実から開放してくれることを信じて。そして、今日もわたしは石をなぞる。 小田香 Kaori Oda ー 1987年大阪生まれ。フィルムメーカー。2016年、タル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factoryを修了。第一長編作『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門にて特別賞受賞。2019年、『セノーテ』がロッテルダム国際映画祭などを巡回。2020年、第1回大島渚賞受賞。2021年、第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
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2024.04.15
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What’s up?|最近どうですか?
第27回:石﨑史子さん(アトリエひこ)

文: 嶋田翔伍 / 写真: 大竹央祐 / 編集: 永江大[MUESUM]

「最近どう?」と気になるあの人に声をかけて近況を伺う本企画。第27回は、アトリエひこの石﨑史子(いしざき・ふみこ)さんを訪ねました。

あたらしい遊びを実践する

大阪・平野に場を構え、知的障害のある人が集う「アトリエひこ」。2023年1月、となりの三軒長屋にて展覧会「UPPALACE〜暇と創造たちの宮殿〜」が開催されたことを皮切りに、新しい風が吹きはじめた。2024年には1月24日(水)~3月2日(土)の期間、「UPPALACE 2024 あたらしい友だち vol.1」と位置づけられた展覧会「きいろは じゃない Beyond Yellow Yellow 大江正彦 -大竹央祐」が開催された。

本企画の取材が行われたのは「きいろは じゃない」会期中の日暮れどき。まもなくキャンバスに絵の具を塗るのをやめて帰宅するひこさん(大江正彦さん)と石﨑さんの掛け合いを見守った後、アトリエひこが即席のインタビュー場へと姿を変えた。取材には展覧会にも参加している写真家の大竹央祐さんが同席した。

What’s up?|最近どうですか? 第27回:石﨑史子さん(アトリエひこ)

——取材前に展覧会「きいろは  じゃない」を拝見しました。三軒長屋の至るところにひこさんと大竹さんの作品がありましたね。

石﨑:そうですね、今回こういうかたちになったのは1月13日に強風が吹いて、外壁に設置していた大竹さんの大きな写真を洗濯ものみたいに急いで長屋に取り込んだことにはじまります。その勢いのまま、ひこくんがこの1年描き続けた「きいろシリーズ」を大竹さんとダーッと展示しました。大竹さんの写真はUPPALACEの象徴というか目印でもあったので、はずすのは残念だったんですが、あの日風が吹かなかったらこんなことにはなってなかった。

大竹:隙間風で外れかけたんです。となりの新しく建った住宅で路地の風が変わった。僕は1年通してひこさんがキャンバスにむかって一心不乱に黄色を描き続けていたのをとなりで見ていたので、その時間や熱量がとなりの長屋に表れたようでした。

石﨑:UPPALACE 2024の最初はこの2人だと思ってました。2023年1月にここで「UPPALACE~暇と創造たちの宮殿」をやって、アトリエの知的障害のある人たちと大阪、別府のアーティストたちが出会いました。せっかく出会ったんだからもうちょっとお互いに歩み寄って仲良くなれないかなと。2021年に『手紙 松本国三』という本を一緒につくったことが縁で写真家の秦雅則さんと詩人の辺口芳典さんが巻き込まれちゃったんですけど、引き続いて何かと企画を持ってきてくれて。それで2024年のUPPALACEには「あたらしい友だち」「友だちをあきらめない」っていうキーワードを出してきてくれたんです。ここのみんな、特に言葉をしゃべらない人たちは、友だちという人間関係があることを知らない。親、兄弟、あとは学校の先生、卒業すれば施設のスタッフやヘルパーさんなど介助者、支援者。人間関係がそれだけになってくるんですよね。連絡を取り合って、じゃあ明日会おうかみたいなこともできない。

アトリエひこ、今年でちょうど30年になるんですけれども、この活動をしていくにつれて私自身友だちは減っていってると思ってます。でもひこくんたちが、本当に信頼できる友だち。ここのみんなはずっといろんなことを諦めて生きてきてるんですよね。自分の思うようにならない状況。自分だけじゃなくて、ほかのいろんな状況が思うようにならないとき、自分から「諦めよう」って言う。「しゃあない」って言葉も覚えていく。そんななかで「友だちをあきらめない」って言うから、私としてはすごいびっくりした。

What’s up?|最近どうですか? 第27回:石﨑史子さん(アトリエひこ)

——「友だち」という言葉の重みを感じます。「あたらしい友だち」と題した遊びの実践は、そうした経緯からはじまったわけですね。

石﨑:そうですね。友だちになるには一緒に遊ぶことから、ということで、もういろんな遊びがはじまっています。お友だちに声をかけて、長屋のこたつに入って喋ってる人もいます。ただ喫茶店で喋るんじゃなくて、アトリエの様子や展示を見て、こたつの部屋で話している。それ自体がひとつの遊びやで、と。アトリエから外に出て、10代の若いメンバーと長居公園を走る企画、気になるモノを見つけると一瞬で居なくなるメンバーの街中散策についていく企画などもあります。どうなることやら。アーティストの方から遊びの提案をして、アトリエのメンバーが拒否して撃沈ならば撃沈でもいいんだ、と。その顛末をアーティストならではの目線で何らかのメディアで記録していこうとしています。

あと大竹さんもこの1年足しげく通ってくれている。ここのメンバーはみんな大竹さんのことが大好きですよ。スタッフでもなく、ボランティアでもなく、ふらっとやってくる人って貴重なんですよ本当に。この間も「ピアノ弾いていいですか」って言ってピアノだけ弾いて「じゃあ今日はこれで」って帰っていった。そういう人貴重なんですよ。何かお手伝いさせてくださいという人は来てくださるじゃないですか。私もこうやって話をするときとひこくんに話すときって、 喋るモードを変えてるんですよね。でも大竹くんは変わらない。全然一緒。 普通にしててすごくいい。ありがたいことです。

大竹:僕は遊びにきたときに、ピアノを練習したいなと思って弾きはじめただけなんですけどね。

石﨑:誰でもそんな風にできるかって言ったら難しいですよね。この場所を遊びの場としていろんな人が出入りしてくれているのはとてもありがたい。もともとアトリエひこは「この人たちは遊ぶために生まれてきたんや。楽しいことだけしよう」って始まったんです。ますますがんばって遊ばないといけない時代になってきました。辺口さんは「遊びは闘争だ」って言ってる。

「きいろ」シリーズの制作も、ひこくんにとってすごく楽しい遊びなんだと思うんですね。去年の「UPPALACE〜暇と創造たちの宮殿〜」開催中の1月14日に、ひこくんが突然このシリーズの制作をはじめたんです。これまで描いていた動物の絵からうって変わって、急に〇ひとつだけを描くようになった。それはそれで凄いこととして置いといて、単純に色を塗るのって楽しいですよね。ざーっと一面にシンプルに色を塗る経験って小さい頃から案外させてもらえない。何かかたちを描くように促される。みなさんもそうじゃないですか?

What’s up?|最近どうですか? 第27回:石﨑史子さん(アトリエひこ)

石﨑:ここにいる人たちって変化を嫌うんですよ。いつもと違うこと、変わることって恐怖なんです。なのにガラッと作風が変わったのはすごいことなんです。周りの保護者の方もわが子のことで日々痛いほどわかるので「ひこくんすごいなあ!」と感激しておられますね。ひこくん自身も変化していて、朝は「きいろー」と、言って起きてきて、アトリエに来たらすぐに制作にとりかかる。前にもましてやる気があふれている。

大竹:確かにひこさんの変化を感じます。これまで来てすぐに制作にとりかかるっていう感じでもなかったですから。

——ひこさんの変化も著しい「きいろ」シリーズがはじまったのは、予兆などはあったんですか?

石﨑:30年余り、キャンバスにアクリルで動物の絵を描いてきましたが、今から思えば動物のかたちを借りていただけかもしれない。主に白いパグ犬や羊でしたけど、2000年くらいからどんどん絵具が盛り上がってきて、半立体みたいになっていたから、そのうちかたちは消えるだろうなとは思ってました。大竹さんの大きな写真が長屋の外壁に設置されたとき「きいろー」と、指さして拍手してました。たぶん大きく映し出されすぎていて自分だとわからなくて、まず黄色が目に飛び込んできたんだと思う。

What’s up?|最近どうですか? 第27回:石﨑史子さん(アトリエひこ)

石﨑:そして別府から9名のアーティストがやってきて長屋で現地制作をした日、隣接するアトリエにいたひこくんもエネルギーみたいなものを感じ取ったのか、壁越しに何か感じたんじゃないかな、鋭い勘みたいなのがひこくんにはあるから。突然〇ひとつ描いて黄色で塗りはじめた。

2作目からは〇の中が青く塗られ、外壁の写真が反転したかのようで、震えましたよね。地と図が反転してしまった。そのうち地の黄色がどんどん厚塗りされて、動物を描いてた部分には今もう何もない。「あー空っぽなんや」って胸が締めつけられました。

大竹:僕の写真に映っていた黄色は、ひこさんが前に描いた猫の作品なんです。黄色と青色が印象的な。それがすごく好きでファンになったので、ひこさんの制作への心境が変わるきっかけになったみたいですごく嬉しいですね。

What’s up?|最近どうですか? 第27回:石﨑史子さん(アトリエひこ)

——今回は「UPPALACE2024 あたらしい友だち vol.1」と銘打った企画ですが、その舞台となった「となりの三軒長屋」という場所に目を向けてみたいと思います。あらためて伺いますが、ここはどんな場所なんでしょうか。

石﨑:アトリエひこは国の障害福祉サービスの施設じゃないんですね。となりにある三軒長屋をどう使うか悩んでいたときに話がさかのぼるんですけれど、施設として機能を備えた場所にするには予算がかかりすぎるし、今のメンバーたちが望むスタイルは国の施策体系のどれにも当てはまらない。かといってそのまま使うとなると倉庫くらいしかあてを考えるのも難しかった。で、あるときに秦さんが「ここで展覧会をやったらどうか」って。展覧会ならここでできる。そのときに西成でやっていた企画を観に行って、ここでしっかりやろうって私も決意できた。当初は、たとえば親御さんの目で見ても「なんでこんな汚いところにうちの子の作品を?」と思われるかもしれないとかはありましたよね。理解してもらえないんじゃないかと。本来は展覧会をやるような綺麗なギャラリーではないですから。でも自分たちのいる場所で展覧会を開くことで、ホームができたんだと実感しました。これまでだったら来なかったような人がここに来てくれますし、ひこくんも家からここに来る途中にとなりの長屋に入って、ちょうどたまたまお客さんがいたら、こっちのアトリエにお客さんを招き入れたりしています。ひこくんはホスピタリティがあるんですよね。

What’s up?|最近どうですか? 第27回:石﨑史子さん(アトリエひこ)

石﨑:これまでギャラリーや美術館などで展覧会をひらくとなると、キュレーターなりギャラリストなり私なりが膨大な中から持っていく作品を選びますよね。ひこくんたちが選ぶってことはない。今回、数えたら20点あったんですけど、前回のUPPALACEから1年間で描いた「きいろ」を全部飾れたんです。ホームができたことで、ひこくんの世界そのままを持っていけるというかね。そのことがめちゃくちゃ嬉しかった。

大竹さんがテキストに「ひこさんにとっての“きいろ”はもしかしたら僕が見ている黄色のことではないかもしれないし、ひこさんのきいろや僕の写真が作品でもないかもしれない」って書いて下さって、こんな企画はホワイトキューブのギャラリーではできないだろうと嬉しく思った。生まれたときに4歳くらいまでしか生きられないと宣告されたダウン症のひこくんが、医療の発展で長生きできるようになって、58歳にしてガラッと変化させてめちゃくちゃやる気なことを感じられて、同時代に生きる者として「記録しとかなあかんのちゃうか」という思いにかられます。展覧会という名前じゃなくて何かいい言葉ないかな。

大竹:展覧会という名前もそうですけど、作品か作品じゃないのか、アーティストかアーティストじゃないのか、そういうことを考えるのも意味があるのかなと思いますね。作品と言ってしまうと、見なければいけない強制力が働くし、対峙する関係性をつくってしまう。 そういう仕組みが生まれてしまっていること自体どうなんだろうって。自然とそこにできあがった、みたいな単純さでいいんじゃないかな。

今度「余録とアーカイブ」というテーマの企画をやる予定なんですが、いま考えていることからつながるような気持ちで取り組んでいます。石﨑さんが、ひこさんの作品すべて持っていけたことを話していたことも近い。ただそこにあるものって本当は複雑でグラデーションがあるのに、人の手による取捨選択が入ると、二項対立化されたり単純化される。あげく消費されてしまう。そういったことを考える場をつくっていきたい。

——ありがとうございました。最後にこれからの展開についてお聞かせいただけますか。

石﨑:「となりの三軒長屋」を使えるようになって、UPPALACEも2年目になって、ベクトルが変わったような気がします。以前見学に来られた社会福祉を学ぶ学生さんの「就労の一環で絵を描いていると思ってました」という感想に呆然としました。障害を持つ人がいかに社会に参加するか、一般的にはそういうことが言われてます。でも、ベクトルはむしろ逆なんじゃないか。若い人たちにはベクトルがないのかもしれない。使い道のなかった場所だからこそ遊びが生まれて、その遊びが思いもよらない人や出来事を運んでくれているなと思います。

遊びの実践はひこくんたちが家に住んでいるからできることで、例えば親御さんに介護が必要になって、子どもの面倒がみれなくなって、グループホームや施設に入所すると、なかなか難しくなります。介助をするような関係じゃなくていいんです。遠く離れていてもいいんです。きっとラディカルに遊べる一生の友だちになれるんじゃないかな。

2024年2月27日(火)、大阪・平野 アトリエひこにて収録

(取材:嶋田翔伍、永江大[MUESUM])

石﨑さんの最近気になる〇〇

 

音楽=クロード・ドビュッシーのピアノ曲

大竹さんが去年弾いていたのが「月の光」で、UPPALACE2023のテーマ曲にもなりました。長屋の前の道路は東西でちょうど月の通り道にあたり、満月が道の向こうから上がってきます。今年に入ると大竹さんは「亜麻色の髪の乙女」を練習していて、この度の「きいろは じゃない」と合わせて曲を愉しんでいます。ぐっとくる和音2つだけでご飯3杯いけるみたいな。ひこくんという人物も「きいろシリーズ」も熱量高いですが、築80余年の長屋の展示では静かな響きが聴こえてきます。

関連企画

 

■松本国三のカレンダー展示
2021年にブリュノ・ドゥシャルムのアール・ブリュットコレクション1,000点近くがポンピドゥー・センター国立近代美術館に寄贈され、常設展示に組み込まれた。随時展示替えされているが、2024年3月現在、松本国三のカレンダーが展示中。同センターの季刊誌『Le Cahiers』2023-2024冬166号は、ブリュノ・ドゥシャルム寄贈のアール・ブリュット特集。

「Museum: Modern and Contemporary Collection」
日時:2021年8月1日(日)〜2024年12月31日(火)
会場:ポンピドゥー・センター国立近代美術館(Place Georges-Pompidou 75004 Paris)

 

大竹央祐「余録とアーカイブ」 Yosuke Ohtake “Rumor and Archive”
日時:2024年4月20日(土)~5月19日(日)※金土日祝のみ
時間:13:00~19:00
会場:
熊間京都市西ノ京西月光町18-7)

アトリエひこ となりの三軒長屋/UPPALACE

大阪市平野区平野本町4-3-20

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