一見美しく見える風景のなかに、どこか感情を揺さぶられるモチーフが置かれている。2024年11月9日(土)から17日(日)にチグニッタで開催された、hitchの個展「For Your Eyes Only」に足を運んだ。普段、大きな筆で屋外の壁に絵を描く作家の、新しいチャレンジと視点を垣間見る本展。
ペインターとして活動するhitchは、同業のタブローと壁画制作ユニット「WHOLE9」を主宰し、多様な企業のオフィス壁画やグラフィック提供を行ってきた。活動の幅はオーストラリアや台湾、アメリカにもわたる。また音楽制作を主とするアーティスト・コレクティブ「Soulflex」にも所属し、その感性を柔軟に育ててきた。本記事では、そんな作家に話を伺いながら、作品に込められたものを掘り起こしていく。
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今回トライしたのが、具体的なモチーフを描きながら、抽象的な感情を想起させる風景画の表現だった。長年追い続けてきた「コミュニケーションの不完全さ」というテーマが、本展でもメインに据えられているのだとhitchは語る。「コミュニケーションって厄介なもの。他人はもちろん親友が相手でも、言葉はおろかダンスや絵画でも、100%伝わる表現はない。そんなことを考えていたあるとき、はじめて情緒的な風景を描きたいと思いました」。個展用に用意したキャンバス作品は15点で、すべて新作。目指したのは、作品としてはそれぞれ切り口を違えながらも、全体としてはひとつのテーマでまとまっているという、コンセプトアルバムのような仕上がりだった。
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hitchのバックグラウンドには常にストリートがある。いろいろな国を訪れるなかで出会うまちの風景や地域の人との交流、地域文化の違いやコミュニケーションの取り方の違いが、制作にも生かされている。「壁画はまちの鏡。まちの許容度の指針でもあると思っています。若干タブーに触れそうな絵でもどこまで公共的に許されるかが、そのまちごとに問われている気がしていて、それが面白くもあります」
屋外で制作をする際には、太陽が昇ってから沈むまで、休憩も取らず絵を描いている。ぐわーっと集中して仕上げていくライブ感、そして自然光の変化を感じながら描いている時間。そこでもたらされる自然と一体化している感覚が、たまらなく好きなのだという。
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「ストリートアートの枠のなかで、さまざまな表現を描いてきました。昔はインパクトがあったり、枠のなかに収まらないような表現が好きだったけれど、歳を重ねるなかで、“感情そのもの”に興味をもつようになったんです。最近はヨーロッパの壁画に憧れが出てきて……よりアンニュイで、ムードのある絵を描きたいと思っています」
日本に限らず各国で撮り溜めてきた写真の膨大なストック。いくつかの写真と過去の記憶のなかから抽出したモチーフを組み合わせ、新しい別の「風景」をつくり出したという。「風景写真の解像度を下げていくことで、創造の余地をもたせて、心象風景に近づきたい。キャンバスに対峙して目に入った風景が、感情を呼び起こす装置になることを目指しています。昔感じていたあの感じ?というような気持ちを想起させられたらなと」
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キャンバス表現については、「まだ獲得しきれていない感覚があるので、もっとトライしたい。室内にこもって描く絵画は、いつもと違う疲れがありますね(笑)。ちょうどいいサイズを探したいです」と微笑んだ。
2025年には東京での個展も控えているという。hitchの描くキャンバスと対峙したときに湧き起こる感情は、あなたがいつか出会った風景と重なるかもしれない。
日時:2024年11月9日(土)〜17日(日)
会場:chignitta(チグニッタ)
chignitta(チグニッタ)
大阪市西区京町堀1-13-21 1F奥