
それは、果てしなく広がる荒涼とした風景だった。画面上部のぼんやりとした遠景に地平線が混ざりこみ、そこがかろうじて空のはじまりであることがわかる。前面に広がる地面は、枯れて倒れた雑草なのか、またその上に薄く雪が積もっているのか、少し濁った色の細かい線描で荒々しく埋め尽くされていた。2020年頃から本格的に絵を描きはじめた画家の菊池聡太朗は、こうした殺伐とした風景を繰り返し描き続けている。彼の絵は、家や道路、あるいは人影など人為との関わりから離れたところにある。それは、人の営みの外に放棄された、まさに「余りの風景」と呼ぶにふさわしい。

千鳥文化で開催された今回の個展において、菊池は、絵を描く者として、彼が描き続ける風景と自身との奇妙な間合いのようなものを浮かび上がらせた。荒涼とした大地を描いた絵そのものが特殊なのではない。そうした絵への既視感はいくらでもある。奇妙なのは、その絵のなかに観る者の意識とコネクトする対象がほぼ無いに等しいにもかかわらず、観る者の意識を惹きつけ、絵の前から立ち去らせることを躊躇させる何か特殊な作用が感じられたことだ。
それはとても微細なシグナルで、気をつけなければ見落としてしまうかもしれない。画面に線や色を使って何かを描写をするのは普通の絵と同じだが、一般的に画家が、具象的な事物であれ抽象的な色や線であれ、描いた形象が発する意味や関係性を介して“絵画という存在”を生み出すのに対し、菊池にとっての絵とは、ひとりの人間が自然と相対し、観察し、意識として留める“行為の構造”そのものであるように思えた。
私たちが自分の周りに広がる世界を理解するにあたって、視覚はその最も重要な役割を果たす。なぜなら人は、外部を眺める視界の一部として自分を位置づけることで自身のリアルな存在を認識しているはずだからだ。菊池の作品の前で起こる奇妙な経験は、このことと関係しているようだ。菊池の絵を見ていると、画面になかなか没入できないもどかしさを覚えると同時に、世界を俯瞰的に眺める菊池の覚めた視覚が前景としてせり上がってくるのを感じる。それは風景に深く関与せず、一歩引いて全体を眺めることをあえて選択しているような視覚だ。
その視覚に出会う感覚は、不思議なことに、ある種の安らぎであった。空気中を漂う混沌の粒子が浮遊を止め、床の上に静かに舞い降りていくような、混乱から静への安らぎ。それは、私たちの定めとして、不確かさに支配されながらも、確実に自分の時間を刻み、リアルに生きる現実との折り合いをつけることへの追体験的な理解なのか。菊池が風景と対峙する際に保つ間合いは、壁のように立ちはだかる世界の不確かさと、それを眺める彼自身の実感覚との距離なのかもしれない。

では、菊池の描く荒涼とした風景、あるいは絵の内容は、本質的に空虚で、絵の形式を埋めるだけのものなのか。いや、まったくそうではない。素早いタッチで荒々しく描かれたように見える菊池の線描は、画家の感覚を的確に形と色に置き換え、画面上に表わしていく。それはある種の造形的な軽やかさでもあり、観る者の感傷や思考を混沌とした風景の内部へと不必要に侵入させることを防ぐ役割をも果たす。オイルパステルを使ってところどころに現れる黄色や茶色の差し色は、意外なほど鮮やかで、時にはシュールレアリスト的な即興性を盛り込みながら、迷いの無い線の鋭さとともに、菊池の造形的な洗練を余すところなく伝える。そうした画家としての技量は、おそらく彼が独自の絵を追求していく渦中でもたらされたもので、彼の信念の痕跡でもあるだろう。

なぜ彼は、生命の息吹さえほとんど感じられることのない殺伐とした風景に立ち戻り、それを絵として描き続けるのか。そこには、彼がアーティストとして本格的に活動するきっかけとなった、菊池の拠点である仙台で出会った写真家・志賀理江子との接点があるのかもしれない。彼は学生時代、志賀のアシスタントとして彼女の活動に深く関わっていた。もともと大学で建築を学んだ菊池にとって、絵画は、ほかの画家たちが美術大学で取得するプラクティスとは違う文脈で接するものであった。菊池は、独自の感覚のもとで絵画を実践しはじめ、それが志賀が取り組む、既存の写真の文脈とは一線を画する独自のコンセプチュアルな表現に触発され、現代美術的な様相を深めていくこととなる。
志賀との関わりは、単にアーティストのアシスタントに留まらない。志賀が2019年に東京都写真美術館で開催した個展「ヒューマン・スプリング」で見せた写真の半数近くが、実は、赤い顔料を顔に塗り付け上半身裸で薄暗い海辺に立ち、陶酔したような眼差しでカメラを見つめる菊池のポートレートで占められていた(本展については美術手帖「イメージを求め、人と自然の極限を見つめる。冨山由紀子評『志賀理江子 ヒューマン・スプリング』展」を参照)。その眼差しの奥に、すべてを受け入れる自己の存在への確証めいたものを宿しているように思えたのは、彼の絵を知った後だからそう感じた単なる偶然に過ぎないのか。それは、自らの意識さえも排除してしまった、殺伐とした風景をただ見続けることの意味へとつながる。
おそらく志賀にとっての写真と同様、菊池にとっての絵画とは、現代美術的な枠が伝えうる思考を実践するためのメディアなのだろう。そして菊池は、その実践が芸術行為として意味をもつためには、それを追求し続ける強固な思念が不可欠であることも、志賀から学び取ったに違いない。

彼の絵から浮かび上がる、風景を一定の距離をおいて俯瞰的にとらえる視点は、彼が建築家として活動していることとも関係しているのでないかと最初は考えた。建築家は、たとえば彫刻家などとは違い、空間的、社会的に物事をとらえる思考をもつと思ったからだ。菊池にその点を尋ねると、意外にもほぼ真逆の答えが返ってきた。彼の関心は細部からはじまり、建築や都市はそうした細部の集積なのだという。彼の絵を見てみると、そこで、“見る”という行為を担う画家の視覚の存在、あるいはその生身の存在と隣り合わせに、その絵を見ていることに思い至る。実際に、菊池は、茫漠とした風景を描きはじめるとき、画面の一隅の細部から取り掛かり、その細部を全体に広げていくのだという。それは、細部を見る自身の視覚の実体を確認しながら、それを全体に及ぼしていく行為にほかならない。

実は、菊池の作品のなかには、震災の津波などで大きな被害にあった場所を描いたものがある。菊池はそのことを、とりたてて明確に示そうとはしない。彼が描くほかの絵と同様、場所の地名も、またそれが実際の風景かどうかさえ曖昧なまま、匿名の状態でそこにある。その場所で、多くの者が命を失い、財産が破壊された。その歴史が、そこに塗りこめられている。そしてその場所は、時間とともに、放棄され、荒地となり、殺伐とした風景として同一化されていった。私たちはその「余りの風景」を、それを知覚する自身の実体がある“こちら側”から、離れた距離にある“あちら側”にあるものとして眺めるのみだ。対象に感情移入をしたところで、“あちら側”の風景のいったい何が変わるというのか?
しかしだからと言って、菊池の絵は物事をあきらめることを意味するものではない。逆に、見ることの“責任”のようなもの——つまり、それを見る主体としての自意識をもって“見る”ということ——と対峙し、それを受け入れることを私たちに問いかける。何ものでもない荒地を描いた菊池の作品は、その風景と向き合う私たちに対して、私たち自身の存在を見つめさせるものなのかもしれない。

近年、主に荒れ地をテーマとしながら、風景や場所の痕跡、身体的な経験、人間とのつながりについて、ドローイングや建築素材を用いたインスタレーションを用いて考察した作品を発表する。ほかに、空間や什器の設計 ・ 制作、森林環境や木材に関するリサーチプロジェクトを共同で行うデザインチーム「建築ダウナーズ」、出版やキュレーションを共同で行う「PUMPQUAKES」のメンバーとしても活動している。
1993年 岩手県生まれ
2017-18年 インドネシア、ガジャマダ大学へ留学
2019 東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻 修了
現在、宮城県仙台市を拠点に制作を行う。近年の主な活動は、個展「余りの風景」(Cyg art gallery,岩手,2025)、「Good Landing」(Gallery TURNAROUND, 宮城,2022)、「喫茶荒地」(Gallery TURNAROUND, 宮城,2019)、グループ展「VOCA展2023 現代美術の展望ー新しい平面の作家たち」(上野の森美術館, 東京,2023)、「ナラティブの修復」(せんだいメディアテーク,宮城,2021)、令和3年度宮城県芸術選奨新人賞 受賞(2021) など
大島賛都 / Santo Oshima
1964年、栃木県生まれ。英国イーストアングリア大学卒業。東京オペラシティアートギャラリー、サントリーミュージアム[天保山]にて学芸員として現代美術の展覧会を多数企画。現在、サントリーホールディングス株式会社所属。(公財)関西・大阪21世紀協会に出向し「アーツサポート関西」の運営を行う。
会期:2025年10月25日(土)〜12月7日(日) ※会期中無休
※作家在廊予定:10月25日(土)、26日(日)、12月7日(日)会場:千鳥文化ホール
時間:11:30〜18:00
料金:入場無料
企画:千鳥文化(adanda)







