大阪在住のアーティスト・梅田哲也と、大阪出身のアーティスト・呉夏枝(お・はぢ)による展覧会「Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展『湿地』」が、2026年3月29日(日)まで東京都現代美術館にて開催。両者のコラボレーションによる本展を、映像作家の玄宇民(げん・うみん)がレビューする。

東京都現代美術館の3F、エスカレーターを上り、ほの暗い展示会場に足を踏み入れる。吊り下げられたガラス球には水がたくわえられ、真上からの光が床に円型の影と水の像を映す。その一つひとつに作品キャプションは見当たらない。右手に目をやるとやや明るくなった空間に横に伸びる布が吊るされており、近づいていくとにじむように浮かぶ島の形を認める。この作品には呉夏枝による「第1章 《海図》」というテキストが添えられている。「語られなかった物語を想像するための仮想の島」と、織物というメディアによる「螺旋状の時間と空間」について言及される。傍に吊り下がった小さい球は入り口のガラス球よりはるかに控えめで、よく見るとそれは釣りの錘であることがわかる。吊るされているというよりは垂らされているというべきか。

手にしたマップを手がかりに展示室間をつなぐ廊下に出ると、窓がビニール袋でカーテンのように覆われている。「お手を触れないでください」という看板からこれもまた展示の一部であることを察する。次の展示室に向かい歩いていくと、体が通ることで動いた空気がビニール袋を揺らし、さらさらさらと音を立てて波打つ。少しずつ開かれる海のモチーフを感じつつ、本展示で一番大きな展示室に足を踏み入れると、巨大な空間と単管による建築物が現れる。

人より少し大きいくらいの布が木々のように寄り合い、床に落ちた矩形の影が重なり合っている。「第2章《漂う森》」。壁面テキストでは歴史をめぐる語りと織物の方法について述べられているのだが、呉のテキストは淡々と進み、梅田にはまったく寄り添わない。しかしながらこの空間で梅田によるオブジェは遊びはじめる。最初の空間で物静かだったガラス球は昇降し、光り、音を出し、水は跳ね暴れ出す。いつどこでなにが起こるかわからない。《漂う森》に佇むうちに、展示全体のリズムが掴めてくる。ここにあるそれぞれのものは几帳面に呼応しないが、共存している。


すると、展示室の中心に位置する巨大な可動壁が突如として動き出す。呉の作品がおよそ人の視点やスケールにあるのに対し、10m以上はあろうかという真っ白でマッシブな物体が動き出すというあまりに不意な出来事に驚き、思わず声が漏れる。壁沿いに進むと、ブリキのバケツが並べられ、水の垂れる音が聞こえる。目に見えない雨漏りを受け取るバケツ。はるか上の天井に目をやる。


「第3章《彼女の部屋にとどけられたもの》」。キャプションに「梅田哲也との協働による空間インスタレーション」という表記が現れるように、両者の共存の仕方はより立体的になる。それまでの作品の佇まいと変わり、ランプシェードやタペストリーのような形をとる呉の作品から、人物の気配、物語の気配が立ち上がりはじめる。その間に、梅田による建築物への入り口があり、そこから会場全体に行き渡る「足場」へと通行可能となる。地に足のついた鑑賞者の視点は垂直性を獲得し、展示室の空間を上り下りしながら眺めることが可能となる。


美術館という建築のなかに別の「足場」を挿入し、視点や体験を変容させる手法は、2024年ワタリウム美術館での展示でも試みられていたが、空間の形態や規模、複雑性が違うために大きく印象が異なっている。高さと位置を変えながら移動すると呉の作品への視点は確かに変わるが、展示空間全体は揺るがず、ここが用途と容積のための空間であることを痛感させられる。そんなスケールとは、そんな空間とは果たしてなんであろうか?


「第5章《海女の道》」。不在の第4章を飛ばし、第5章では再び海が現れる。ここでは壁面の映像、拡声器/スピーカーから聞こえる音声、無線ラジオで聞こえる音声により具体的に海女というモチーフをめぐる語りが現れる。海はメタファーとしてでなく、直接的に言及される。サンベと呼ばれる布と木綿を用いた作品は表裏で違う図柄を示しているのであるが、布は切り返し、裏返されて全体としてはつながっている。ここでマップを見返すと、片面が呉、もう片面が梅田の作品を示しており、さらに梅田による文字が反転していることに気づく。はたと呉の面からマップを透かしてみると、裏面の文字が正体となり判読可能になる。すると梅田の建築物の壁面に沿った部分が「暗渠」と記されていることに気づく。なるほどそうしてみると、この空間で我々は蓋をされた川の流れに沿って進み、海までたどり着いたのかもしれない(梅田によるこの空間の構築物は《Watering/水道》というキャプションがつけられている)。最初の空間に戻る手前には梅田による「湿地、覚え書き」というテキストがあり、本展の構成意図と埋立地である現代美術館の立地から水というモチーフをつなぐ過程が記されている。そして展示は最初のほの暗いガラス球と島を描いた布の空間に戻る。


筆者は自身がかつて海女であった済州島出身の祖母をもつ在日韓国・朝鮮人3世であるという出自から、呉の作品の背景や歴史・物語へのアプローチと共通するところが多い。筆者が映像作品という形で語りを前面に押し出すのに対し、呉の作品では語りは作品の一部であり、背景にある歴史を含めどう受け取るかは鑑賞者に委ねる部分がより大きい。それは梅田の「暗渠」のようにundercurrentなものである。自身が直接経験していない歴史や語りを鑑賞者はどのように受け取ることができるのか、そもそもそれは可能であるのか。本展はそうした問いを水をめぐりぐるぐるすることで模索しているような展示であった。構造は一見複雑であるが、問いはシンプルな展示であると言えるかもしれない。
蛇足ながら、筆者は本展をはじめ第5章からいわば「逆流」して鑑賞し、次に第1章から鑑賞したのであるが、それぞれ感じ方が大きく違った。個人的には第1章から流されてゆくことをお勧めしたい。

玄宇民 / Woomin Gen/Hyun
東京生まれ。近現代史を背景に生まれた地を離れた人々のありようと移動の記憶をテーマに映像作品を制作。主な作品に『to-la-ga』(2010)、『OHAMANA』(2015)、『逃島記』(2019–2022) など。ソウル独立映画祭、「Young Korean Artist 2021」(韓国国立現代美術館)、ソウル市立美術館、TOKAS本郷などで作品展示・上映。東京大学文学部美学芸術学専修卒業。東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修士、同博士後期課程修了。

Tokyo Contemporary Art Award 2024-2026 受賞記念展「湿地」
会期:2025年12月25日(木)~2026年3月29日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 3F
時間:10:00〜18:00
休館:月曜(1月12日、2月23日は開館)、12月28日(日)~1月1日(木)、1月13日(火)、2月24日(火)
料金:入場無料
主催:東京都、トーキョーアーツアンドスペース/東京都現代美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)



