2024年2月に第74回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞した梅田哲也。9月以降も、韓国のNAM JUNE PAIK ART CENTERにてコミッションワークの展覧会「Humming Chorus」に参加するとともに、同館の舞台裏を鑑賞者が探索するパフォーマンス《Walk about Water》を行う。また、12月には兵庫県立美術館で開催される「阪神・淡路大震災30年 企画展「1995 ⇄ 2025 30年目のわたしたち」で、森山未來とのコラボレーション制作・発表を控え、国内外で精力的な活動を見せる。
多様な土地・場・環境における空間に、日常的な道具や音響を用いて異質な体験を生み出す——そんなアプローチを幅広い手法で実践する梅田の表現を、今年初頭まで行われた個展 『wait this is my favorite part / 待ってここ好きなとこなんだ』から振り返る。
「2ヶ月間、ワタリウム美術館は劇場になります」
2023年12月から2024年1月まで、東京・青山のワタリウム美術館で、大阪を拠点に活動する梅田哲也の展覧会 「wait this is my favorite part / 待ってここ好きなとこなんだ」が開催された。
1990年9月、和多利志津子による私設美術館として開館し、以後世界の現代美術を先駆的に紹介してきたワタリウム美術館。本展は、その空間そのものを扱うパフォーマンス公演とも言える(以降では本展を公式サイトでの呼称であるツアーと呼ぶ)。ツアーは各回6名程度の事前予約制で、午後1時から20分ごとにスタートする。1公演あたりの所要時間は約50分で、オーバーラップしながら1日16公演開催された。筆者がこのツアーに参加したのは、会期終盤にあたる2024年1月27日(土)である。
予約した時間に到着し、同回の鑑賞を約束していた友人2人と私はエレベーターで4階へ上がる。エレベーターは搬出入用に養生されている。暗い部屋に通されると、キャストが部屋の中央にロウソクを灯した。そして、その場で建物の東西南北を指し示した後で、ロウソクを吹き消す。
その後、私たちはスタッフの働くバックヤード――これまでの展覧会や収蔵品のファイルなど、アーカイブが納められた部屋へ案内される。在りし日を懐古する展示構成のなか、会場を移動しながら、ワタリウム美術館という、その特徴的な三角形の形状の敷地に立つユニークな建築物が立地する方角とともに体に認識されていく。各会場には、作品とともに工事現場の足場、「建築計画のお知らせ」のパネル、建物の設計に関する情報などにより、ワタリウムの建築計画が現在進行中であるかのような展示空間も構築されている。
私たちは、さらに階下の展示室へと移動し、そこに組まれた工事現場の足場に乗るように促された。足場に乗り込むと、その足場は出港の合図とともに、キャスト2名によって船さながらに動き出した。ワタリウムの2階に位置し、通常は搬出入が行われるという通りに面した(「開く」ということにすら気づかなかったほどの)大きな窓が開き、私たちはその窓の外側へ飛び出て行きそうな感覚に陥る。窓の際まで進むと、道路の向こう側にある、ワタリウムの敷地より小さな、同じく三角形の形状をした土地から、大きく手を振っている人たちが目に留まる。私たちは、知らない人に手を振られていることと相手の積極性に少し驚き、小さく手を振り返した。
その後、キャストから次の出港時間を告げられてから、私たちは半地下の暗室のような場所へ向かった。指示のゆるやかさと暗がりの心地よさに、私たちはこの部屋に「長く」滞在していたが、そろそろ、次の場所に向かうべきなのだろうかとぼんやりと思い、ゆっくり移動をはじめる。そこでようやく、数分後の出港時間を告げたその言葉の意味に気づき、慌てて道路の向こう側に向かって走った。私たちがそこに着いたとき、次の船に乗った人々はもう「船」を降りようとしていた。私たちは、遅れを取り戻すかのように何度も手を振ったが、私たちの直後にツアーをまわった人たちの出港には間に合わず、「うまく」祝福することができなかったのである。この瞬間に、私たちははじめて、道路の向こう側から自分たちに大きく手を振ってくれた人たちの心持ちが理解できた気がした。このツアーがなぜ、20分ごとにスタートしたのか――手を振る人々は未来の私たちで、船に乗っている人々は過去の私たちだった。私たちの出港は偶然未来の私たち役をすることになった20分後の他者によって祝福されていて、このツアーのなかで、過去と未来によるバトンが連綿とつながれてきたのだった。
ツアーをまわり終えて、ひと息ついた後の帰り際、さらに次の20分後の人たちの出港を見送ることができた。私たちは、そこでもう一度必死で手を振った。
駅までの道すがら、友人たちと、このツアーから、それぞれの人生において存在した、未来の自分が過去の自分に語りかけたくなるような局面を思い起こさせられた驚きについて話した。たとえば、大学を卒業して、働きはじめたばかりの心細さを10年後に懐かしく思い出すような。たとえば、新生児を育てながら途方に暮れている自分を5年後に振り返るような。死に直面したときに、これまでの人生もそのように思い起こされるのだろうか。そのような各々の個人史と私設美術館のその極めて私的な歴史同士が結ばれているように思えた。それは、同世代であり、ライフステージの変化をともに経験してきた友人たちと一緒に回ったことでより強く想起されたのかもしれない。
※『wait this is my favorite part / 待ってここ好きなとこなんだ』展は、会期の前半・後半(1期・2期)で展示内容を変更している。本記事は、後半(2期)の2024年1月27日(土)に鑑賞した体験をまとめた
梅田哲也 / Tesuya Umeda
現地にあるモノや日常的な素材と、物理現象としての動力を活用したインスタレーションを制作する一方で、パフォーマンスでは、普段行き慣れない場所へ観客を招待するツアー作品や、劇場の機能にフォーカスした舞台作品、中心点を持たない合唱のプロジェクトなどを発表。先鋭的な音響のアーティストとしても知られる。
梅田哲也展 wait this is my favorite part 待ってここ好きなとこなんだ
会期:
1期 2023年12月1日(金)〜2024年1月14日(日)
2期 2024年1月16日(火)〜2024年1月28日(日)
※1期と2期で内容変更あり時間:13:00〜19:00(毎20分ごとにスタート、所要時間約50分、最終入館は18:00まで)
※事前予約制会場:ワタリウム美術館 + 空地
休館:月曜(1月8日は開館)、12/31〜1/3共催:ワタリウム美術館/オオタファインアーツ/Twelve. Inc
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京【芸術文化魅力創出助成】キャスト:坂井遥香、レオ・ロズダル・アブダル・篠崎、くるみ、長沼航、ヒカル・ワタリ、仁田晶凱、きい柚(シフト制)
写真:天野祐子
印刷:辰巳量平
制作サポート:岩中可南子
設計サポート:小金丸信光
設営サポート:深野元太郎、井上修志、新美太基
施工アドバイザー:株式会社加藤架設
グラフィックデザイン:尾中俊介(Calamari Inc.)