「こんぴらさん」こと、金刀比羅宮(ことひらぐう)のある香川県琴平町。複合ビル「HAKOBUNE」1階、カフェ空間の奥にある10平米ほどのギャラリーのなかに足を踏み入れると、思いのほかささやかな第一印象を受ける作品の展示空間が広がる。

切手〜名刺大くらいにカットされた絵のようなもの。小さな折鶴、革張りのメニュー表、割れたグラス、小さな黄金色のハンマー、色/模様の豊かなシーグラス、枯れかけたチューリップ、反物の布……これらが小さな椅子やテーブル、棚板、ミシン台、ロッキングチェアなどの上へさまざまに並べられたり、壁に貼り付けられたり、吊られたりしている。展示初日に行われたというワークショップの名残や、本も置かれたカフェ空間を延長したような一角もある。



2025年2月22日(土)〜3月26日(水)の期間、開催された本展は、2月頭から19日間の滞在制作によるアートプロジェクト「HAKOBUNE AIR」の成果をまとめたもので、アーティストの下浦萌香によるもの。下浦は絵画をバックグラウンドとしつつも、自身が制作した絵画をトリミングして重ね合わせた作品や、コラージュなどによる作品を制作する。また、2021年から大阪府藤井寺市でアーティスト・ラン・スペース「デラハジリ」の立ち上げ・運営を自らが中心となって行うなど、多様な人々と関わりながら活動を行っている。
下浦は琴平でも、滞在制作中にまちのリサーチ活動を行うことはもちろん、展示期間中にもまち歩きやトーク、ライブ&DJのイベントなどを開催。また、アーティスト・森岡友樹との共同企画として、アート×地域×ビジネスをテーマにしたワークショップ*も行った。
展示会場には、元から下浦を知る人はもちろん、滞在制作中に出会った人、HAKOBUNE自体の活動を知る人、偶然カフェを利用した人などが訪れ、居合わせる時間もあった。私が訪れた際にも、どうやら顔見知りであるらしい来場者に、作家自身が作品や滞在制作の様子を生き生きと話すシーンを見ることができた。仮に下浦が不在であっても、カフェやHAKOBUNEを運営する2人や、このAIR企画に協働した地元企業(琴平バス)の関係者、訪れたお客さんから同様の話を聞くことができたかもしれない。そうしたなかで、作品や展示そのものから見えてくるものだけではなく、読み取れるもの、感じ取れるものが増えてくる。
展示のささやかな第一印象は、平面の切り貼りなどでコラージュ的な制作を行う下浦の作風により、個々の作品が小さくなることに加え、今回は特に、一見作品とは思えないようなものまでもが混在して展示されていること。そういった要素を言葉やキャプションで説明することがほぼされていないことなどにも起因するが、展示空間自体が、ギャラリー空間と連続するカフェの雰囲気を尊重するように構成されていることも大きい。言い換えると、良くも悪くも展示がカフェに馴染んでいる。しかしながら、丁寧に展示を見たり、下浦から部分的に話を聞いたり、来場者との会話を小耳に挟むうちに、個々の要素から紡がれる印象は濃密なものになっていくのだ。
*2025年2月22日(土)、「文脈を読み織るワークショップ」と題し、第一部=ポジティブに疑う茶会(対話型ワークショップ)、第二部=12億円で琴平に店を出す会議(仮想計画ワークショップ)を開催。講師を森岡友樹が務めた。

たとえば、先述もした小さな黄金色のハンマーが、割れたグラスのなかに入っている。ハンマーは琴平土産の定番である「加美代飴」を割って食べるために添えられているものだ。また別の場所には、このハンマー入りの、「五人百姓」とプリントされた飴のパッケージと思われるものがあり、これには下浦の作品がコラージュされている。聞けば、グラスはカフェでスタッフが割ってしまったものだが、加美代飴のハンマーは飴を分け合いながら食べるためのものだから、「割る」行為の意味を肯定的にとらえる試みとして表現したのだという。


ある日、オープン時間外のHAKOBUNEビルに、「ガシャン」という鋭い音が響いた。スタッフさんがグラスを割ってしまったのだった。
片手に箒と塵取りを持ったスタッフさんに、「そのガラス、ください」と声をかけた。慎重に破片を集め、それを丸亀で購入したガラス瓶にそっと収めた。展示のひとつの部品として、そこに組み込みたかったのだ。
ガラス瓶には、持ち手をカットした、池商店の加美代飴割り用のハンマーも入れた。こんぴら名物「五人百姓の飴」は、お土産として割って食べるものだという。割る、という行為が良い意味を持つならば、今回の展示でも「割った」ことを肯定的なものとして結びつけたかった。
かつて、金刀比羅宮境内の大門内で飴を販売できるのは、わずか五軒の店に限られていた。この五軒は「五人百姓」と呼ばれ、宮の神事における役目を担っていた。先祖たちが御祭神の供奉を行った功績が称えられ、特別に境内での商いが許されたのだ。
加美代飴を買うと、中には小さな黄金色のハンマーが入っている。このハンマーで飴を砕き、分け合いながら食べるのだという。その光景を想像すると、割れることは単なる破壊ではなく、何かを分かち合う行為のように思えた。
展示は、細部を読み解いていくと上記のようなストーリーに満ちている。そのすべてがわからずとも、さまざまな要素からその背景にあるものへ想像をめぐらせていくことが楽しい。地域や人と関わる要素を作品へ安易に取り込むことは、作品の強度を弱めかねないというとらえ方もあるだろうが、ここではそれに代わるだけの広がりを感じることができる。0からの創造・制作活動にも尊いものがあるけれども、場や人との関係をこのように次々と取り入れながら表現を紡いで空間を構成していく——その感覚の鋭さ、技術の巧みさに感心した。
アーティストは職業というよりは「生き方」だとしばしば言われる。下浦自身のこれまでの経験や、滞在制作中の出来事や出会った人との関係、それにまつわるものなど、必ずしも形のないものが展示空間に落とし込まれている様、それを前に言葉を交わす人々の様子を見て、ここには確かに、彼女の制作活動とともにある彼女の生き方が表現されていると感じることができた。
橋本誠 / Makoto Hashimoto
1981年東京都生まれ。横浜国立大学卒業後、東京文化発信プロジェクト室を経て2014年にノマドプロダクション、2023年に合同会社生活と表現を設立。多様化する芸術文化活動と現代社会をつなぐ企画・編集等に携わる。主な企画に都市との対話(BankART StudioNYK/2007)、KOTOBUKIクリエイティブアクション(横浜・寿町/2008~)など。秋田市文化創造館 プログラム・ディレクター(2020〜2021)。編著に『危機の時代を生き延びるアートプロジェクト』(千十一編集室/2021)。
HAKOBUNE AIR 成果発表展
会期:2025年2月22日(土)〜3月26日(水)
会場:HAKOBUNEビル 1F Sando Sand. Stand
時間:11:00〜16:00
定休:月・火曜
料金:入場無料
関連イベント
HAKOBUNEAIR アーティストトーク & HAKOBUNE座談会
日時:3月9日(日)18:00〜20:00
会場:HAKOBUNEビル1F Sando Sand. Stand琴平リサーチツアー/まち歩き
日時:3月9日(日)16:00〜17:00
集合場所:コトリ コワーキング&ホステル琴平
案内人:石田雄大(コトリ コワーキング&ホステル琴平 マネージャー)文脈を読み織るワークショップ ~アート×地域×ビジネス
日時:2月22日(土)第1部13:30〜16:00/第2部19:30〜21:00
会場:HAKOBUNEビル1・2階
講師:森岡友樹HAKOBUNE AIR Closing Event
日時:3月26日(水) 18:00〜21:00(開場18:00/ライブ19:00)
会場:HAKOBUNEビル1階 Sando Sand. Stand
料金:2,500円 +1ドリンクオーダー
ライブ:speedometer.、ASANOYABOOKS、Metome
DJ:SHUPI